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第5話 鬼の襲撃

 再び草原地帯が目の前に広がった。しかし、ギルフィからゼイオンの間にあった草原とは、質が違う気がした。今回は緑豊かなだけでなく、岩石地帯もところどころで見られた。ノーブルの先は砂漠だとテスタが言っていたので、きっとそのせいだろう。


「話すと言っても、何を話せば・・・・」


 悠一が髪の毛を掻き回すと、ファルベが言った。


「名前は?」

「・・・・・英梨、だ」


 悠一はぼそっと呟いた。こちらに来てから英梨のことは何度も考えたが、はっきりとその名を口に出したのは初めてだった。


「いくつなんだっけ?」

「小学2年生だよ。俺の12歳下だ」

「そんなに離れてるんだ、すごいね」


 ファルベが楽しそうに、幾つも質問を投げかけてきた。性格は? 背はどれくらい? 髪型は? 好きな食べ物は? 走るの速い? など、矢継ぎ早に質問され、悠一は答えるばかりだった。そのうち颯人や田代店長、両親の話にまでおよび、ファルベは悠一の生活環境を全部知ってしまった。


「ユウイチはやっぱり優しいお兄ちゃんだったんだね。僕も、エリに会ってみたいよ」

「実現すれば、英梨も喜んだだろうな。あいつ、年下よりも年上と仲良くなるタイプだったから」


 いつだってそうだ。商店街のおじさんおばさんと仲良くなっては可愛がってもらい、学校の授業参観ではほかの友達のお母さんが英梨のことを気に入ってくれていた。先生とも本当に楽しくやっていた。家に遊びに来た颯人以外の悠一の友人とも、すぐに遊ぶようにもなった。もちろん、同年代の友達は大勢いる。いつだって英梨は、誰かのアイドルだった。


 悠一は少し微笑んだ。それからファルベに視線を向ける。


「お前の双子の兄さんは、どんな人だったんだ?」

「えっ!?」


 まさか自分も尋ねられるとは思っていなかったようである。


「兄さんっていうか、友達みたいな感じだったんだけど・・・・・うん、優しくて恰好よかったよ。ユウイチにちょっと似てるかも」

「そうなのか」

「身体が自由に動かなかった僕をいつも補助してくれて、勉強も教えてくれた。学校で流行っていることとか、僕の友達がどうしてるかとか、毎日聞かせてくれて・・・・・おかげで、寂しくはなかったんだ。アレスと一緒にいるときは・・・・・」


 アレスというのが兄の名だろう。双子ともなれば、確かに兄弟という関係ではなくなっていたのかもしれない。


「お前、殆ど自分のこと話さないよな」


 悠一が核心をつくと、びくっとファルベは硬直した。


「やっぱり、辛い生活だったか?」

「う、ううん。もちろん辛かったけど、そうじゃなくて・・・・・僕は、僕のために時間を割いて、無理して笑ってるアレスを見るのが、嫌だったんだ」


 ファルベが俯く。


『ファルベ! 聞いてくれ、今日学校で・・・・』

『大丈夫か、ファルベ? ほら、水飲んで・・・・』

『サッカーの試合? ああ、いいんだよファルベ。お前の熱が下がるまで、ここにいる』


 二卵性の双子だったので、ファルベとアレスは顔つきも違った。ファルベは母に似て色白で脆弱に見えたが、アレスは体育教師の父に似て、血色のいい爽やかな少年だった。


 アレスは学校から帰ると、殆どの時間をファルベの傍で過ごした。共働きだった両親に代わり、介護を続けてくれたのだ。サッカーのクラブチームに入っていたアレスは、いつの間にかファルベのためにクラブを辞めていた。アレスは続けているようにふるまっていたが、ファルベにはばればれだった。サッカーが大好きだった兄から、その時間を奪ってしまったことが申し訳なくて、ファルベはいたたまれなかった。だが、一人ではトイレにも立てないファルベとしては、アレスにすがるしかなかった。


