第二十話 さえないメガネ
第十九話と話が入れ替わっています。すみませんでした。
第十九話 聖女様の剣術指南
第二十話 さえないメガネ
が正式です。
「ふわぁあ」
俺はあくびをしながらアランの部屋にむかっていた。とりあえず、エレノアには礼をいってあの場を離れた。明日は絶対筋肉痛だな。
昨日のリゾットの評判はおおむね良好。だが、プリンの人気ぶりがすごくて霞んでしまった感があった。やはり甘味受けはいいことが多いんだな。
特に、この世界ではプリンという食べ物はないらしい。だからこそあのなめらかな食感が新鮮だったようだ。
『まあ、僕は優人君の調理技術の高さにびっくりだけどね。プリンとか、茶わん蒸しと一緒でうまく蒸さないと鬆が入っちゃうのに。全然そんなことなかったんだもん』
俺は茶わん蒸しとか鬆とか知ってるあんたにびっくりだけどな。
『骨粗鬆症の鬆だよね!』
例題が年寄りくさい!
『だって正直言って年齢でみたら、僕はお年寄り通り越してミイラの域だもん』
自分でいうのかよ!
『でもプリンのおかげで、子供達と仲良くできてよかったじゃない。懐かれてたし』
それはいいんだけどな!そのあとが大変だったんだぞ!
『あははー、知ってる』
昨日はそのプリンのおかげで子供達に懐かれた俺は、襲われた。いろんな意味で襲われた。あれは遊びと称した攻撃だったに違いねぇ。
請われてテキトーに日本の昔話をきかせたら、気に入られて何度もせがまれ、彼らが全員眠るまで語らさせられた。
おかげで寝不足だ。
やきとりの気持ちがわかった。
アランの部屋の前につくと、扉をノックする。
「あ、どうぞー」
俺が中に入ると、アランはベッドの上で本を読んでいた。
「調子はどうだ?」
「ああ、もう調子よさそうだよ。熱も下がったし。お世話をかけました」
ふんわりと笑うアランの額に手をあてる。確かに熱はなさそうだ。
「そうか。よかったな」
アランは頷いて応えると、本をぱたんと閉じた。
「ねぇ、ユート君。少し外に出たいんだけど、いいかな?」
「……いいんじゃないか?」
なんで俺にきく?と思っていると、アランは苦笑した。
「まだ念のため安静にしておいてくださいっていわれてたからね。熱は昨日の内に下がってたんだよ?」
「そうなのか。まあ、ずっと寝てたんじゃ逆に体に悪いだろ」
「そうだよね」
「……」
にこにこ笑っているのはいいんだが、なぜ俺の腕を掴む?
『それで、結局ついていってあげる……と』
……。
「……で、どこに向かってるんだ?」
「霧が発生してる境界までいきたいんだ。最近霧が広がっているっていうのが気になったんだけど……」
心なしかアランの顔が厳しい。
教会から霧の発生している場所までの林の中を2人で歩く。
「なにが気になるんだよ?」
「え、ええと……。ここの霧は魔力によって生まれたもののはずって、アウローラさんはいってたよね。つまりここは霧の溜まり場でありながら、魔力の溜まり場なんだ。むしろ魔力が溜まっているから、霧が発生してるといってもいい。この霧そのものが、水属性を帯びた魔力だろうからね。そしてその霧が広がっているということは、ここらへんの魔力の濃度があがっているからかもしれない、と思って」
「魔力の濃度があがるとまずいのか?」
「うん。まずいよ。濃度があがると普通の動物は魔力に侵されて死んじゃうし、生き残ったらその動物は魔物になる。そして魔物は許容度を超えた魔力に侵されると、狂化する」
「つまり、狂暴化するってことか?」
「そう」
またしばらく無言になる。
「……学者なんだっけ?」
「うん。民俗学のね」
「ふーん。具体的になに研究してるんだ?」
「僕は……」
ちらりと俺をみる。
「なんだよ?」
「……。……僕はね、魔族について研究してるんだ」
「へぇ」
「僕は、魔族ももとは人間だったんじゃないかって仮説を検証する研究をしてるんだよ」
「ふーん。魔族ももとは人間……。じゃあ人間は人間と敵対関係なんだな」
「……」
「どうした?」
「あなたは変わった人間だね」
アランはびっくりしたように俺の顔をみる。
「なにがだ?」
「ふつう、魔族と人間が同じだときいて、そんなあっさりした反応が返ってくるなんてないから」
「え……」
『ここにも常識の壁が(笑)』
笑い事じゃねぇだろ!なんだかっこ笑いって(怒)
「ユートは今何歳?」
「え、17だけど」
「そっかぁ。じゃああれは知らないよね」
17歳かー、青春だよねー、とアランは笑う。
「今から30年ぐらい前の話なんだけどね。当時の新聞に、魔族と人間はもともと同じ存在だったっていう記事が出たんだ。アノールド・セレンツィアっていう記者が書いたんだけど、しがない一記者の彼が、自費で出した地方新聞の一記事だったにも関わらず、批判がすごくてね。エレンティーネ教は魔族を悪魔だとしているし、魔族は敵だと小さいころから教えられるうえに恨みを持つ人は数え切れないほどいるから、その分反発が大きかった。悪魔と……あんな無慈悲な種族と同じだなんてとんでもない!ってね」
「……」
「その仮説を立てた研究者は、周りの批判に耐えられず自殺。アノールドは記事に反発した一人に投げられた石の当たり所が悪くて、亡くなってしまった」
「……」
「僕はたまたまその記事を目にする機会があってね。幼心にその研究はすごくまともな考え方に思えた。記事にはね、魔力に侵された人間が魔族なんだって書かれてあったんだ」
「あっ!」
「うん。動物が魔力に侵され、魔力耐性を得ると、魔物になると今は研究でわかっている。でも、動物でそうなるのに、人間だけならないなんておかしいじゃないか」
そうか。魔力に侵され、魔力耐性を得た人間が、魔族なのか。
「根拠の理由として、魔物も魔族も目が赤い。魔族の場合は力を発揮したときだけ赤くなるんだけどね。だから、僕は旅をしながらそれを調べてまわってるんだけど、なかなか難しいね。そもそも魔族が禁忌の存在扱いだから、誰も教えてくれないし。魔族に会って話したいんだけど、それを行えるほど僕、強くないからなぁ」
あはは、と笑うアランをみて、俺は別のことが気になる。30年前の記事を読めるこいつは何歳なんだ?!
