第百三話 新たな精霊の誕生
暗く寒い空間から飛び出た勢いのまま、俺が雪の女王の体をぐいっと前に押し出す。
目の前には炎の立ち上る死と冬のカミの横たわる体と、その周りを取り囲みながら火を消そうと試みているイゼキエルやシルフの姿があった。エレノアは身の丈をはるかに超える炎の中で、死と冬のカミのそばに居続けている。歯を食いしばりながら、赤ん坊を取り上げようとしているらしい。たぶん、火傷をしたはしから治癒術を己と死と冬のカミにかけて耐えている。けれど、肉が焦げ付く臭いが届いてきていた。
その光景に、女王の体が凍り付くのが伝わった。だけど、そんな硬直している場合じゃない。
「あんたのその力で、母親と妹だか弟だかを助けろ!」
「!」
こちらを振り返る女王の目はキョロキョロと定まらず、動揺している。
「しっかりしろ!あんたにしかできないんだぞ!自分の力を抑えなくていい、思いっきりぶつけろ!」
「っ!」
しかし、女王はフルフルと首を横に振った。自分の力がまた彼らを殺してしまうのを恐れているのだろう。
だけど俺には確信があった。
「大丈夫だ。あんたの姉妹は、まだ生まれてもないのに俺を蹴とばすくらいに元気だ。あんたのその力に負けてない。あんたの姉妹を信じろ!」
なにせ、俺を姉のほうに問答無用で蹴とばすくらいの元気の良さなのだ。見たわけじゃないが、あれは腹の中で蹴りを入れていた衝撃波だったと、なぜか確信がある。
「それに、あんたがやりすぎそうだったら、俺や、こいつらが止めてやる。必ず」
俺の右手がやる気をしめすように、脈動する。
雪の女王はすがるような眼差しで俺を見上げ、そして前を向くと手をかざす。
「よし、ちゃんと支えてやる。今までの鬱憤全部ぶつけてやれ!」
両手を前にかざし、コクンと女王は頷いた。今まで俺の周りを荒れ狂っていた吹雪が目の前の炎に集中し、注がれる。するとみるみる雪は水滴となる。女王の力が押し負けているのだ。
それをみて、赤く濁っていた女王の瞳が紫色に輝き、吹雪の勢いがさらに増した。
「いいぞ、その調子だ!」
炎の熱気が和らいだのだろう。エレノアが俺に視線を投げかけながら、ほっと息をついたのが見えた。
「いいです、その調子です!がんばって、いきんで!はい、ひっひっふー!!!」
エレノアが死と冬のカミに呼びかける。そしてすっと、こちらの女王に視線だけ向けて、
「雪の女王さん!その冷気もうちょっと右から送ってください!」
「っ!」
「早く!」
雪の女王はえっと動揺しながらも、エレノアの指示通りの冷気が送れる場所である反対側に行こうとわたわたと自分の足で歩いた。
俺もそれについていこうとして、エレノアの声が足を縫い留める。
「ユートさんはそこにいてください!あなたも!」
今まで炎の対処のために水を出していたらしいイゼキエルにもエレノアの声が飛ぶ。その場に近づけない俺に助けを求めるよう、途中で女王が俺をみたが、俺は首を横に振った。
出産の現場に本来俺は立ち入り厳禁なんだ。今の女王なら大丈夫そうだし、なにかあれば動ける位置にはいる。不安だろうが、女王にはそのままエレノアとともに頑張ってもらおう。
というか、エレノアが頼りがいがありすぎる。
女王は情けない表情のまま、エレノアの指示に従いながら吹雪を当て続けた。やがて真剣な様子で集中しているようで、俺を見ることもなく雪の女王は指示通り右にあて、左にあて、と吹雪を操る。
そして、炎をあげながらその子は、生まれた。
その子は、普通の人間のように産声をあげることはなかった。だが、大きな瞳でエレノアと、父を、そして姉を見上げていた。
生まれてなお炎に包まれている彼女を抱き上げることはできない。いや、一人だけいる。
エレノアは、雪の女王をみあげて、笑った。
「抱っこしてあげてくれますか、お姉ちゃん」
「!」
雪の女王の瞳が揺れる。
「このまま地面にいたら、肌に傷がつくかもしれませんよ!」
「っ!」
女王はおそるおそる、その小さな、炎そのもののような赤い髪の赤ん坊を、ゆっくりと抱き上げた。
「あー、うっ!」
その子は、嬉しそうに女王に手を伸ばした。女王はその様子に愛おしそうに目をうるませると、その子の額に口づける。
すると、その赤ん坊を覆っていた炎が一瞬で消え、女王の周囲で吹き荒れていた吹雪も何事もなかったかのように掻き消えた。
「……うう」
呻き声をあげたのは、地に横たわったままの死と冬のカミだった。
この場にいる者たち全てが赤ん坊に視線をむけるなか、エレノアだけは死と冬のカミに自分の衣服をかけて、傷ついている彼女に治癒術をかけ続けていた。
相変わらず過剰気味の治癒術だったが、今の死と冬のカミにはちょうどいいように見える。死と冬のカミは、起き上がろうとしてできず、腕だけを赤ん坊に伸ばす。
雪の女王はゆっくり近寄ると、赤ん坊を死と冬のカミに差し出す。死と冬のカミはゆっくりと赤ん坊を受取り、愛おしそうに目を細めて頬を寄せた。
その様子を、じぃっと女王は見つめる。すると、死と冬のカミは再び、片腕を上に伸ばした。その先には、雪の女王がある。女王が首を傾げると、灰と再生のカミが頭で雪の女王の背を押した。女王が戸惑ったように母に近づくと、死と冬のカミは彼女の頭を撫で、そして抱きしめた。
雪の女王の目は見開かれ、やがて涙があふれでる。その涙は、雪の結晶に変わることなく、そのまま頬を流れ落ちて地にしみこんでいった。




