消失した山編
一人の紳士の思い出の写真の正当性を証明する調査が始まった
俺の名前は、白石流。
小さな大学の助教授だ。
専門は、物理学だが、この頃は、何故か超常現象の調査等も手伝わされている。
それもこれも、天地教授がテレビに出る為の下調査の為だ。
それでもまともに使われるのならまだ救いがあるが、大半が面白半分にしか使われない。
酷いときには、証明した事と反対の意味に使われた事すらある。
俺は、二度とテレビの検証番組を信じない事にした。
そんな俺に一通の封筒が届いた。
差出人は、不明。
ただし、その封筒には、安月給の俺では、まず泊まることが出来ないホテルのディナー券があり、同時にそのホテルの宿泊費を全額入金済みと書かれていた。
「こんな物を俺に送って何を考えているんだ?」
理解に苦しむ封筒だった。
本来ならそんな物は、無視するのが普通なのだが、問題は、その日付である。
俺の恋人の誕生日なのだ。
一応のクリスマスプレゼントは、買ってあるが、とうてい満足してもらえる物では、無い。
このディナー券を使えばさぞ喜んでもらえるだろう。
そんな甘い考えが俺をとんでもない道に踏み込ませてしまった。
結果から先に言おう。
恋人には、ふられた。
ディナー券を大喜びする姿に今夜は、最後までいけると確信していたのだが、食事が終わると同時に彼女は、言った。
「実は、結婚することになったの。相手は、一流企業の商社マンなのよね」
見せてきた指輪のダイヤは、俺が用意した指輪のそれとは、比べ物にならなかった事だけは、言っておこう。
俺が、今や無意味となったダブルベッドで呆然としている時、ドアが開いた。
何も言わずに入ってきたスーツの紳士は、近くの椅子に座ってから質問してきた。
「驚かないのだね?」
「何を驚けと言うんだ? 自分の金じゃない部屋に泊まっているんだ、この程度の事は、十分に考えて居たさ」
俺は、万が一の事態に備えて、家や職場に、今夜の予定を告げてあり、遣り残した研究も有る事をアピールしてある。
紳士は、笑みを浮かべた。
「用心深い君をここに誘うには、骨が折れたよ」
こっちの素行調査は、終了しているという訳だな。
「単刀直入に行こう。私は、君の調査能力を高く評価している。テレビの番組では、流れていないが様々な超常現象を的確に調査していると判断したからここに呼んだ」
紳士の理由は、幾つか想定していた呼び出し理由の一つにあった。
しかし、同時に納得も出来なかった。
「俺の調査に不十分な所が無かったのは、当然だが。こんな金を使える人間ならもっと大々的な調査機関を使えば良いんじゃないか? その方が効率的で且つ正確な調査が行える」
紳士が首を横に振る。
「残念だが、今回の調査には、正式な物は、一切使えない。公式で完全否定された事を再調査してもらう事になるのだからね」
紳士は、二枚の地図を差し出す。
一つは、古い地図、もう一つは、最新版の地図。
それには、明らかな違いがあった。
「山が無くなっている?」
古い地図にあった山が最新版の地図では、無かった事になっているのだ。
普通に考えれば古い地図上での間違いが訂正されたと考えるべきなのだが、ここまであからさまな間違いが古いと言っても数年前の地図であるとは、到底信じられない。
「その山は、現在存在しない。現地に行けば解る事だが、これは、誰も否定できない。詰まり現在の地図は、間違っていない事になる。あらゆる機関に問い合わせてもその古い地図は、間違いだと即答される。それが不自然だと思わないか?」
紳士の指摘は、当然だ。
「普通なら、回答までに時間が必要な内容だ。そして、間違いを直ぐに認めるのもおかしい」
色んな調査をして来たが、そういった機関は、自分達の間違いを認めたがらない。
