表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

116/122

第百十一話 その後の話

2023/10/16追加

テルマは依頼人達からの依頼された品を収めた鞄を大事に抱えたまま、文字通り巨人に踏みつぶされた後の有様のルインの町に息を飲み込んだ。

 つい半日前には、旅人も冒険者も滞在し、住人もどこか歴史があることを誇らしく思いながら過ごしているにぎやかな町だった。なのに、それらが全て巨腕で薙ぎ払われたように建物の上半分が消えている。

 いや、実際に薙ぎ払われたのだ。吹雪の巨人によって。テルマはその場面を目にしていた。

 歩を進めるほど周囲は瓦礫のほかはえぐられたようなクレーターや、ところどころ不自然な更地ができている。

 だが、この町のメインストリートである石畳の道は瓦礫で塞がれていたにも関わらず、数人の住人らしき人達が瓦礫をどかす作業をはじめようとしていた。その表情は暗いものではなく、どこか安堵が浮かんでいる。

 テルマはスイっと歩みを進めていると、町の南付近で歓声を上げてなにかを取り囲む人々がいた。そしてその中心には、あの吹雪の巨人と戦っていた金属でできたような、赤、青、黄の巨人が仰向けに横たわり、その上に困り顔をした青年がルインの町の住人達の声援を受けていた。

「勇者様―!」

「勇者ヨーイチ様―!」

「助けてくださって、ありがとうございますー!!」

「わー!!!」

 歓声を受けているほうは嬉しそうにはみえないが、ヨーイチと呼ばれた黒髪の青年は一瞬ぐっと噛みしめた顔をしたあと、すぐ笑顔になって立ち上がり周囲に向かって手を振り返した。

 彼の隣には赤髪の少女が興奮したように頬を染め、ヨーイチを見上げている。

 すると周囲の人ごみの中から、鎧を着た背の高い男性と、神官服を着た少女、そして二つのおさげ髪と背より高い杖を持った少女が飛び出してきて、なにかを叫びながら鉄の巨人を登り始めた。一番勢いよく登ったのは杖の少女だ。そしてその勢いのまま二人の前に仁王立ちし、指を突き付けながら激しく怒る様子を見せた。それに対して、ヨーイチは苦笑を浮かべながら頷き、赤毛の少女はヨーイチの前に立ってなにか反論したあと、腕を組んで顔をそむけた。

 テルマはギルド日報に載っていた写真を思い出した。彼は間違いなく勇者ヨーイチで、あとで合流していたのはその仲間たちだ。そして、最初から彼の傍らにいる少女は聖女であるリリアだと。

 聖女リリア……。

 テルマはなぜか、その少女をみるとエレノアの姿が浮かんだ。

「……もしかして」

 テルマの連想が繋がりそうなところで、テルマの視線は彼らの後ろに隠れて巨人の体から抜け出、そして人目につかないように身を伏せ気味に後ろ側に下がった姿に吸い寄せられた。

 テルマはその姿を追いかけ、人ごみをかき分けながら進む。

 そして、人が全くいなくなった場所でその背中に抱き着いた。

「おっひさしぶり、キエルー!!」

「!」

 嬉しそうに弟を見上げるテルマとは違い、イゼキエルは冷めた眼差しで、己の腰に腕を回す姉を見下ろした。

「……」

 キラキラ。キラキラ。

「…………」

 キラキラキラキラキ……。

 だんだんと冷たさの増す弟の視線と、純粋な姉の喜びの瞳のきらめきがぶつかり合い、やがて根負けしたテルマが、嬉しそうな笑みは変わらず、身を引く。

「よしよし。もしほかの人が抱き着いたらキエルのことだもん。さっさと振りほどいてどっかいっちゃうよね。でも振りほどかなかったことに姉への愛を感じる。私は嬉しいぞー!」

 と両腕を振り上げながら叫んだテルマが気が付いた時には、イゼキエルはスタスタと去ろうとしていた。

「ああ、愛は振りほどかないだけでどっか行っちゃうのはするのかい!ちょちょちょちょっと待ちんしゃーいー!」

 テルマが走り出そうとしたところで、軽く振り返ったイゼキエルは次の瞬間、ピリッと微かな電気を残してそこからかき消えた。

 慣れた弟の行動に、テルマは口角をひくつかせる。

 いくら年頃の弟で、姉がまとわりつくのは気恥ずかしかったとしても、久しぶりの再会なのにこれでは酷いではないか。

 実際のところは気恥ずかしいなどという可愛い感情以前に、もっとはっきりした拒絶であるということは理解しながらも、テルマはにんまり笑う。

「そーいうことしてもいいのかなぁ。お姉ちゃん、本気だしたらどこまででも追いかけられちゃうんだからねー」

 そういいながら目の前にペンデュラムを垂らす。

「私の探し物。どーこだ?」

 テルマがそう唱えると、ペンデュラムのとがった重りの先からぽとんと光が落ちると、地面にこの周辺の地図と、自分から一定距離ごとを示す六角形の線が重なり、自分の探し人がどこにいるかを示す。

 テルマはペンデュラムが指し示すほうに走り出した。

 純粋な速さでは弟に勝てないということはテルマは理解していた。イゼキエルは雷をよく使う。それを使うとなぜか尋常ならざる速さを実現できたりするからだ。原理はテルマには全くわからないが、そういうものである、ということはわかっている。

 だけれども、テルマはトレジャーハンターだった。

 その誇りにかけて、弟という宝を必ずみつけるつもりだった。

 優秀で魔力もたくさん持っていて、頭もかなりいい弟。そんな彼に唯一勝てることといえば、弟への愛と、姉としての経験だった。

 テルマはペンデュラムで弟のいる方向を確かめながら、弟が通りそうな道や選びそうな隠れ場所を脳裏に思い浮かべる。

 そもそもイゼキエルは人と接するのが嫌いだし、一人でもくもくと勉強したり、遺跡を掘ったりするのが好きな子だった。

「今は知らないけどさー。一人で勝手に学園に行っちゃって」

 ある日突然、弟が書置きも残さず家をでて、デルトナ学園に入学したという手紙をもらったのは8年前だった。行方不明になった弟の所在がわかったのは彼からの手紙が届いたとかではなく、デルトナ学園からの入学金の支払い領収書が届いたからだった。子供一人でどうやって入学金を支払ったのかと思えば、彼は特待生になっていて授業料は免除。家は寮があるとかで、夏休みなんかも帰ってきたことはない。勝手にどこかに弟子入りして、その師匠が後見人となり、保護者の代わりを果たして入学した、という事実を知ったときにはもう、テルマは泣き叫んだ。

「うちの天才じゃない?」

 テルマの姉はそんな妹の様子をみて、ため息をついていたことはテルマは気付かなかったが、人生の半分は分かれてしまったけれど、もう半分弱はともに過ごした経験がある。

 テルマは、ある遺跡へ先回りした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