第九十五話 DDR
そのモニターの前には、一つの椅子が置かれていた。エレノアが近づくと、その椅子にはなにかが座っているように見えた。それがなんなのかを半ば理解しながら、その椅子の正面にまわると、そこには白骨化した亡骸があった。第三十五代目勇者、イネス・エルランジェの成れの果てだった。
「……イネス・エルランジェ様」
「マスターをご存知なのですね」
自動人形はそう言いながら、鉤爪のような手で、小さな長方形のものを差し出した。
「知識だけですが。これは?」
「この中に、マスターの人格情報と記憶を保存してあります。今この場所で起きている事態に対応できるのは、マスターだけです」
「人格情報と、記憶?」
「私が、マスターに無断で残していました」
「あなたが?」
自動人形の目が点滅で肯定を示す。
「カタリナ様が、のちに現れる勇者を助けてほしいとマスターに言いました。マスターは、そのとき自分が生きていたらな、と答えました。しかし、マスターの生きている間に新たな勇者は現れませんでした。だから、マスター自身を残すことにしました」
「そうですか」
エレノアは目を伏せた。そのやりとりを、エレノアは知っている。カタリナとは、その代の聖女であった人物の名だ。
「これを、私の背中にある挿入口に入れてください。そうすれば、マスターと話せるようになります」
「背中、ですか?」
エレノアがそれの背後にまわると、パカリと細長い蓋が開いた。エレノアはそこに、長方形の記録媒体を差し込む。
「マスターに、勝手なことをして申し訳ございませんと、お伝えください」
「え?」
首だけがふくろうのようにぐるりとまわり、エレノアを見つめる。今まで無機質だったのに、そこになにか感情の波があるかのように感じた。
「でも魔導自動人形は、マスター自身こそが、次代達へ残されるべき力だと結論を出しました」
エレノアの手から記録媒体が離れ、吸い込まれる直前にそんなことを言った自動人形は、しばらくカタカタと読み込みを行う音だけをさせながら、そのあとは呼びかけても答えなくなった。
時間にして五分ほど。エレノアは辛抱強く待った。まさか壊れてしまったのかと焦る気持ちがざわつく。やがてぴたりとそれまで響いていたカタカタという音がやむ。自動人形は頭の部分を虚空に向け、動きが止まった。三十秒ほど待っても動かない。まさか壊れた?これは、一度叩くべきだろうか。
「……あの」
思わず声をかけると、ぐるぐると首が何周も回りだしてまたぴたりと止まり、無機質な機械音声に似合わない軽快さで話し出した。
「あー、あー。すげ、ちゃんと声出るな。さす俺」
「さす……おれ……」
左右のアームを地面につけて伸ばし、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらそれははしゃいでいた。
「おお、すげー。機械の体ってこんな感じなのか。若干人体とは形が違うせいで予想と違う動きになるが、逆に新鮮な動きができるな、おもろい」
「あ、あの……」
「しかし、ところどころメンテが行き届いてないな。関節部に違和感が。メンテナンスができなくなるくらい時間が経ったのか?今何年だ。てか俺データだよな。本物の俺はどこ……」
「あ、あの!」
「ん?」
エレノアが声を張り上げると、はしゃいでいた自動人形がやっとエレノアに気づいたかのように見上げた。
「誰だ、お前。なんで俺の城にいる?」
「それを話す前に、あなたはその子が言っていた【マスター】、ですか?」
自分自身を見知らぬ女にさされて、それは目の部分の液晶を揺らしながら考える。
「その子ってのは、この魔導自動人形のことだよな。俺はこいつの言う【マスター】のデータだ。この自動人形を作った奴が【マスター】で、俺の元になった奴は人間だから、マスターって呼ばれるならそいつが……。あー、そうか。もしかして死んだか?」
その言葉に察したエレノアの視線を辿り、自動人形はコロコロとモニター前の椅子の前に回り込んだ。
「あー、なっさけねーの。結局墓にも入らず、ここで一人で死んだのか。俺らしいなぁ。こんな見事に骨になりやがって」
魔導自動人形の記憶では、普通にいつもどおり夜に眠った時点での記憶しかない。つまりその時点、死ぬ前に人格と記憶データがコピーされたということだろう。それが本来のイネスの知るところなのか、何者かによっての陰謀なのかは不明だが。
「あの……」
「お前の質問に答えると、本体がこうなった以上は、俺がお前の言う【マスター】だ」
「では、その子から伝言を承っております。【マスター】の人格と記憶を残したのは自分で、勝手なことをして申し訳ない、と。でも、次代に残すべきはあなたの自身だという結論を出したからだ、と」
「………………………。ふっ。あーっはっはっはは」
イネスがしばしの無言のあと、高く笑い声をあげた。
「次代に残すって、俺とカタリナの話を聞いてたのか!そしてそれを俺の命令もなく自分で考えて、行動まで起こすなんて……。はぁ、そうか。こいつは、新たなる可能性だったんだなぁ」
「……」
それはエレノアに伝える気のない、独り言だった。だがイネスはエレノアに説明するつもりはあったようだ。