間違いを否定する為に無い物をあると主張する事さえある。
それなのに、間違いをあっさり認めてしまうのは、不自然の極みでしかない。
「そして、ここからが私がこの真実を知りたいと願う理由だ」
差し出されたのは、一枚の写真。
そこには、若かった頃の紳士と一人の女性が写っていた。
「私の唯一愛した女性だ。残念の事に子宝には、恵まれなかったが、それでも幸せな時間を過ごせた。その写真は、私にとって大切な思い出なのだ」
しみじみと語る紳士だが、本題が見えてこない。
「そんな大切な物を俺に見せてどうしろと?」
紳士は、写真の背景に写る山を指差す。
「この山が、現在、存在しないと言われている山なのだよ」
俺は、慌てて写真の風景と地図とを見比べ検討する。
確かに古い地図から予測される風景と写真が一致する。
「確認なのだが、現在は、この山は、存在しないのだよな?」
紳士が頷く。
「有り得ない。万が一にも山が消えたのなら、間違いなく周囲にもっと痕跡が残っている筈だ」
火山の噴火、大地震、はては、核ミサイルによる破壊等などを検討したが、どの様な現象だったとしても現在の地図に描かれた様な結果が生まれる筈が無いのだ。
「そうだ。山が無くなったとしてもその山を構成していた土がどこかに無ければいけない。しかし、幾ら調べても山を構成していた筈の土が発見できない」
ますます異常だ。
ここまで来ると出てくる結論は、一つしかない。
「その写真を撮ったのは、別の場所だったんでは、ないのか?」
紳士が睨んでくる。
「その答えを否定する為に君に調査を依頼したいのだ!」
殺気とも思える視線を放ちながら紳士が手にした杖を振るわせながら語る。
「私のもっとも大切な思い出に間違いなど無いのだ! 間違えがあっては、いけないのだ!」
強い信念、そこには、女性への熱い思いが感じられた。
「俺にどうしろと?」
俺の問い掛けに紳士は、アタッシュケースを差し出す。
「支度金だ。必要なら幾ら金を使っても構わない。この山が確かにあった証明をしてくれ」
まともに考えれば老人の戯言としか受け取れない調査依頼だったが、俺は、受けることにした。
金の事もあったが、何よりも一連の不自然な事象が俺の探究心を刺激した。
まず行ったのは、現地調査であった。
第三者が介在した情報では、改ざんの余地が生まれてしまうからだ。
「確かに山は、存在しないな」
問題の山があった場所が見える場所から観測するが、山があっただろう場所には、何も無かった。
それでも気になった事が無かった訳でも無かった。
俺は、支度金で手に入れたキャンピングカーで食事をしながら、周囲の様々な地図を見る。
「この地表隆起は、異常だ。この地表隆起だったら、間違いなく山を形成してなければいけない筈だ」
調べれば調べるほど不自然な点が浮き彫りに出てくる。
現地の人間に聞き取り調査をしたが、大人は、揃って山の存在を否定する。
一部の子供だけが、山があったと答え、ある日突然消えたと証言している。
「ある日突然消えた。子供相手の場合は、トリックの可能性があるな」
俺の頭の中には、豊臣秀吉の一夜城の様なトリックを想定して、それが可能かを検討しながら、地元の酒場に入った。
「あの小娘は、絶対に殺す!」
カウンターに座っていた老人が叫び出した。
周りの客が苦笑する中、店長が来て言う。
「すいませんね。あの人も色々と大変なんですよ。これは、お詫びです」
差し出されたビールを飲みながら、問題の老人とその周囲の客を観察する。
本来なら迷惑でしかないその老人を生暖かい目で見られていた。
「まるで一人だけ大事故にあった人間を哀れんでいるみたいだな」
俺が小声で呟いた時、老人が怒鳴り上げる。
「ワシは、山を消し飛ばしたあの小娘を絶対に許さない!」
店主が頭を突付きながら言う。
