幕間 新聞記者の華麗(理解不能)なる生き方
こっそり投稿
「パレードのときの、神鳥様の姿はすごかったよな」
「ああ、俺も実物は初めて見たけど、絵でみるより綺麗だったなぁ」
「ああ、御使い様のお顔は拝見できなかったが、祝福が与えられるところをみられるなんて、俺達はツイてるぜ」
「でも、なんかリリア様の様子変じゃなかったか?」
「それはおまえ、御使い様が現れて驚かれたんだよ」
「今度の勇者様はきっと魔王を倒してくださるよな」
「ほんとだよ。あの憎き魔族を根絶やしにしてくれないと」
「またケルントルのほうでは魔族と小競り合いしてるみたいだし」
「そんなの勇者様にかかればちょちょいのちょい、だ」
「まったく、ここの国民はバカばっかりね。さすが13の娘と歴史伝説に頼りきりのハリボテの国は違うわ。パンとサーカスとはよくいったものね」
まあ、かくいう私もそれほど頭のいい人間ではないけれど。
「なにしに来やがった、アデーレ」
クロワルドおじさんは呆れたように、いえ、少し怖い顔で私をみた。
「久しぶりに親友の娘に会ったのに、そんなに邪険にしないでよ」
私は当然のように厨房の椅子に座った。本当にこの店は昔から変わらない。
「昨日のパレードは見物だったでしょう?私も遠目にみてたんだけど、いろいろおもしろかったわ」
わざわざエネルレイア皇国まで戻ってきた甲斐があったというものよ。特にあの世間では御使いと呼ばれてる神の使いが、リリア姫と言葉を交わしている場面。
遠目で一瞬だったけど、リリア姫が御使いにむけたあの暗い眼差しは、バカな国民達みたいに見逃したりはしない。各国の要人達の中でも、それに気付いた人達は何人いるのかしら。少ないとは思うけど、確実に何人かいるはずよね。
そこで記者としておもしろいのが、勇者偽物説。
もともとそれはほとんどの偉い人達が疑っていること。だけど問題はないの。だって、勇者が本物であろうが偽物であろうが、魔王を倒してくれさえすればどちらでもいいから。だからこのことに関してはどこの国も声を上げることはないでしょう。
まあ、偽物勇者については私の勘でもあるのだけど、調べてみるのもいいかもしれない。
それよりも興味深いのがあの御使い。フードで顔を隠していたから顔はみえなかったけど、その正体は本当に御使いなのかしら。あのとき御輿の近くの最前列にいた観客を探し出してきいてみたけど、誰も顔をみてなかったのよね。なにか言葉を交わしている風だった勇者も、あの角度じゃ顔はみえてなかったでしょうし。
唯一御使いの顔をみられたのはリリア姫だけ。あの御使いがただの人間だったと仮定したら、あの勇者と知り合いだったのかしら?
「俺は見に行ってないからな。騒ぎはそれとなくきいてるが、実際はみてねぇんだよ」
「あら、どうして?」
「ちっと怪我してな。もう完全に治ったんだが念のため部屋で休んでたんだ」
「そう」
私はやれやれと肩をすくめる。あんな世紀の光景を見逃すなんて。
「まあいいわ。今日は例の魔剣の少年に会いに来たのよ」
おじさんの顔色が一瞬で変わった。
「おめぇさん、またユートになにかするつもりか?」
「いいえ、もうなにもしないわ。他に調べたいことがあるから」
「……ユートは出てった」
「どうして?まさかもう命を狙われるとかそんな展開になったとか?」
「……」
冗談交じりだった私の言葉におじさんは否定せず、私を睨む。
「え、図星?その展開に至るには早すぎるわよ」
魔剣の件が公表されて起こる事態は簡単に予想できる。最初にくるのは鍛冶ギルドからの勧誘。次に冒険者達からしつこく捜索されて武器づくりを依頼される。最後は国からの技術の国有化の勧誘。それら全てを断ると、はじめて実力行使の事態が出てくる。
「私が魔剣のことを公表したとしても、冒険者ギルドに属してて鍛冶ギルドからも一目置かれるおじさんのお膝元にいるなら、それなりに安心だと思っていたのだけれど。……まさか、怪我ってそれに巻き込まれて?」
「あいつは元々ワケありだった。魔剣の件で狙われたかどうかは知らん。暗殺者が襲ってきた。ただ、それだけだ」
「私がきいてるのは、おじさんが怪我をした理由よ」
「……」
「そう。それはごめんなさい。私の短慮が招いたかもしれないことだものね」
「おまえ、全然、謝ってねぇだろ」
おじさんの顔は怒りを露わにしていたけど、私はにこりと笑う。
「おじさんの怪我の件については、謝るわ。でも、記事を書いたことで起きたことは謝らないわよ」
「アデーレ……!」
「だって私は構わないんだもの。私が書いた記事で誰かが死んで誰かが生きる。誰かが喜び、誰かが泣く。誰かが救われ、誰かが損をする。望むところだわ」
「それで他人様に迷惑かけて、さらにおまえ自身もいろんな奴らから命狙われてんだろうが!」
「そうよ。私が持ってる情報を欲しい人は山ほどいるし、私が邪魔だったり、恨みをもつ人はそれ以上にいる。おかげでスリリングな毎日を送れているもの」