「この場所も、この魔導自動人形も、俺が作った。要するに創造主だ。そして被創造物であるこの魔導自動人形は俺の命令を忠実にこなす存在であり、そのために俺が作った。本来なら命令以外の行動を起こすなんてありえないんだよ」
イネスはそう言いながら、この部屋のあらゆる場所にあるスイッチを手慣れた様子でつけていく。
「そうなんですか」
「だが、こいつは自分で判断し、俺の命令もなく俺の人格と記憶データを抜き取り保存した。いいねぇ。申し訳ないなんて思う必要ねーよ。自分の意思を持ってくれるなんて、魔技師冥利に尽きるじゃねーか」
自動人形が申し訳ないと言っていたので、イネスが起こる可能性もあったので、エレノアはほっと息をついた。
「それじゃあ、怒っているわけではないんですね?」
「ないないない。まあ、こんな形で復活?するつもりなんてなかったから、そこは不本意だけどな。こいつがやったこと自体を怒る気はねーよ。それにははっ!おもしろいじゃねーの。まあそれはさておいて、だ。俺が呼び覚まされたってのは、なんか理由があるんだろ?そういう時のために俺のデータが残されてたんだろうから」
「そうなんです。助けてください!ユートさんが、消えてしまったんです!」
その叫びに、イネスから呆れたような空気が流れる。
「お前、頭いいのか悪いのかわからない奴だな」
「そう……ですか?」
「ああ。まずユートって誰だよ。現状の説明もなしに思ってること脳から直接口に出されても、他人には理解してもらえないんだぜ」
「ご、ごめんなさい」
しゅんと項垂れるエレノアに、イネスはなんとなく胸を張ってそうな勢いでぴょんっと跳ねた。
「まあ?そんな頭の悪い奴の話も理解できる方法を見つけられるくらい俺の頭は優れてるんでな。安心しろよ」
「ほんとですか?よかった……」
「お前、そこでよかったって言うようなほどバカなのか?」
嬉しそうにニコニコ笑うエレノアには、イネスの毒舌が効かないようだった。
「はぁ。さて、せっかく自分の胴体を差し出してまで蘇らせてくれたわけだが、これからいろいろやるのにこの体だと不便なんだよ。てなわけで、俺の体を用意する」
「よ、用意、ですか?」
エレノアの視線が白骨に向かう。
「用意っつっても、とっくに骨んなった本当の体じゃねーよ。俺は魔技師だ。今の俺の人格であるデータを入れるためのコンテナを即興で作るんだよ」
「そんなことできるんですか?」
「できるように、この場所を作ったんだ。ここは天才魔技師である俺作り上げた、城なんだぜ?」
自動人形の体ではわからないが、イネスはにやりと笑う。すると一斉にモニターに映像が浮かび、左右の壁からはたくさんのコードや、人が入れそうな大きさの円柱状のガラスの容器が現れる。
それらのコードを自動人形である自分の体に繋ごうとして、背中に手が届かないことにイネスは気付いた。
「やべ、自分で繋ぐことは考えてなかったな」
「これを差せばいいんですか?」
エレノアが近づき、壁から伸びるコードを手に取る。
「ほんとにお前バカなのか賢いのかわかんねーやつだな。そうだ。それと、緑と黄土色のコードを差せ」
エレノアが言うとおりにすると、そこからイネスの指令がこの空間を制御するシステムに繋がる。
「お前から説明を聞くよりも、保存してあるあらゆる場所の映像を見たほうが早い。だが恐らく膨大な時間を見ることになるから、少し時間がいる。それと同時進行に俺のコンテナも作る」
「そうなんですね」
よくわからないが、とりあえず頷いたエレノアの内心は見通されいた。
「そうなんですね、じゃねーよ。お前にも役割があるからな」
「え、なんでしょうか」
エレノアはなぜか居住まいを正して聞く体勢をとる。
「第一に、俺はシステムに集中するから無防備になる俺の体を守れ。なんかあるかもしれないからな。それと、今繋がってわかったがシステムの端々が壊れている。平常時はそれでもいけるが、コンテナ作りと映像の解析やらなにやらをしていると電力が足りない」
「電力……ですか」
「そ。このシステムは主に電力で動いてんの。だからお前、発電機になれ」
「発電機とは……つまり電気を発生させるもの、ということですか?」
「そうだ」
「でも私、雷属性の魔法は、というか魔法はうまく使える自信がないのですが……」
エレノアの眉尻は悲しいくらいに下がっていた。
優人に教えてもらったとはいえ、まだ魔法が完全に制御して使えるようになったわけではない、それにエレノアは現時点で雷属性は持っておらず、雷の魔法を使うには水属性から雨雲を発生させて雷を作るという、応用が必要になる。とてもじゃないが、今扱えるようなものではない。この遺跡を高圧電流で破壊しろ、というのなら話は別だが。
「安心しろ、発電方法は魔法じゃない」
「え、ではなにで?」
「踊れ」
エレノアが面食らう。
「……え?」
イネスが差す先には、地面に四つの矢印が点滅する床があった。
「その上で流れる音楽に合わせて矢印の方向に足を踏み出し、踊るんだよ」
なにその発電方法?!ゲーセン?!などとつっこむことのできる人間は、不幸なことに今この場にはいないのであった。
副題 DDR ダンスして 電気を作る リズムゲー