「ちょっとした事件の後からあんな夢想を話し始めたんだ」
虫の予感と言うべきか、俺は、その老人の話を聞いてみるべきだと思った。
「老人は、大切にしないとね」
俺は、笑顔を作って老人の前に座った。
「お爺さん。その小娘が何をしたんですか?」
老人は、怒りのままに語る。
「あの小娘は、我々の教義を踏みにじった挙句、穢れた右手の白い光で、封印し続けた名も無き荒神ごと山を吹き飛ばしたのじゃ!」
「山を吹き飛ばしたってどんな方法で?」
俺が聞き返すと老人が苛立つ。
「言っただろう、奴らが崇めていると言う神の使徒に侵食された右手の力でじゃ!」
荒唐無稽とは、この事だ。
どう考えても生身の人間に山を吹き飛ばすなんて出来る訳が無い。
周りの客が苦笑するのも当然な老人の夢想なのだろう。
そこに一人の少女が入ってきた。
「長老、滅多な事を言わないで下さい」
慌てた様子が少しおかしかった。
夢想を吐き散らす老人を心配するそれでなく、秘密がばれそうになっているそんな雰囲気を漂わせていた。
「あの人達は、長老が言う様な人じゃなく、山を消し飛ばしたりなんてしてませんから、勘違いしないで下さいね」
引きつった笑みで否定するが、否定された方が逆に肯定された気がする。
そのまま老人は、少女に連れられて帰っていったが、少女は、何度も念押しした。
「間違ってもあの人達の事を調べようとは、しないでくださいね」
少女がいうあの人達は、何者なのか。
もしかしたら、それが山の消失に関わっている可能性がある。
キャンピングカーに戻った俺は、老人との会話に出てきた現象について検証する。
「老人は、少女の手から出た光で山が消し飛んだと言う。理由の方は、民俗学の分野だな」
荒神というのは、日本古来の思考で、神には、二面性があり、穏やかな和神と荒々しい荒神がいるという奴の荒神だろう。
老人が荒神と指していた物が何なのかは、皆目検討もつかないが、それを壊す為に山ごと消失させた。
かなりとんでもない理論だが、一応の動機付けが出来た。
「少女がどう強力な白い光を出したのかは、置いておいて、一番の問題は、やはり消失した山の質量だな」
それだけがどうにも納得いく回答が得られない。
俺は、最新兵器の情報を探る為、ネットを検索しているとおかしなページに辿り着いた。
「ホワイトハウス半壊時に目撃された白い光の正体?」
ニュースにもなったホワイトハウス半壊事件。
それにも白い光が関わっていた。
「そうするともしかして白い光は、アメリカの新兵器かもしれないな」
俺は、調査をそのホワイトハウス半壊事件に絞る事にした。
金の力は、偉大だ。
日本に移り住んでいる一人の元米軍兵と接触をとる事に成功した。
「金を先に出せ」
何処かやつれた雰囲気をもつ黒人の元兵士は、荒んだ目をしていた。
俺は、約束の半金を渡す。
「残りは、話を聞いた後だ」
「本当だな?」
黒人は、切羽詰った表情で確認してくるので俺が頷いた。
「残りは、この中に有る」
金が入った封筒を見せてやると黒人は、話し始める。
「俺は、ホワイトハウスの警備をやるのは、あの時が初めてだった。その時は、何故かホワイトハウスの警備を強化する事になって急遽俺の居た部隊にも召集が掛かったんだ」
黒人は、怯えながら先を続ける。
「そして、そこに現れたのは、一組のアジア人だった。大統領と会いたいなど無理難題を言い始めた。本来なら普通の警備の人間が動いて終わる話だ。だが、何故か完全装備を施した俺達にまで攻撃命令が下った」
不自然すぎる命令だが、一連の話を聞く限り、上の人間は、その相手が何者かを知っていた事になる。
「始めは、攻撃をする事にも戸惑いを覚えたが直ぐにそれが誤りだと気付いた。あの娘は、化け物だった。重装備の兵士達を簡単に蹴散らされ挙句、戦車や戦闘ヘリまで破壊され、その化け物をホワイトハウスの中にいれてしまった。それから暫くして白い光がホワイトハウスを半壊させた」