「アレスがどんなに優しかったかを思い出すと・・・・・一緒に、迷惑かけたって気持ちになって。すごく、悲しくなるんだ」


 ファルベの言葉に悠一は首を振った。


「迷惑だなんて思っていないはずだ。ファルベがそんな風に思っていると、きっと兄さんも悲しむぞ」

「・・・・・うん。そうだね。僕・・・・・・アレスのこと、大好きだった」

「アレスも、そう思ってるさ」


 頷いたファルベはにっこりと笑った。


「有難う、ユウイチ」

「・・・・・俺のことは悠でいいぞ」

「え?」

「言いにくいんだろ。仲のいい奴らには、悠って呼ばれていたから」


 悠一はファルベの髪の毛をくしゃくしゃにした。ファルベも嬉しそうに微笑む。


◆〇◆〇


 日は傾き、辺りは茜色に染まった。


 おそらくノーブルへの道の3分の2は制覇したが、これ以上進むと真夜中になる。悠一とファルベは今日の旅を打ち切り、街道から少し外れたところにテントを張った。テントを張るのは手間取ったが、キャンプによく行った悠一のおかげで無事建てることができた。


 おそらく学生の時に行った課外授業以来だが、焚き火を焚いた。課外授業では竈に火をつけ、飯ごうでご飯を炊き、カレーを作ったものだ。なんだか懐かしくて、悠一は内心楽しんでいた。


「さて、どうしようかな・・・・・」


 悠一は硬いパン数個と、カシエルに渡された細々とした食材を見て腕を組んだ。これは完璧な保存食だ。このまま食べるのが普通だろうが、それでは栄養が摂れない。もっとも、こんな場所で栄養云々を言っていられないと思うが、これは性である。昼は瞭太にもらったサンドウィッチを食べたが、夜はちゃんとしたものを食べたいし、食べさせたいと思う。


「レトルトカレーでも渡してくれりゃいいのに」


 悠一はぶつぶつと呟き、これもカシエルに渡された小さな鉄板を取り出した。持っている調理器具はほんの僅かだし、材料も調味料もない。街で買っておくんだった、と悠一は後悔していた。


 結局悠一は、干し肉を焼いて気休めに味付けし、パンに挟んだものを作った。本当に、栄養なんて摂れない。華美に言ってしまえば、「焼き肉をロールパンに挟んだ」のである。もちろん焼き肉のたれなんて便利なものはないから、本当に「焼いた肉」だ。それと、こまごまとした野菜を放り込んだそれっぽいスープをつけ、まあ形にはなったか。温かいものを食べられるだけ良かったと、悠一自身もファルベも満足していた。ファルベは元々食が細いので、この程度でも足りるそうだ。悠一も忙しいときは食事を抜くなんてことがしょっちゅうだったので、苦はない。


 食事が済んだ頃には、とっぷりと夜になっていた。そうなると新しい緊張が訪れる。


 鬼の襲撃だ。


 悠一は荷物の中から拳銃を取り出した。


「銃なんて触ったのは初めてだ・・・・これ、実世界だったら即座に銃刀法違反で逮捕だな」


 皮肉にそう呟き、銃弾をリロードした。それから安全装置を外し、闇夜に向けて構える。


「ユウ、ほんとに初めてなの? すっごく慣れてるみたいだけど・・・・・」


 ファルベが尋ねると、悠一は苦笑した。


「友達の颯人って奴、多趣味でね。一時期、銃に凝ったことがあったんだ。模型やらなんやらをよく見せられているうちに、仕組みを覚えてしまった」

「へえ・・・・・ユウって何でも知ってるんだね」


 悠一は安全装置を元に戻し、ファルベに手渡した。おっかなびっくりでファルベはそれを受け取った。悠一に銃の使い方を一通り教わり、それだけで一汗かいていた。


 悠一は荷物以上の何物でもなかった日本刀を取り出し、鞘から抜いた。すらりとした銀色の輝きだ。言うまでもなく本物で、竹刀より明らかに長い。立ち上がって剣道の構えをとってみる。10年以上ぶりなので、構えがぎこちない。


 いや、無理だろ。


 悠一はあっさりそう断言した。剣道やフェンシングとはわけが違うのだ。


 どうかしてるよ、この世界・・・・・そう思った瞬間、悠一の脳裏に閃光が奔る。


 はっとして顔を上げ、悠一は夜の闇をにらみながらファルベに鋭く言った。


「ファルベ、立て!」

「えっ!?」

「お出ましだ。来る!」


 ファルベが慌てて立ち上がった。


 きっかり30秒。悠一が心の中で数えたとき、闇が揺れた。ファルベが生唾を飲み込む。


 現れたのは5体の妙な物体。手足が異常に長く、顔はムンクの叫びのようになっている。かろうじて人のような姿をしている、としか言いようがなく、エイリアンと言われたほうが納得できるかもしれない。


