第十話 勇者、魔法習得す
旅立つと決めたからには、それなりの準備が必要だ。ちなみに神は現在仕事で不在である。
「これと、これとこれとこれ、ください」
道具屋で旅に必要だと思われるものを購入した。そう、つまり給料が出たわけだ。というのも、俺がおっさんと交渉して、一日に一日働いた分の給料を渡してもらえるようにしたからだった。
まず、俺は服を買った。ようやく着替えることができる。一応制服は川で洗濯したりもしていたが、石鹸もなかったしそろそろ限界だった。
石鹸は作ろうと思えば作れたが、その場合動物の油を使わなければならない。それをすると臭い石鹸が出来上がるので、今までは灰と水で洗濯していた。
だがそれも今日でおさらばだ。服を買ったことで着替えはできるし、石鹸もできるだけ購入した。ちなみにフードつきマントも購入した。これでたとえ制服を着ていたとしても、上からマントを着れば目立たない。
日本人として慣れている俺としては、このマントは痛すぎる格好ではあるが。
そのほかにも火打石、水袋、袋、鍋、お玉、消毒用のアルコール度数の高い酒、包帯、ガーゼ、紐、空のガラス瓶、ノートなどを買った。ナイフなどの刃物の調理器具は買っていない。なぜなら、おっさんが今朝、調理用の包丁からサバイバルナイフまでの刃物セットをくれたからだ。
剣のことはからっきしわからない俺でも、この包丁のよさくらいはわかる。今日のまかないを作るのが楽しみだ。しかもこの刃物セット、皮に収められていてベルトのように腰に巻ける。数も多いしよく動く俺にとってはありがたいかぎりだ。
この刃物セットは昨日の魔剣の件のお詫びらしい。どうやらあの記事を書いた新聞記者はおっさんの知り合いだったようだ。絶対抗議だけじゃすまさないとおっさんは息巻いていた。
いまいち俺はまだこの世界の価値観には馴染めていない。魔剣がすごいといわれても、おそらくその重要性はこの世界の認識と俺の認識とではズレがあるだろう。
その重要性に俺はまだ実感がもてていなかった。
「いくぞ、月夜」
魚屋のほうを凝視している月夜を呼んで、俺はおっさんに頼まれた食材も買って、店に戻った。
『優人君……』
いうな。わかってる。これは明らかに
「作りすぎた」
包丁をもらってテンションはあがりすぎていた俺は、おっさんの夕飯を作りすぎてしまった。机の上には十数種類の料理をのせた皿が勢ぞろいしている。
「誰か俺をとめろよ」
『無表情で地味にノリノリで料理してる君をみてたら止め損ねたんだよ』
無表情で地味にノリノリってなんだ!俺そんな器用なことしたか?
「にゃー」
月夜は白身魚のムニエルをみて満足そうにしている。
月夜よ、これ全部おっさんの夕飯であって、おまえの口に入るわけじゃないからな。
『それにしても、魚はまだわかるとして、鳥とかイノシシとか捌ける君に僕はびっくりなんだけど』
俺はイノシシのローストとポルッポの丸焼きをみて頬をかく。ちなみにポルッポとは鳥の魔物で、こっちの世界では地球における鶏の扱いだ。食材屋で売られている卵もポルッポの卵だそうだ。
見た目は鶏じゃなくて白い鳩を鶏サイズにしたような鳥だった。
そして目の前のこの丸焼きは数時間前までは生きていた。俺が絞めて首を落とし、羽を毟って焼いたのだ。
俺の義母が、自分がいつ死んでも俺1人で生きていけるようにといって、いろんなこと教え込んでくれた。今まで数える程しか鳥は絞めたことないけど、まあ慣れるくらいはやった。
イノシシと魚の捌き方も、あの人に教えてもらった。今思えばその経験がこっちの世界で生かされている。
『うーわー。むしろよくそれだけの機会があったね』
まあ、俺の祖母といってもいいくらいの歳の人だからな。そういうことにも詳しいし、家の周りは山だったしな。
「うおっ、なんだこの豪勢な食事は!」
「悪いおっさん。作りすぎちまった」
パンの最後の売り切りが終わったおっさんが部屋に入ると、驚いたように声をあげた。
これ、俺の給料から差し引かれないといいな。
『優人君、遠い目になってるよ』
「にゃー」