普通なら信じられない話だったが、少し気になった事がある。
「それをやったのは、少女だったんだな?」
「ああ、小娘の姿をしてた」
肯定する黒人に金を渡す。
あの謎の山消失とホワイトハウス消失その両方に関わるキーワードが二つ。
一つは、その現象を起こした白い光。
もう一つは、それを成したと思われる少女の存在。
思考にふけっている俺に黒人が話しかけて来た。
「この倍の金を出せば、もっといい情報を教えてやるぜ」
明らかな釣りだ。
どうせ大した情報じゃないだろうが、今は、少しでも情報が欲しいので金を渡すと黒人が言う。
「あの事件の前、三発の核が搭載された大陸間弾道弾が発射されたらしい。俺達の部隊の中では、あの襲撃は、その報復だったって話も上がったよ」
「ちょっと待て、そんな話は、初耳だぞ!」
核ミサイルが発射されたなんて情報なんて噂にもなってなかった。
「当たり前だ。米軍でも最高機密扱いだ。その前に部隊のメンバーの親友の戦闘機乗りが不可解な出撃をさせられたが、返り討ちにあった挙句、緊急退避されたらしい。その最中、空母から核のきのこ雲を見た奴が居るらしい」
「それが本当だとしたらとんでも無い事だぞ! どうしてそれが完全に隠蔽されているんだ」
俺の問い掛けに黒人は、首を横に振る。
「俺が知っているのは、その島がアトミック島だって事だけだ」
激しい衝撃を受けたが、間違いなく事件の鍵は、そこにあると確信した。
俺は、急ぎアトミック島に向った。
アトミック島、嘗ては、漁業を中心とした貧しい国だったが、観光を中心に発展をしている。
その原動力には、アメリカが支援する教育体制があると言われている。
「問題のアメリカの支援が、ホワイトハウス半壊事件後と言うのも核ミサイルの関連性を疑わせるな」
俺は、アトミック島に入り色々と調べるが、核ミサイルが落ちたと思われる跡は、発見できなかった。
「こうなると核ミサイルが爆発したのは、海上って事になる。それで、漁業に制限が発生した為、アメリカが観光を支援する為に援助を始めたとしたら話が通る」
核ミサイルが発射されたというとんでもない事を認めてしまえばここまでの話には、説明がつく。
問題は、二点あった。
「しかし、何故米軍がここに出撃をし、何に撃退されたのかだ。そしてその何より謎の少女は、どう関係してくるのかだ」
「お待たせしました」
すると現地のガイドの少女がやって来た。
「構わない。今回の観光なんだが、海は、何処まで見れるのかな?」
もしも核ミサイルが爆発し、放射能汚染が発生しているのなら、制限が発生している筈だ。
「アトミック島の周囲の海は、綺麗で、何処でも見所がありますよ」
笑顔で答えるガイドの少女に俺は、更に突っ込む。
「本当かい? 実は、汚染が酷くて泳げない場所とかあるんじゃないかい?」
あくまで軽い口調で問い掛ける。
ガイドの少女は、平然と答える。
「そんな事は、ありません。現にアトミック島では、今でも漁業を行われていますが、漁師も魚も一切汚染されていません」
想定外の答えだった。
「漁業が普通に行われているというのは、本当なのか?」
ガイドの少女が頷く。
「はい。私の兄も漁師ですが、今朝も大量でしたよ」
漁業が続けられているとなると俺の想定とは、異なる。
話を少し変えてみるか。
「ところで、俺は、こう見えても兵器マニアでね。ちょっとしたネットでこの島で米軍戦闘機が戦闘したという噂を見たんだけど知ってるかい?」
するとガイドの少女の顔があからさまに変わる。
「それは、単なる噂ですよ。ここには、米軍を敵に回すような人達は、居ませんし。第一、それだけの兵器は、こんな島には、ありません」
