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第十八話 もふもふしたいが我慢

与えられた自室に戻った俺は、ベッドにすとん、と腰掛けた。


『どうしたの?』

「なあ、俺はこの世界の文字は読めるんだよな?」

『え、一応そのはずだけど』

「さっき本をみてて思ったんだが、俺には結構読めない文字がある」

『……』

「日常で使われる言葉は読めるんだ。だけど本とかになると、読めない言葉が多くなる。なんでそんな違いがでる?」

『うーん。そうだねぇ……』


次のウィンドウが表示されるまで少し間があった。


『それは、優人君が魂に刻まれた記憶を引き出してこちらの言葉を認識してるからじゃないかな?』

「……は?」

『こちらに召喚される勇者は全て、この世界で生きたことのある魂の持ち主なんだよ。既視感(デジャヴ)、てやつを有効に使っているというか……。まあ、文字通り異世界に来ているわけだから、早く馴染んでもらうためにあえてそういう人物を選んでいるわけなんだけど』

「じゃあ、俺が魔法についてなんとなく理解できるのも、呪いについて知っていたのも、俺の魂の経験があったからってことか?」

『たぶんね。魂は地球やこの世界を含む無数にあるすべての世界で共通のものなんだ。輪廻転生の考え方に近いかな』

「じゃあ、俺が文字を書けないのは……」

『優人君の前世だか前々世だかはわからないけど、この世界で生きたときの人物が読み書きのできない人だったんだろうね。日常目にするものは文字を理解しているというより、何度も目にするわけだから、それが何を指すのか知っていただけじゃないかな』


ということは、俺は文字に関して苦労するかもしれないってことか。これは結構早くなんとかしておいたほうがいいかもな。帰る方法を探すには、やっぱり本とかを調べることもあるだろうし。


「俺を召喚したのは、魔法なのか?」

『一応そうだよ』

「じゃあ、やっぱり魔法から調べたほうがいいのか……」

『そうかもね』

「先は長いなぁ。まだなにも始まってねぇし」


と俺がため息をつくと、扉のむこうからバタバタと音がした。


「まってまって!」

「コケー!コケコケっ!」


バタンと勢いよく扉が開く。飛び込むように入ってきたのはやきとりを追いかける狐耳の少女と、その少女から逃げるやきとりだった。少女は俺をみて、入ったのが俺の部屋だと気づき急停止する。


「コ、コケェ!コケ……」


若干頭が禿げているやきとりは俺のほうに飛び込むと、さっと後ろに隠れた。よくみると頭だけじゃない。


毟られたな。


『あーあ。頭頂部が寂しくなりだした中年のおじさん並みの哀愁が漂ってるんだけど』


やきとりは俺の後ろで少女を警戒しながらさめざめと泣いている。


人気者は辛いねぇ。


「あ……あぅ……」


一方狐耳の少女は、やきとりに触りたいが、俺には近づけないという葛藤がみえ隠れしていた。まあ、人間である俺を警戒するのは当たり前だよな。だが、怯えられたままというのも辛い。


俺はふと、アランがしていたことを思い出す。ちょっとずつ手を伸ばすと、少女はびくっと体を震わせたが、彼女はにこりと笑った。ふさふさした尻尾がぴんっと立って明らかに怯えているのに、彼女は笑っている。

俺はそっと彼女の頭を撫でた。手に触れる彼女の耳と髪はとても触り心地がよかった。もふもふふわふわとする触り心地は離しがたいものがあるが我慢する。徐々に肩の力が抜けて、尻尾が揺れるのを感じて、質問してみた。


