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第百十二話 スタフィー

 テルマが辿り着いたのは、ラティンタジェルAと呼ばれる遺跡だった。

 テルマのペンデュラムが指し示す先で、イゼキエルが興味がありそうな場所と言えばそこだと確信を持ってその遺跡に辿り着き、そして先回りされたことに目を見開いているイゼキエルを迎えた。

「むふふー。やっぱりここだった!まだまだお姉ちゃんを出し抜くなんて早いぞ!」

 とテルマが声を上げた瞬間、周囲の空間が歪んでねじれた。

「なに?」

「これは……」

 イゼキエルが何かを言おうとしたとき、いきなり周囲の景色が変わってテルマは突如の浮遊感に思考が追いつかなかった。

 目をぱっと開けると、目に入ったのは仰向けの自分から遠ざかる水球と、高い木々の姿だった。

「え、なんでわたし落ちてるのー?!」

 確実に地面にいたはずなのに、その地面がいきなりなくなった。このままでは地面に叩きつけられると考えたテルマは身をよじり、ペンデュラムをさらに上に投げ、自分よりは上にある木々の枝に引っかけた。間に合わないかもしれないが、このまま叩きつけられるよりはマシだと判断しての行動だったが、再び体がなにかに叩きつけられ、水に沈む。そしてそのまま浮き上がることなく沈みきると、また空中に投げ出されてついに地面にどしゃっと落ちた。

「っつー!」

 鼻に水入った!

「げほっごほっ!なに、ここ?」

 想定していた背中の痛みは無かった。それよりもなぜか浮いている水球に突入した結果鼻に水が入ってしまったほうが痛い。

 なぜ地面は大丈夫だったのかとみてみれば幸い綿で敷き詰められていて、にも関わらず人工的な雰囲気のしない不思議な場所だった。上を見上げると、50mはありそうな高い木が立ち並び、大小様々な水球がいくつも空中に浮かんでいた。木々の隙間から日の光がその水球を通り、白い綿の地面に水影の模様を作っている。

「うえー、なにここー。どっかに飛ばされちゃったのかな」

 水球のせいか、全体的に青い色のこの森はまるで海の中にいるような気分にさせるが、澄んだ空気と風が穏やかに流れている。

「あ、イゼキエルはどこ?!」

一歩踏み出すと、足裏からぬるっとした感触が伝わった。

「……」

 よくみると、この綿は一つ一つがころころ丸い。背の低い綿をつける花で、たしかポーポポという花だったはずだ。そして、それは沼のような湿った泥に根を張っている。

「うわー、靴どろどろになるー」

 年季の入ったブーツは幼い頃姉とイゼキエルが作ってプレゼントしてくれたものだ。元々雨泥避けの魔法がかかっていたが、時間経過とともにすっかりその効果も消えてしまった。テルマが魔力を持っていればその効力も続いたのだろうが、残念ながら彼女は世にも珍しい魔力無しだった。

獣人以外には存在しないとされる魔力無し。そのため、テルマは生まれた時から生活に不便があった。なにせキッチン一つとっても、かまどに火をつけるのも、水を汲んでくるのも皆魔法を使う。もちろん火属性を持たない人間は火打石を使うし、風属性を持たない人間はバケツと人力で水を汲むが、その両方ともできない人間はめったに存在しないのだ。

とはいえ、無いものは仕方ないし、代わりにテルマはペンデュラムの特殊な能力を持っている。最初はなんの役に立つのかわからない力でも、今はテルマの職業として機能している大事な力だ。

 そして魔力無しで苦労している自分以上に、魔力が大きすぎて苦労していた弟のことも間近で見ていたテルマは、それほど自分を不幸とは思っていない。

テルマの履くブーツも、魔力のないテルマでは普通に雨避けの魔法がかかっているブーツを買っても、彼女が履けばただのブーツになってしまうことを気遣った二人が、魔力がなくても魔法が維持できるよう工夫を凝らして作ってくれたものだ。

 さすがに10年以上経ってしまった今となってはその効果は無いが、テルマは大事に修理と手入れをして使い続けている。

「どっかで泥を落としたいな」

 テルマはくんと鼻を動かした。

「水のにおいがする。あっちかな」

 イゼキエルを探すにも近くにはいなさそうだし、行く当てもないので、テルマは水場を探すことにした。

  そっちに進んでみると、ほんとうに水場があった。というか、滝があった。だが、ただの滝ではない。

 その滝は、逆さまだった。いってみれば、逆巻く滝といったところか。重力に従って落ちる滝のように自然に、地に溜まる水が遡って上のほうへ流れ、その水滴がキラキラと七色に光っている。滝を模した噴水のようだ。

「うわぁ、綺麗―!!」

 風に弾かれた水の粒が楽しそうに踊っている。

 そしてまるでその滝に吸い上げられるように集まる水でできた池に、テルマはためらわず入って行った。

 ぽろろんと痛くない真珠が触れるように水が肌を流れていく。

 テルマがその様子に目を細めた時、バシャンと水が割れて腕を掴まれた。

「なにしてるんだ!」

「あ、キエル、みつけた!」

 テルマを睨みつけつつ、逆巻く滝から引っ張り出したのはイゼキエルだった。

「……」

「あー、そんなに怒らないでよ。ほら、水濡れてないの!でも泥は落ちた。ふっしぎー!ね、だから風邪ひいたりすることもないし、危険なこともなかったんだから。でも心配してくれてありがとうね!」

 テルマが言葉を紡ぐごとに冷たくなる眼差しをものともせず、テルマがよしよしと背を伸ばしてイゼキエルの頭を撫でた。

「いやー、よく[なにしてるんだ]って一言だけでそこまで意訳できるなぁ。言葉と表情がなさ過ぎて、俺はさっぱりわかんなかったんだけど」

 と、肩をすくめながら、いつの間にかイゼキエルの後ろにいた白衣の男が肩をすくめた。

「って、精霊の愛娘じゃん。あー、だからここに入れたのか」

 イネスはそう言って頭をかいた。


おっちょこちょいでドジなスタフィー

宝落としてダメスタフィー

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