言っている事に筋が通っているが、嘘を吐いている。
俺は、上っ面のだけの観光をして、翌日もお願いして解れた後、当時の記録を探った。
すると、記録上は、平常通りになっているが、明らかに改ざんの痕跡がある数日間を見つけた。
その数日間というのが、ホワイトハウス半壊事件の直前である。
ホテルに戻り、電子メールを確認すると事前にコンタクトをとろうとしていたホワイトハウス半壊事件前後にアトミック島に旅行していた人間の一人からメールが届いていた。
そこに書かれていたのは、とんでもない内容だった。
「空港に集められ、強制避難させられた。その時に上空を覆うような黒い雲に広がる鳥の化け物が居て、米軍がそれを迎撃に来て返り討ちにあっただって」
話が通って来たが話が更にとんでもない方向に進んで来た。
メールの送り主は、その後、何故か化け物が一時的に駆除されて、民間機で脱出したとしているが、この事は、公にしないように圧力が掛かっていると追記していた。
ここで、俺は、ホワイトハウス半壊事件に繋がる一連の事件の流れを整理する。
「最初にこのアトミック島に謎の化け物が現れた。それに伴い観光客は、避難させられて、米軍も出撃したが、返り討ちにあった。そして、米軍は、核ミサイルの使用に踏み切った。その後、核ミサイルを使用した事に対する報復でホワイトハウスが襲撃され、その後、アメリカがアトミック島の支援を始めた」
筋道は、通っている。
しかし、おかしなところは、幾らでもある。
「アトミック島に現れた化け物は、なんだったんだ? そして報復を行った少女は、アトミック島の人間だとしたら、山の消失とどうつながるんだ?」
これといった回答が出ないまま翌日になってしまった。
その日の観光の中で島の歴史資料館に訪れた。
その中、妙に気になった神像があった。
「この鳥の様な像は?」
ガイドの少女が答えてくれた。
「これは、アトミック島で信じられていたブラックウイングという名前の存在の像です。その宗派をブラックウイング教と言い、科学技術を忌避していました。今では、極々一部の人間しか信仰していません」
「そうですか、信仰宗教の神様ですか……」
俺がその神像が気になったのは、その神像が米軍と戦った化け物とイメージが重なったからだ。
その後、ガイドの少女が小用で離れた時、中を見回し何気なく呟く。
「随分と新しい作りだな」
すると職員が答えてくれる。
「ブラックウイング教のテロの被害があって、建て替えたばかりですからね」
「ブラックウイング教ですか、今さっき聞いたんですけど、かなり信者が少なかったそうですが?」
俺の問い掛けに職員が右手に巻いた白い布を見せる。
「とある事件が切掛けで多くの者がホワイトファング教になったからです。それまでは、住民の殆どがブラックウイング教でした。この布が信徒の証です」
そういえば、住民の多くが右手に白い布をつけていたな。
その時、あの山があった場所であった老人の言葉が思い出された。
「右手の白い布なんて、あの娘をイメージするな。もしかして、ここの襲撃の時、日本人の少女が居ませんでしたか?」
言ってる自分でもそんな偶然が有るわけ無いと思いながら尋ねた。
「どうしてそれを。確かにテロの襲撃の時に日本人の少女達がいました。その時のガイドがいま貴方をガイドしている子だった筈です」
なんてめぐり合わせだ。
俺は、資料館を出てから、ガイドの少女と共に喫茶店に入った。
「少し話を聞かせてもらって良いかな?」
「何でしょうか?」
不思議がるガイドの少女に俺がストレートな質問をぶつける。
「君がテロ襲撃に遭遇した時にガイドしていた少女達のことなんだが」
するとガイドの少女の顔に動揺が走る。
「何の事ですか?」
変化球は、必要ない。