「な、あんた名前は?」

「え?……サラ……です」

「そうか。じゃあサラ、今日は俺が昼飯作りたいんだが、食糧庫に案内してくれないか?」

「えっ?」


サラはパチパチと目を瞬く。俺はすっと立ち上がった。


「まずはアウローラさんに許可をもらうところからだよな。おいやきとり、いくぞ」

「コココココココケッ?!」


この教会にお世話になりっぱなしってのもよくないよな。緒方家ルールにも“働かざる者食うべからず”ってあるわけだし。


「あ、まって!」


俺がすたすたと歩きだすと、サラはトコトコついてくる。やきとりは彼女に捕まらないように俺の頭に乗っていた。


おい、鉤爪が食い込んで痛いんだが。


だが奴は俺の抗議の視線も無視してがっしり俺の頭にしがみついている。振り落とされるものか、という意思が伝わる。


どんだけ酷い目に遭ったんだ。


『まあ、羽だけじゃなくて鶏冠とさかも千切られている様子から推して知るべし、だね』

「……」








アウローラさんに食糧庫と厨房使用の許可をもらった俺達は、サラの案内で食糧庫内にいた。


この教会の敷地内の建物で一番大きいのは礼拝堂だ。


最初にここに来たときは雨が降っていたこともあって気づかなかったが、ここはけっこう規模のある施設群だ。

霧の()の中は俺達が通ってきた森よりも木は少なく、林といった程度の木々に囲まれている。

礼拝堂にむかって右手側に宿舎があり、礼拝堂の後ろには中庭がある。この中庭には井戸があり、ここに洗濯物が干されたりする。宿舎を中心に、中庭の反対側には一応果樹園らしきものがあるが、ここはまだ製作途中であるらしい。

中庭を飛び越えて左手には畑があるが、ここもまだ製作途中。日々アウローラさんが子供達の世話をしながら、少しずつ環境を整えているそうだ。

そんな中で、食糧庫は礼拝堂と反対側の、中庭の奥にあった。


「うわー結構たくさんあるな」

「しさいさまは、なかなかおそとにでることができないから、いっぱいホゾンしてるっていってた」

「そうだろうな」


ただでさえ霧が晴れるのは月に一度で、しかもこれだけの子供達もいるならなかなか食糧を調達するのも難しいだろう。


地下の食糧庫にはチーズや塩漬けにされた肉、酒、野菜、砂糖、卵などが保存されていた。そこからいくつか食糧を出して、次は地上の穀物倉庫にいく。

穀物倉庫は風通しを良くするために、床が地上から少し離して作られていた。


「懐かしいな」

「なつかしい?」


サラは首を傾げて俺を見上げた。

俺の目の前にある穀物倉庫は、俺が歴史の授業で習った縄文時代の高床倉庫に似ている。柱と床の間にある鼠返しは、教科書にあった写真そのままだ。元の世界との共通部分は、俺をとても懐かしくさせた。


『……』

「おにいちゃん?」


俺の袖を掴むサラの頭を撫で、俺は穀物倉庫にはいった。中は大量の小麦粉、上から吊るされたハーブ、塩が保存されていた。


「お、米だ!」

「こめ……?」


米も保存されていた。この世界に来てから主食はパンしか食べていない。日本人の俺としては、そろそろ米が食べたいところだ。

醤油とか味噌とかあったら和食が作れるんだが、残念ながら未だそれらを目にしていない。


「米……か」

「こめ?おにいちゃん、ラシーナ好きなの?」

「ああ、好きだよ」

「ふぅん」


この世界の米はラシーナと呼ばれている。だがこの米は日本で馴染みのあるあの米は違い、縦長のほうの米に似ている気がする。


「今日の昼飯はリゾットでも作るかな」

「りぞっと?」

「ああ」


リゾットなら消化もいいし、子供達にも食べやすい。ついでに米は茹でれば膨れるから、満足感もある。


「サラ、おまえも作ってみるか?」

「うん!」


サラはぱあっと目を輝かせて頷いた。



さて、今回のメニューはとまとトメトと玉ネギのリゾット。そしてデザートにプリンだ。


かなり大きな鍋に野菜とポルッポの手羽先を入れて出汁をとる。これがいわるゆるブイヨンだ。そこから卵を割り、いくつかは卵黄と卵白にわける。普通に割る分は、割り方を教えたサラの担当になった。


「あっカラ、はいっちゃった!」

「あー、はいはい」


俺は箸ですいっとボウルの中の卵の殻を挟んで捨てる。


「それなぁに?どうやってそれつかってるの?」

「え?ああ、これは箸っていってな……」


目をキラキラさせる彼女にこちらの世界ではみないだろう箸について説明する。ちなみにこの箸、俺のお手製だ。木を削って作った。


『ほんっとさー、器用だよねぇ』


料理の作業に戻る。

分けた卵白を泡だて器で泡立てたあと、ブイヨンを材料と分けて漉す。面倒だが、残った材料を細かくしたり肉をほぐしたりして食べやすくし、リゾットの具にまわす。

できたブイヨンを再び鍋に戻し、沸騰させたあと卵白を混ぜ、浮き上がったそれを取り出す。こうすることで、スープの灰汁がとれ、あの琥珀色のスープができあがる。


そのコンソメをベースに(ラシーナ)トメト(とまと)をいれ、煮立てる。


この一連の作業はかなり体力的にもきつかった。なにせ43人分の子供達と大人(?)3人(4人では?)分、さらに動物一匹と一羽分をまかなう量を鍋に入れたり出したりしなければならないからな。