おじさんは、悲しげにため息をついた。
「あいつが死んでから、おまえにいったい何があったんだ?おまえそんな奴じゃなかっただろ」
「父は関係ないわ。ただ父が死んでから、ちょっとこの世界の現実をみる機会に恵まれただけよ」
「……」
「毎日綱渡りしてるけど、これぐらいしないと、生きてるって気がしないのよ。生は死の飾り物なんだから」
誰にも理解されない私の生き方。死生観。それでも構わない。それが私だから。
批判するならするがいい。それでも変わらないから。他人に迷惑をかける?生きている限りは誰にも迷惑をかけないなんて不可能でしょ。
「少年には悪いことしたって気持ちもあるわ。どうやらおじさんにとって大切な少年だったみたいだから」
「あいつが了承してねぇから正式じゃないが、俺はあいつを弟子だと思ってるからな。そんな奴を、おまえは危険に晒したんだ!魔剣を盗んだのもおまえだろ!」
「そうよ。だって普通に頂戴っていったら、くれなかったでしょう?」
「当たり前だ!」
「わかった。おじさんが大切にしている子ならもう手は出さないわ。魔剣もちゃんと少年に返す。そうね。もし会えたら、一つだけなんでも情報をあげようかしら」
「おまえ、またそんなことを」
「情報は私の生命線よ」
私は片目をつぶる。
「この世で一番怖いのは、殺人鬼でも欲望剥き出しの奴でも魔王でもない。すべてがどうでもいいと思ってる奴だ。そういう奴は誰にもとめられない。おまえはそんな人間になるつもりか?」
「なるんじゃなくて、もうなってるのよ」
「……はぁ。俺はまだ、魔剣を盗んだことと、記事を書いたことを許してないからな」
「そう。ならどうする?昔みたいに拳骨かしら」
するとおじさんは私に近づいて拳骨を頭に落とした。
「っ!痛いじゃない!髪も乱れるし」
括っていた髪をもう一度結い直す。
「痛くしたんだから当たり前だ。ちっとは反省しろよ!これはこんなことで済む問題じゃねぇし、どんなに変な生き方をする人間でも、おまえは立派な大人だ。まだまだ子供の人生が翻弄されてるかもしれねぇんだぞ!大人としての責任をもって仕事しろよ」
立派な大人だなんて、かなりの皮肉いうじゃない。でも私に対して、ちゃんと人間扱いしてくれるのはおじさんぐらいね。ちゃんと心配してくれるのも。
でもそれが心苦しくさせる。
「あいつはただぬくぬくと育った男じゃねぇぞ。あいつの腕は異常なほど細かった。この街にいるあの哀れな子供たちと同じような腕をな。あれは、もちろんそうじゃない可能性もあるが、おそらく飢餓状態を経験している腕だ」
「……」
「そんな子供を、おまえは追い詰めているのかもしれねぇんだぞ」
「そんな子供、世界中にいくらでもいるわよ。その少年を憐れむくらいなら、私は獣人達を憐れむわ」
「問題をすり替えてんじゃねぇよ!」
なにをいっても意見を変えない私に、おじさんは傷ついたような顔をした。今まで何度もおじさんには叱られたけど、再会したあとの私がそれを直したことはない。おじさんもそれをわかっている。
だからおじさんは無理やり思考を切り替えた。
「俺がお前に言えることはそれくらいだ。俺が何度言ってもお前は言うことを聞かん。情けないかぎりだが、あとはユートに任せる。ちゃんとあいつに謝れよ。これだけは絶対だからな」
「はいはい」
「久しぶりに会ったのに、俺だってガミガミ怒りたくないんだからな」
「はいはい」
「んじゃちょっと腹ごしらえするか。おまえもな」
「はいは……はい?」
おじさんは厨房に置いてあった巨大な鍋からスープをすくい、私の前に置いた。
「どうも俺の料理は人には体に毒らしくてな。ユート監修のもと、作り方を指導してもらったから、もう大丈夫なはずなんだ」
「ちょ、ちょっと待っておじさん。父からもう料理は作るなって30年前にいわれてたんでしょ?」
「ああ。でも、うまいぞ?そういえば、もし俺の料理を食べさせる人物がいたら、その人にごめん、て伝えてくれとユートにいわれたな。どういう意味だったんだ?」
それ、明らかにそのまんまの意味でしょ。魔剣の少年、諦めたのね。
「さあ、試食第一号だ!たんと食べてくれ」
たんとなんか食べられるわけないでしょ!一口で昇天しちゃうわよ。まさかこれが天罰ってわけじゃないでしょうね。
おじさんはキラキラした眼差しで私をみた。この眼差しに晒されると、なぜかもう逃げられないのよ。
私は諦めて、スプーンを手に取る。
そこで不意に思った。
スリリングな毎日、この料理があればおくれるわ、と。
副題 新聞記者は優秀
パレードの最前列にいた観客を探し出して話きくってすごいですよね。性格はひん曲がってるうえに突き抜けてるけど、ちゃんと謝ればいいのに。クロワさんのスープは天罰レベルなんです。作者もびっくり。
「パンとサーカス」は数種類意味があるようですが、今回は仕事をして食料にありつける事ができ、余暇を楽しむ事さえできれば、民衆は政治に不満を持たず盲目的、という意味として使わせていただきました。