ここは、ストレートに押し切る。
「俺は、ある怪現象を調査して、ここまで来た。その中で、その現象を起こしただろう少女の存在が語られるのを何度も聞いた。もしかしたら、君がガイドした少女の達の中に問題の少女が居るのかもしれないと考えている」
「あの人達の秘密は、喋れません。私達は、あの人達に大恩があるんです」
ガイドの少女は、きっぱりと言い切る以上、事の重大さを知らしめて、口を開かせるのが最善だ。
「君は、その少女がホワイトハウスを半壊させた張本人だとしっているのか?」
「その場に、私も居ましたから知っています」
ガイドの少女の答えに思わず立ち上がる。
「君は、ホワイトハウス半壊事件の現場に居たのか!」
ガイドの少女は、無言で頷いたが、それ以上の情報を聞き出すことは、出来なかった。
俺は、アトミック島周辺の放射能汚染の調査を依頼し、日本に戻る事にした。
日本に戻った俺の元に届いたのは、一つの訃報だった。
俺にアトミック島の情報を売った黒人が事故死したと言うのだ。
同時に、黒人からの手紙もあった。
そこには、例の事件に関する重要な映像を手に入れたから、五万ドルで買って欲しいというものだった。
その黒人を紹介してくれた大学の同級生の事件記者の話では、黒人は、かなりヤバイ借金をしていて、どうしても金が欲しかったらしい。
今回の事件もその借金絡みだと踏んで捜査されているらしいが、突然事故死として事件が解決してしまったらしい。
「俺に売りたかった重要な映像か……」
それが何なのかは、非常に気になった。
あれから数日が経ち、アトミック島の放射能汚染調査結果は、俺の仮説を覆す物だった。
「アトミック島の周囲には、放射能汚染箇所は、確認できないか」
状況から考えて核ミサイルは、確かに発射された筈。
爆発も確認されたのに、その痕跡が無い。
「消失した山と同じだ。あったのは、確かなのにその痕跡が全く残っていない。全ては、そこにぶつかるのか……」
完全に壁にぶつかった。
そんな中、一つの貸し金庫の鍵が俺の元に届いたのだ。
「あの山があった証明が出来たのかね?」
俺は、あのホテルのオーナーでもあった紳士の元に訪れた。
「直接的な証明では、ありません。正直、自分でもこんな非常識な回答は、納得いきませんが全ての事象がそれを真実だと語っています」
俺の答えに紳士が尋ねる。
「それでは、聞かせてくれるかね。あの山は、確かにあったという証明とそれがどうやって消滅したのか?」
俺は、輪郭すらままならない一人の少女の画像を見せる。
「あの山が存在していた事は、地表などの状態、古い地図などからみて間違いありません。問題は、消失の件です。あの山では、古い宗教の神が生贄を求めていて、その生贄の少女を救う為にこの少女によって神諸共、あの山が消失させられたと考えられます」
周囲の大学に問い合わせて調べた結果、地元の酒場であったの老人がその宗教のまとめ役であり、迎えに来た少女こそ生贄の巫女だった事が解った。
「消失させたとは、随分と抽象的な表現だな」
紳士の言いたい事は、解る。
俺も他人から同じ事を聞かされたらそれが抽象的だと思うだろう。
「違います。実際に少女の右手から放たれた白い光によって山が消失したのです。山が破壊された訳でも、高熱で昇華された訳でもないので、その痕跡が残っていないそれが俺の回答です」
「随分と荒唐無稽な話だ。私は、君にそんな御伽噺をさせる為に調査させた訳では、ないのだが」
苛立ちを隠せない様子の紳士に俺は、報告を続ける。
「御伽噺というには、少女の白い光による物質消失が何度も発生しています。一番有名なのが、ホワイトハウス半壊事件です。これも少女の白い光によるものです」
紳士が眉を寄せる。
「何故そうなる。あれは、米国の兵器の誤作動による事故だと発表されている筈だ」