『見た目20代前半だよねー』
俺は久しぶりにステータスを表示させてみた。
《ステータス》
アラン・エリドオール・フォン・カエレンツェ(29歳)
HP 2000/2000
MP 560/670
TA 1111/1111
LV 32
途中略
【魔法属性】 地
【称号】 公爵家次男・追究するもの・ふんわりさん・憎めないあいつ・マニア・さえないメガネ
【スキル】 聖語読解 LV198 魔法陣読解 LV66 発掘 LV67 コミュ力 LV50 建造 LV33
【職業】
《貴族》《学者》《研究者》《魔法使い?》《建築家》
年齢よりもとんでもないものが発覚してんだけど!
『わー公爵家次男(笑)カエレンツェ家ってどこの国だったかなー?やば、思い出せない。僕もついに痴呆症かな……』
いや、そんなことより……。アランに体力で負けた!
『え、そこなの?!』
こんなにひょろひょろしてる奴なのに……。
『ここは、優人君の身長については触れちゃいけないんだよね……』
触れたら一生口きかねー、と思いつつ考えをまともなほうに戻す。
「……ねぇ、ユート。あなたは、その記事を書いた記者を愚かだというかい?」
「……」
「その記事を公表すれば、どんな結果が待っているかはある程度予想がついたはずなんだ。あそこまでの反発が起きるとは予想していなかったとしても、ね。まあ、予想がつかなかったのかもしれないけど」
俺は想像する。世界中から非難されるとわかっていることを、あえてするのかどうか。
「今きいた情報だけじゃ、愚かだと思うな。自分のことを考えるなら、それは愚かな行為だろう。だけど、その記者がどういう意図で公表したかがわからない。もしかしたら、批判されてでもそれは知らせなきゃいけないことだったかもしれないし、逆にそうじゃないかもしれない。どう思うかきかれても、情報不足だとしか答えられないんだが」
「ははは、そっか。……この世界のみんなが、そう考えられればよかったのにね」
「ん?」
「人は、自分の信じたいことしか信じないってことだよ」
そういったアランは、寂しそうな顔をしていた。
「あ、着いたね」
目の前には霧が漂っていた。霧はまるでそこに境界があるかのようにある一線でとまり、雲の壁のようにもみえる。
アランはその霧に極限まで近づいてしげしげとみつめる。
「うーん。道具がないからなんともいえないなぁ」
「濃度がか?」
「うん。まあ逆からいうと、道具を使わなくちゃわからないくらい、あんまり濃度は濃くないってことかもしれないけど……」
うーん、と彼は考え込む。
「……広がってるなら、濃度は変わらないんじゃないか?」
「そうか。拡散してるだけで、全体の魔力量はあがってないのかもしれないね」
それは今の僕じゃわからないなぁ、と彼は頭をかいた。
「でももし魔力濃度があがっていても、魔力量があがっていても、狂化が起こる可能性があるなぁ」
ひとしきり調べてまわったあと、俺達は教会に戻った。
「兄貴~。もう三日も飲まず食わずですぜ~」
「情けないこというんじゃねぇよ」
「でも~。また暗くなってきたしよー、相変わらず周りは霧ばっかだし。食料は尽きちまったし」
3人の人影が、回帰の霧の中で蠢く。
「もう俺疲れたよー」
「歩き続けりゃいつか出られるさ。崖だけ気をつけろよ!」
「あ、晴れた!」
「兄貴!あれ!」
いつ間にやら霧が晴れていた。そして子分の指差す先には教会らしき建物の上部が、木々の頭越しにみえる。
3人は我先にと走り出した。
教会に近づくにつれて美味しそうなにおいが漂ってくる。3人の腹が同時にハモった。
すると視線の先に、子供たちが遊んでいる光景があった。
「おい、ちょっとまて」
そして彼らには、獣の耳がついている。
「あれは……」
兄貴はにやりと笑った。
副題 神様なのに、ボケはじめ?