 お化け屋敷や、リアルなホラーゲームでよく出てくるゾンビそっくりだ。


「うわっ、気持ち悪っ・・・・」


 恐怖よりも先に気色が悪いと思ったファルベが、つい本音を口に出す。案外、ファルベも度胸が据わっているらしい。


「怖くないか?」

「いきなり出てこられたら怖かったと思うけど、悠一のおかげで心の準備ができてたんだ」


 ファルベの答えに悠一は微笑んだ。


 動きは鈍い。避けることも攻撃することも容易いと悠一は確信した。こちらへ来るまで、まだ距離がある。悠一がファルベに尋ねる。


「撃てるか?」

「う、うん・・・・・」


 ファルベは若干青い顔をしていたが、ためらっていられる状況ではない。悠一ももう一丁の拳銃を取り出し、安全装置を外した。


『拳銃撃つときは原則両手で構えるんだ。初心者が片手で撃つと反動でひっくり返るからな』

『颯人、お前な、俺がいつ拳銃構える羽目になると思ってんだ?』

『知っといて損はないぜ? いいか、両手だぞ』


 颯人がいつかそんなことを言っていた。悠一が苦笑する。


「・・・・・んなこと言ったって、左手が塞がってるんだよ」


 左手には刀を握っている。悠一はまっすぐ腕を伸ばし、銃を構えた。


 安全装置を外す。人差し指を引き金にかけ、ゆっくり引いた。


 乾いた音が響いた。一瞬遅れて、この世の者とも思えぬ咆哮。丁度頭の真ん中を撃ち抜かれたゾンビがのけぞり、煙のように消え去った。そこには、あの換金アイテムの真珠のようなものが落ちていた。カシエルが言っていた、球は鬼が落とすとはその通りだったらしい。


 ファルベも勇気を振り絞り、引き金を引いた。悠一のように頭のど真ん中を打ち抜くことはできないが、どこにあたっても鬼は倒れた。脆い生き物なのだろう。


 ファルベの持つ拳銃が弾切れとなった。慌ててファルベが装填しようとしたとき、鬼が大きく長い腕をファルベに向けて突き出した。


「!」


 ファルベが硬直した瞬間、鬼は寸前でぴたりと動きを止めた。そしてゆっくり前のめりに倒れ、ファルベに抱きつきそうになったところで消滅した。恐怖のあまり大量に発汗して息を切らしているファルベが、地面にへたり込む。目の前には刀を持った悠一が立っていた。


「1本、と・・・・」


 悠一がそう言って肩をすくめて見せた。鬼の後ろから刀を振り下ろしたのだ。ファルベが安堵の息をつく。


「あ、有難う、ユウ・・・・」

「怪我ないか?」

「うん、平気」

「まあ初めてにしちゃ、上出来だったと思うぞ。俺もファルベも・・・・喧嘩だってしたことないのにいきなり実戦はきついだろ」

「ユウ、喧嘩したことないの? 絶対強いんだと思ってたんだけど」

「俺をなんだと思ってるんだ?」


 まあ、体育の授業でやった柔道の成績は良かったし、一本背負いが得意なのは得意だが。喧嘩みたいな血なまぐさいこととは、幸いにして無縁で平凡な学生生活を送っていた。悠一は刀を鞘に納め、鬼が落とした球を集めて回った。これだけで大した金になるだろう。


「さ、もう休もうファルベ。俺が火の番をするから、テントを使ってくれ」

「じゃ、じゃあ後で交代するよ」

「分かった」


 悠一が頷くと、ファルベは毛布を持ってテントの中に入った。悠一はテントに背を向けて座り、焚き火の中に薪を放り込んだ。


―――――――――・・・・


――――――・・・・


―――・・・・


 その悠一の姿を、見下ろす者がいた。


 場所は大木の枝の上。背後には白く輝く満月。逆光で、その姿はシルエットしか見えない。ただ、裾の長いコートのようなものと、うなじ部分でゆるく結んでいるらしい髪の毛が、風になびいているのが確認できるだけだ。


 その者は顎をつまみ、ふっと口元に笑みを浮かべた。遥か下方で座り込んでいる悠一の姿を見つめ、やがて木から音もなく飛び降りた。

 なんか怪しいのが出ましたね。あの人もちょいちょい絡んできますよ。

 次回もよろしくお願いします。

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