「その事件現場に居た人間二人と会いました。一人は、米兵で、少女との交戦とホワイトハウスが白い光で大穴が空く所を目撃していました。もう一人は、アトミック島の少女で、その現場に問題の少女と同行していたそうです。残念ながら彼女からは、詳しい話を聞くことが出来ませんでした」
紳士は、当然納得しない。
「そんな証言だけで君は、信用したのかね?」
俺は、首を横に振る。
「当然、信用しませんでした。元々、この事件を調べたのも、あの山を消失させたのがアメリカの新兵器で、アメリカ政府が隠蔽工作を行ったと考えたからです。調べていくうちに、アメリカがアトミック島に核ミサイルを発射したと言う事実が明らかになりました。その事実検証の為にアトミック島に渡り、同行したという少女に会いました。問題の少女は、そこでも現地の神が何かしらの事件を起こした時に現れ、解決していたのです。その際に米軍が神と言うか、化け物と交戦し敗北、切り札の核ミサイルの発射が行われていて、その報復がホワイトハウス半壊事件の真相でしょう」
紳士も驚き、戸惑いながらも質問して来る。
「核ミサイルとは、随分と大きく出たが、しかしそれらを証明する事が出来るのかね」
俺は、首を横に振る。
「そんな国際レベルの隠蔽工作で隠された事実を証明する事は、出来ません」
「詰まり、全ては、推論の域を出ないという事だな」
落胆した様子の紳士に俺は、最後の切り札を出す。
「ただ、公式の証明は。無理ですが貴方を納得させる映像ならここにあります。これを売ろうとした先ほどの証言をした米兵は、暗殺されましたが、見てみますか?」
緊張した面持ちで唾を飲み込んでから紳士が答える。
「見せてくれ」
俺は、貸し金庫に保管されていた問題の映像媒体を用意して貰っていた再生機にかけた。
そこに写って居たのはアメリカ軍の衛生からの映像だった。
三つの核ミサイルの軌跡が明確に追尾され、最初の二発が白い光により撃墜、最後の一発が爆発後、きのこ雲が周囲の海ごと白い光によって切り取られた様子が写されていた。
「周囲の島の位置から予測して、アトミック島近辺に間違いありません。しかし、アトミック島近辺に放射能汚染の痕跡は、皆無。あの山と同じで、周囲の海ごと完全に消失した物と思われます」
冷や汗を垂らす紳士。
「この世界には、こんな事が出来る化け物が存在するというのかね?」
俺は、自らの中で蠢く恐怖を押し殺し、告げた。
「この力は、WFという隠語で語られ、世界各地でその猛威を奮っています。俺が確認したのは、その中でも解り易かった数件でしかありません」
あると前提で調べてみれば怪事件、大災害などの陰にWFは、潜んでいるのが解る。
紳士は、精神的な疲労から椅子の背に体を預けながら告げる。
「ご苦労だった。確かに説得力がある映像だったよ。私が何故、最初に自分のホテルに君を呼んだのか解るかね?」
俺は、小さく頷く。
「このWFには、多くの政治的な力が関与しています。貴方は、万が一、俺が失敗しても自分に類が及ばないようにしてたのでしょう」
見掛けにと違い狡猾な事だが、相手が相手だけに卑怯と呼べない。
「正直、知らなければ良かったと思う。しかし、知ってしまった以上、無知では、居られない。そこで君に新しい依頼がある」
紳士の言いたい事は、解った。
「WFの継続調査ですね?」
紳士が頷く。
「今の君なら私以上にその危険性が解るだろう。それでも受けてくれるかね?」
俺が苦笑する。
「答えは、先ほど貴方が言ったとおりです。もう知らなかった事に出来ない。ならば、その真の姿を知るしかない。貴方がスポンサーから降りても調査を続けるつもりでしたよ」
こうして俺は、大学を辞め、WFの情報を求めて世界各地を巡る事になるのであった。