「いやー、ここ最近はユートが食事を作ってくれるおかげで俺はうまい飯が毎日食えるな。やっぱ自分で作った飯を自分一人で食べるのは味気ないしな」
「おっさんの料理は味気ないどころの話じゃないだろ!」
むしろあれを普通の顔して食えるおっさんの体はどうなってんだ。
パン屋の仕事というのはなかなか朝早いものだ。ここ最近は早朝の仕込みも手伝い始めた俺は、朝食昼食を作りおっさん達と食べ、おっさんの分の夕食を作って森に戻るという生活を続けていた。
すなわち、この店の台所は窯以外俺の作業場となった。
今までまかないを作っていておもしろかったのは、地球と同じ野菜や肉があるかと思えば、地球とは違う食材もあるということ。まえは、葉っぱが大根で根がナスという珍妙な野菜をみかけた。ナスのあの柔らかさで根の役割を果たせるとは思えないのだが、いったいどうなっているのだろうか。
それはともかく、調理法は地球とそんなにかわらないようだ。味付けは基本は塩と胡椒だし、ハーブや香辛料も存在している。
森の中でもいくつかみつけ、採集したりもした。
「いや、でもこれは俺1人じゃ食いきれねぇな。そうだ優人、おまえうちで夕飯食っていけよ」
「ああ」
確かにこれは責任を持って俺も処理しなきゃいけないだろうな。
月夜の目がキラリと光ったのを俺は見逃さなかった。
ポルッポの丸焼き、白身魚のムニエル、イノシシのロースト、野菜のキッシュ、海藻と山菜のサラダ、ポタージュ クレール、材料の残りで作ったパテ、リエット、クロワルド作のパン、戻りエレパス(魚の名前)のカルパッチョ、ナルス(ナスと大根の合わさった野菜)と根菜のトメト(とまと)煮込み、エビとアスパラのゼリー寄せ、ポルッポのコンフィー、豆と桃ジャムのケーキ。
魚料理は全部月夜が食べた。生ものや保存のきかないものから食べ、完食はできなかったがなんとかあらかた食べ終えることができた。
「ふう……」
「あー、うまかったなぁ」
「にゃー」
「……そりゃ、よかった」
『いいなぁ。僕も食べられればよかったのに……』
満足そうに腹をさする1人と1匹に俺も安堵する。
「美味いものを腹いっぱい食べられるって、幸せなことだよなぁ」
「……そうだな」
俺はその言葉を心の奥底から同意した。
俺は物音で目を覚ました。満腹になった俺はあのまま寝てしまったらしい。
『優人君!起きて、起きて!』
目の前に浮かんでいたのは神の言葉だった。俺の肩にかけられていた毛布が落ちる。
「どうしたんだ?」
『クロワさんが、外で襲われてるんだ!』
それをみた俺はすぐに立ち上がり、外に出た。
外では、全身真っ黒な服を着た人間達が、クロワのおっさんと戦っていた。おっさんは剣を片手に相手の攻撃を凌いではいるが、押されている。月夜も巨大化して一緒に戦っていた。
「おっさん!」
「っ!ユート、なぜ出てきた!」
俺に気を取られた瞬間だった。その一瞬の隙を見逃さず、黒服がおっさんの腹を刺した。
「ぐぅっ!」
「おっさん!」
俺の存在に気づいた黒服達は、一斉に俺に注意をむけた。おかげで相手のステータスが一斉に表示される。
《ステータス》
暗殺者1(趣味読書)
HP 360/380
MP 65/65
LV 73(対人戦のみ)
暗殺者2(趣味縦笛)
HP 380/380
MP 65/65
LV 73(対人戦のみ)
暗殺者3(趣味暗殺)
HP 360/380
MP 65/65
LV 73(対人戦のみ)
暗殺者4(趣味ストーカー)
HP 360/380
MP 65/65
LV 73(対人戦のみ)
ざっと視認できたのはこのくらいだが、黒服達はもっとたくさんいた。俺に襲いかかってきた1人は月夜がなぎ倒し、俺はそれに構わずおっさんに駆け寄る。
おっさんは目を見開いたまま固まっていた。呼吸を確かめるが、その様子はない。
『優人君落ち着いて。彼は死んでるわけじゃなくて……』
「わかってる」
