第九十六話 タイトル未定
上上下右左上左左下上右右上上上上上下。
「おー、初めてのクセに見事なものだな。ハードモードに初見でついていけるとは」
「はっはっ!体を動かすのは好きなので」
巨大モニターに写される矢印と、両脇にあるスピーカーから流れる音楽に合わせて、エレノアは華麗にステップを踏んでいた。初めて聞く曲で、初めて挑戦するリズムゲームだったが、彼女は順調にコンボとモニターの端に表示されている得点が増えていく。
これが今のような切迫した状況でなければ、純粋に楽しめるのに。
既に十五分ほど続ける激しい振りで、キラキラとした汗が舞い飛ぶ。けれどエレノアの呼吸はあまり乱れておらず、イネスは見かけによらず体力のあるやつだなと思いながら、同時に遺跡内の映像の精査が九割がた終わっていた。
「あの、こんな感じでふっ、電力はできてるんですか?はぁ」
「ああ、お前の運動エネルギーと、下の矢印を踏む動きの両方で発電できる装置だ。なんでそんなのがここにあるのか補足すると、俺天才だけど引きこもりだから運動不足でな。ただ運動するのも気が乗らないんで、俺の世界であったゲームを再現したんだよ。運動ついでにエネルギーも作れたら効率的だろ」
「そうなんですね。確かにこれ自体は楽しいです」
「楽しくて何よりだが、想像以上に発電できてんだよなぁ。まあ、結果的にかなり助かるわけだが」
その分彼女の生み出すエネルギー量が尋常ではないということも示している。正直当初イネスが考えていた期待値以上の発電量だった。ただ自分も魔法なんて見知らぬ技術で異世界から呼び出された身なうえ、生前は自分の常識外の存在にもこの異世界で遭遇したこともあった。だからそういうこともあるよな、とそのあたりの思考を放棄する。
映像を精査すればするほど、状況は良くないものであり、自分が手を加えるなら電力はあればあるほどいいのだから。
ちなみにこのシステムは、完全なる引きこもりだったイネスが運動をするために自分の故郷を参考に作ったものだ。体を動かしながら発電もできるなんてさすが俺、と自画自賛する。
「それよりも、状況は思った以上に悪いな」
「映像の分析というものが、終わったんですか?」
「もうすぐ終わる。俺は優秀だからな。何にも進んでないのに、今どれくらいできました?って聞かれて進捗六割です、なんて嘘つくやつとは違うんだよ。ちゃんとできてるうえにほぼ終わった。しかし、俺が死んでから2000年ほど経ってるのか……」
二千年分の早送り映像の確認はさすがに骨が折れる。しかも動画容量が半端ないので動作が重い重い。だがイネスの死後、彼の命令通りこの遺跡を管理していた魔導自動人形達が映像を都度都度仕分けていなければ、もっと時間がかかっただろう。生前は自分がいなくなればこんな映像を使う人間なんていないだろうから、魔導自動人形達の仕事に入れなくてもいいかとも思っていたが、一応プログラムに組み込んでおいてよかった。
なんでも備えておくべきだな、と死んだ自分には役に立たない教訓を得る。
ついでに言うなら二千年はこの遺跡を維持できていたのだから、己の技量も上出来ではないか。
「これは誇っていいだろ俺。ただの臆病な引きこもりにしては、よくやったほうだよな」
骨になった本来の自分に語り掛ける。それでも彼女の、カタリナの勇気にはかなわないかもしれないが。
イネスはふしゅぅーと白い煙の経つカプセルが開くのを見上げた。
その中には、生前の自分の姿。痩せこけ隈の酷い落ちくぼんだ眼の、パッサパサで痛みの激しい長い白髪の混じったブルーグリーンの髪で白衣を纏うヒューマノイドだった。
「今更思うが、せっかく自分で作るんだから、別にもうちょい美化してもよかったよなぁ」
その言葉が魔導自動人形から発せられる最後で、次の瞬間にはそのヒューマノイドが動き出す。それは体の動きを確かめるように手を握ったり開いたりしながら動き出した。
「よっし。んじゃやりますか。やっぱ手がこうじゃないとやりにくいんでな」
「え、え?!イネスさん、生き返ったんですか?」
「察する能力悪すぎるだろ。生き返ってねーわ。いや、ある意味生き返ったともいえるのか?まあ亡霊みたいなもんだよ」
「そうなんですね?」
エレノアにとっては遠い記憶でも確かに覚えのある姿が、骨を見た後に動き出したことは不思議な感覚だ。なにせ骨はまだ椅子に鎮座している。
多少の困惑は頭の片隅に追いやるエレノアを尻目に、イネスはつかつかと自分の骨に歩み寄り、それを椅子からがばっと払いのけた。
骨は軽い音を立てながら地面に落ち、骨のいくつかは地を転がる。イネスはそれを気に留めることもなく、どかりと椅子に座って目の前のモニターに向き合い、手元の操作盤をものすごい勢いで叩き始めた。
「えええええ。死者への畏敬の念とかは……」
「ねーな。だって自分だし。作業の邪魔」
それにしたって死者に対してあまりにも暴挙ではないかともエレノアは思ったが、確かに本人による本人の遺体の扱いなので、そういうものかもしれない、と納得した。
そもそも本人によって本人の遺体を扱うということ自体が異常事態なのだが。
「あの、私はこのまま踊っていたらいいんですよね?」
「ああ。そのほかにもやってもらうことはあるが、指示を出すまでは踊ってろ。電力はあればあるほどいい。各所の端末の復旧からはじめるか。ったくあの野郎ども。好き勝手いじくりまわしやがって。中途半端に面白い術式を食い込ませてるとこが逆に腹立つ!だがこれは俺の組み上げたシステム。しかも俺は天才だ。お前らが3か月もかけていじくったやつを、二時間で立て直してやんよ!ふはははははは!」
「おおお!すごいですね!さすがです!」
「……」
イネスは半眼になり肩から力が抜けた。引きこもりは基本的にそばに誰かがいることないし、自分は独り言が多いタイプの引きこもりだ。一人で騒いでおかしな発言をしいても誰に気に留められることもない。せいぜい経験があるのはカタリナの反応くらいだが、彼女はスパッとあしらう一言を叩きこんできていたので、純粋に褒められ拍手までされるとなんか違う、という気分になってしまう。
気を取り直して。
「まずは手始めにこいつらに動いてもらおうか」
モニターに映っていたのは、こちらと同じような端末に向き合う洋一と、彼にまとわりつくリリアだった。リリアの姿を見て、エレノアは安堵の息を吐く。
「そんでこいつらのあとに、お前の探してる奴のところに行くぞ」
「ユートさんの居場所がわかるんですか?!」
「ああ、今起きてる事件の中心のとこにいるみたいだからな」
イネスが振り返りながら指す親指の先には、森のような場所にいるユートの姿がモニターに映っていた。