プリンのほうは卵と牛乳(ホルスターミルク[ホルスターという牛の魔物の乳])と砂糖を混ぜればいいだけだし、サラに任せてみた。まあ、さすがに量が多いから俺も手伝ったけど。


台に乗って巨大なボールを小さな手で掴み、懸命に泡だて器で混ぜている。

あとは片っ端からそれを器に入れて、蒸すだけだ。


俺はそれをみて、ふと思いついた。プリンのカラメルソースを作るついでに、べっこう飴を作る。


「サラ、これ食べてみろ」

「え?」


俺が手渡したべっこう飴をサラは受け取る。この世界に爪楊枝があってよかったな。

サラはすんすんと飴のにおいを嗅いだ後、口に含んだ。


「おいしい」


サラの目がぱぁと明るくなり、頬が赤く膨れた。


「おいしい!」

「そうか」


まあ、砂糖を溶かして固めただけだけどな。


「手伝ってくれた、あんただけの秘密な」


俺が人差し指を唇にあてていうと、彼女はこくこくと頷く。


「ユートさん!私もなにか手伝わせてください!」

「?!」


突如響いた声のもとを辿ると、厨房の入口に腕まくりをするエレノアが立っていた。


「おー、助かる。じゃ、野菜切ってくれ」

「はい!」


保存食用のピクルスを作る。


サラは慌てて調理台の陰に隠れ、飴を頬張った。秘密、を守ろうとしているらしい。尻尾が隠れてなくて思わず笑ってしまう。嬉しそうにそれはぱたぱたと揺れていた。



エレノアはまな板の上の野菜をみると、包丁を握った。そして、軽快なトントンという音が止まる。彼女は指を切った。


「あ……」

「おい!大丈夫か!」

「おねえちゃん!」


サラがエレノアの指に手をのばす。しかし、身長差のせいで届かない。


「……そうか。あんた、料理したことないよな」


よく考えれば、一国のお姫様が包丁を握ったことがあるとは考えにくい。その割には、綺麗に野菜は切れているが。とはいえ、俺の配慮不足だ。


「とにかく、消毒を……」


軽く手当する。その様子を、サラは真剣な目でみつめていた。


「初めてなら初めてっていえよ」

「え?あ、はい。すみません」

「いや、俺も悪いんだけど」

「……」

「……」


沈黙が流れる。


「刃物は……、自分のことも傷つけるんですよね」

「ん?ああ、そうだな。だから、扱い方に気をつけるんだろ」

「……」


なんでこいつは急に黙り込むんだ!


近くをみているのに、遠くをみているような眼差し。そんなエレノアに、俺は内心首を傾げる。


「よし、手当終了」

「おねえちゃん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ」


彼女はにこりと笑い、サラはそれにほっとしたようだ。


「いいか、包丁を使うとき、切る対象を持つ手はの形は猫の手だ」

「猫の手……ですか?」


俺は包丁を握り、左手を軽く握りこんでキャベツの上にのせる。


「こうすると、同じ幅で切りやすいし、左手を怪我しにくいんだよ。ちゃんとなにが危ないか、どうすれば危なくなくなるのか、考えた結果なんだろう」


そんな難しくするような話ではないな。と、自分で思うが、口から飛び出した言葉は戻らない。


「考える……」


エレノアはなぜか、サラの顔をみる。


「……。まあ、あんたは休んでろよ。あとは片付けるだけだしな」

「いえ、最後まで手伝います」


そして彼女は、何度か止めたが巨大な鍋を軽々と運ぶ。

エレノアは怪我をものともせず、俺なんかよりてきぱきと力仕事をこなした。


『優人君、落ち込まないで』






ちょっと、腹筋から始めてみるか……。























副題 勇者なのに、女子に負ける(体力的な意味で)


思いの外やきとりを食料としてみている方がいて、驚きました。大丈夫です。奴は非常食ですから(笑)たぶん…。


ネタを思いついたので現在書き足し作業中のため、次話の更新は少し遅くなります。すみません。



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