俺は今おっさんがどういう状態なのかをなぜか理解していた。これは石化の呪いだ。これはただ動けなくなる《状態異常》の石化とは違い、魔法水では治療できない。呪いの石化は体の外側から徐々に体が固まって、やがては心臓も動きをとめる。そうなればおっさんは死ぬ。制限時間は約30分。あのおっさんを刺した黒服の剣の能力が、切った者に呪いを与えることだったんだろう。
治療法は魔法薬を飲ませること。だが安価な魔法水とは違って魔法薬は高い。庶民の家に常備はされていない。おっさんの家もまた然りだ。さらに今は真夜中。人通りはない。こんな戦いに巻き込まれる心配がないだけ、人通りがないことには感謝だが、魔法薬を売っている店は閉まっている。普通の治療院では治療は不可能だし、なによりここからでは30分以内に間に合わない。
俺の感情は高ぶっていた。怒りで体は熱いのに、頭だけが冷えている。とりあえずおっさんを店の中に運ぼうとしたそのとき、暗殺者の1人が月夜の妨害を振り切って俺に迫った。暗殺者だけあってすばやさが高い。
「邪魔、するなっ!」
俺は怒鳴っただけだった。けれどその暗殺者は吹き飛ばされる。冷えた頭はそれが、俺が魔力の塊を叩きつけたからだと理解していた。他の暗殺者達も絶えず迫ってくる。数が多い。
俺の周りに魔力が立ち上る。ゆらゆら、ゆらゆらと。
突如、ただ立ち上るだけだった魔力がまとまりだした。俺はそれが魔法を形成しているのだと気づく。
頭の中で、月夜の声がきこえた気がした。その声に従い、魔力を編み上げる。
「てめぇら全員、地獄へ送ってやる!」
俺がそう叫んだ時、編み上げた魔法は成立した。地から闇の手が無数に伸び、回避する彼らを執拗に追いかけ捕まえ、泥と化した地面に引きずり込む。
建物の陰に隠れてこちらを窺っていた奴らも、ステータス画面がみえているので居場所がすぐわかった。意識をそちらにむけると、魔法の範囲も広がる。
「月夜、1人も逃がすな!」
俺が命じると、月夜はなにか力を伸ばした。あとから知ったのだが、このとき彼女が使ったのはスキル影縛り。自分と影がつながるものを縛るその能力は、今宵新月の夜で絶大な力を発揮した。
『うわぁ、闇と地の複合属性聖級魔法アンダーテイカ―って、最初に覚える魔法にしては上級すぎるでしょ』
そんな神の呟きをみることもなく、俺はおっさんを店に運ぶ。
以前俺がおっさんの毒でぶっ倒れたとき、おっさんが俺に飲ませた魔法水の残りを棚から取り出す。
『どうするの?魔法水じゃ呪いは解除できないよ』
「ああ」
俺は自分のカバンから木の実を取り出した。それはソエルの森で拾い集めたワーデルの実とレンヤ―の実。
この2つはそれぞれが薬になるが、それだけではない。
ワーデルの実とレンヤ―の実を砕いて細かくし、さっと湯で煮る。その煮汁に、たまたま残っていたポルッポの血を混ぜて、魔法水と合わせる。するとワインレッドだった魔法水が、サーモンピンク色に変わった。
『それ、石化解除薬だね』
俺はそれをおっさんに飲ませようとしたが、おっさんは口を閉じて固まっているために飲ませることができない。俺は解除薬をおっさんの全身にかけて外側から石化を解除し、開けられるようになった口から残りを流し込んだ。
しばらく待つと、おっさんは徐々に呼吸し始め、体の硬直も解ける。
『もう、大丈夫そうだね』
「本当か?」
『うん、あと2、3分で呪いは解除されるよ』
「そうか、よかった」
おれはふう、と息を吐き出した。なんとかおっさんを部屋のベッドに運び、そして月夜が縛ってくれている奴らをどうにかするために、外に出た。
すると、さっきまで縛られて動けなかった暗殺者達はなぜか、うず高く山のように置かれていた。
「いったいなにが……」
「にゃー」
月夜は黒猫に戻り、なんだか誇らしげに尻尾を揺らしていた。
シリアス回第二弾。極度の眠気の中書いたので、おかしな点があってもご容赦ください。次回あたりからギャグに戻ります。
副題 地味に料理考えるの苦労した(作者が)→勇者なのに、女子力高し(副題を変更しました)
そして、累計100万アクセスいつのまにか越えておりました。感動と驚きで心臓がサーカスしております。皆様、ここまで読んでいただいてありがとうございます。




