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第百二話 精霊の生まれ方

 彼女は声を出さず口の形だけで言葉を紡ぐ。

 どうして、と。

 そしてつーと、涙が零れ落ちた。

「な!泣い……え?!」

 俺達が動揺している間に、頭を抱えた女王の足元から、巨大な氷水晶が生え出て、その先端を突き上げた。

 その瞬間、女王が叫んだ。

「お願い!離れて!」 

 女王の紫の目が濁った赤に光り、彼女が予想外の警告の声を上げても成すすべなく、男の腹に氷槍が刺し貫いた。

「おい!」

「あー、やっぱりまだ使いこなせるようにはなってないのか」

「え……」

 伸び続ける氷槍で宙に串刺しだというのに、男は涼しい顔だ。よく見れば血も出ていない。男は一瞬ぱっと広がる粒子になったあと、その粒が少し離れたところで集合し人型となる。

 唖然とする俺に男は軽い様子でひらひらと手を振り、ニッと笑った。

「俺に実体があるわけじゃないし、ああいうのでは消えねーのよ。でも」

氷の槍は巨大な水晶のように太く固く成長を続けていた。 雪の女王の暴走は未だ続いている。やきとりがくちばしから吐き出す炎で小さくしているが、追いついていない。白桜は水をかけてもそこから氷が増えることに気づいてからは回避に専念している。月夜は触手のように伸びる影で俺の脇をひょいと抱えながら、氷槍を避けてくれていた。

 何度かよけ切れず刺されて再度形を整えた男の体は先ほどよりもさらに透けている。

「見ての通り、何度も散らされると消えるのが早まる」

「何度も食らってられないってことか!」

「……ここは雪の女王の精神世界。そしてあの子は昔から自分の力を使いこなせず、暴走を繰り返した。この地に封じられるのは、彼女自身の望みだったと聞いている。俺はシルフの依頼で、数千年経ったあとの綻びはじめた封印をかけなおしただけだから、伝聞にはなるんだがな」

 その言葉で、見たことのない光景がフラッシュバックする。

 深い深い森の中で身を震わせながら出産に呻く死と冬のカミ。いや当時は夜明けのメガミだった存在。そんな彼女の傍らで灰と再生のカミが心配そうに覗き込んでいた。

「ぐっ。この光景は……」

 新たに生まれた精霊であるその子は、生まれた時から力の制御ができず暴走した状態で生まれた。母親の身の内を氷で刺し傷つけ、外気に触れた瞬間その場一体の空気を氷漬けにした。

 精霊の多くは、例えば葉からしたたり落ちる一雫であったり、風の吹き溜まる場所の風の塊であったり、自然現象から突如生まれることが多い。そのほかにも精霊の成り立ちというのは事例があり千差万別とはいえ、カミから生まれるのがカミではなく、精霊であったということも異例なできごとだった。とはいえどんな生まれ方をしていようと、精霊という存在に成ったなら、その力の使い方や役割などは生まれた瞬間から認知しているもの。

 だが雪の女王となる運命のその精霊は、なにも知らずに生まれた。精霊ならばなにも教わらなくとも知っているようなことを、彼女は知らなかった。たとえば人が生まれた瞬間から呼吸ができるように、彼女も力の使い方を理解していなければならなかったのに、それができないというひずみは、どんどん拡大していった。

 その一つが、夜明けのメガミが変質。灰と再生のカミの力で死にかけた妻を救おうとした結果、そうなった。夜明けのメガミは、死と冬のカミとなった。

 そして、たびたび暴走を繰り返す雪の女王を、同じ精霊である大精霊シルフに託した。死と冬のカミとなったとはいえ、存在そのものが変わってしまった死と冬のカミでは育てられず、また精霊の力というものも、カミである彼らには他者に伝えるという術がなかった。

 だからこそ、同じ精霊であるシルフに託すことにしたのだ。

 そこまでの映像が頭に流れ込んでくる。

「……まるで日本神話だな」

 あっちは炎だったが。

 俺の右手が疼いて、感情を伝えてくる。彼女も助けてやってくれ、と。

 呪いの記憶を追体験した俺は、雪の女王の感情もわずかに流れ込んできていた。彼女は彼女なりに呪い達を助けようとしていた。未練を残す彼らが思いを果たせず消えてしまわないように、宿主として彼らを受け入れるということで。それも自分が自分ではなくなる、〈変質〉が起こるとわかっていて、だ。そしてそれはたぶん、暴走を止められず周囲を傷つけることしかできないと思っていた彼女にとって、初めて他者のためにできることを見つけた瞬間だったのかもしれない。

 だってさ、他者を気にかけないなら奴なら、力の暴走が起きた時にあんなに必死に俺達に警告なんてしない。呪いを引きはがした時にも、あんなに捨てられたような、途方にくれたような様子にもならない。

 呪いを纏った右手が、肯定を伝えるように再びズクンと疼く。

「あー、マジで中二病じゃん、これさ」

 俺の推測が正しいとすれば、雪の女王の暴走を止めるには、彼女の中のわだかまりをなんとかしないといけない。なぜなら、呪いを受け入れていた時は彼女の力は落ち着いていたのだ。だとするなら、今の雪の女王の暴走は彼女の内面の問題が大きく影響しているんじゃないのか。

 俺が男を見ると、男は頷いて女王から距離をとる。この空間の出口を作り出すのに集中してくれ!

「!」

 俺も頷きを返し、左手で右腕を抑えながら、俺は月夜に目線を送る。

 月夜は俺の思った通り黒豹化し、ひょいと俺を背に乗せて飛び上がった。

「やきとりー!」

 やきとりは俺の叫びの意図を察して、雪の女王までを阻む氷を溶かした。そして俺が地にうずくまる雪の女王に手を伸ばしたとき、この空間の出口がくぱっと開かれる。その出口の向こうには、地に横になり苦悶の表情を浮かべる死と冬のカミと、妻に寄り添う灰と再生のカミ、その周りをなにかを叫びながら覗き込んでいるエレノア達がいた。そして、死と冬のカミからぶわりと炎が一気に噴き出す。それはまるで、炎と氷が違うだけで、過去の雪の女王が生まれた時のシチュエーションとそっくりだった。

 その光景を見た瞬間、俺の頭の中にひらめきのような針がよぎった感覚に陥った。

『直観スキルのレベルが上がりました』

「お母さま!!!」

 その光景を見ていたのは、雪の女王も同じだった。さらに恐慌に陥った彼女の周囲には雪嵐が吹き荒れ、俺は吹き飛ばされそうになる。それを白桜が寄り添い、月夜の背に押し付けた。

 やきとりが羽から熱波をだし、俺の周囲だけ少し和らぐ。

 俺はその勢いのまま右手を伸ばして、雪の結晶になっている涙を流す雪の女王の腕をつかんだ。

「そのまま!思いっきり力を解放しろ!」

「!」

 驚きに目を見開く彼女を引き上げ、そのまま月夜が踵を返す。

 伸びゆく氷柱をバネに変えて、開かれた出口に向かう。

 俺の右腕の周りは氷に覆われていたが、呪いのおかげか冷たさは感じない。

 ここから脱出する瞬間、ちらりとこの場に残る男に視線を向ける。

 男は感情の抜け落ちた顔で、俺を見送っていた。

 俺はそいつに向かって叫ぶ。

「助かった!ありがとう!」

 そのあと男がどんな反応をしたかはわからない。出口を抜け出た瞬間、肌が痛いほどの熱気が顔に触れたからだ。

 


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