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第4話 真実

 はっとして悠一は目覚めた。冷や汗で酷く不快だ。


 身体を起こす。視線を動かすと、隣のベッドの毛布にくるまってファルベが眠っていた。それでようやく、昨日換金所の親父の家に泊めてもらったのを思い出した。


 どうやら夢を見ていたようだ。ワインなどを飲んだからかもしれない。しかし―――悠一は、自分が見た現実味あふれる夢について、絶対的に現実であると確信できる。それがこの黄泉の国でも通用するのかわからないが・・・・今のが予知夢ならば。悠一がいなくなったあとの世界でも、颯人は英梨を守り、悠一のことを思っていてくれているのだ。


「ありがとう、颯人・・・・」


 悠一はしみじみ、親友に呟いた。


 しかし、ならばなぜ母と英梨は心中をするのだろう―――?


 と、もぞもぞとファルベが寝返りを打った。寝ぼけ眼で悠一を見上げる。


「あれ・・・・・ユウイチ?」

「起きたか? もう朝だぞ」


 ファルベは気怠そうに体を起こす。朝は弱いタイプのようだ。


「何か考え事でもしてたの?」

「ん・・・・・・ああ、友達のことをちょっと」


 悠一は頷き、寝台から立ち上がった。


 颯人にも店長にも世話になってばかりだ。そういえば英梨に店長の下の名前を言っていなかったっけ。店長の名前は田代―――


 田代・・・・・・


 ・・・・・・・・


 さあっと悠一から血の気が引いた。ファルベが瞬きする。


「どうしたの?」

「・・・・・思い、出せないんだ」

「え?」

「すごく世話になった人なんだ。なんで・・・・名前が出てこない・・・・・もう、記憶の浄化とやらが始まってるのか!?」


 元から知らなかったなんて、そんなわけがない。顔も覚えている。声も、口癖が「よーしよし」だったことも覚えている。名前だけがぽっかりと穴が開いたように出てこない。


 早すぎる。これでは、ぐずぐずしていると本当にすべて忘れてしまう。


「・・・・・なあファルベ。朝からこんな話したくないんだけど・・・・俺の話、聞いてくれるか?」


 真面目な口調で尋ねると、ファルベは頷いた。眠気はすっかり飛んでしまったようだ。悠一は再びベッドに腰を下ろした。


「俺は神の門を目指しているけど・・・・・・目的は転生じゃない」

「どういう意味?」

「俺の願いは、『運命を書き換えること』だ」


 ファルベが沈黙している。


「事故に遭う寸前まで戻り、俺は家族が幸せでいられる未来にしたいんだ」

「そ、そんなことできるの!?」

「この黄泉の国へ来る前・・・・・俺は『狭間の番人』とやらに会った。そいつは俺に言うんだ。妹のことを覚えたまま神の門にたどり着けば―――運命は変わる、とな」


 悠一は目を閉じた。


「信じられない話だと思うが・・・・・俺は、少し先のこと、つまり未来が予知できる。イメージが浮かぶんだ。目の前にいる人間が、このあと何をしようとしているか・・・・・ぼんやりとだが、分かる」

「じゃ、昨日のリョウタさんを捕まえたのも、その力?」


 察しの良い少年だ。


「ああ。夢で未来を予知することもある・・・・・だから俺は事故の寸前、妹がトラックに轢かれるということを知った。それで俺は、妹を庇って死んだ・・・・・そして妹は未来で、母に無理心中させられる」

「!」

「俺はそれを防ぎたい・・・・・・自分勝手、だよな。誰だって、やり直したいと思っているはずなのに俺だけ・・・・・自分でも、甘いと思ってる」


 悠一はそう言い、顔を上げた。不安げなファルベを見つめる。


「だが、とにかく俺は、それのために旅をする。・・・・・俺の傍が不安なら、いつでも捨ててくれて構わない。お前には選ぶ権利があるからな・・・・・俺が言いたいのは、それだけだ」


 ファルベは悠一の同行者だ。彼には知ってもらわねばならない―――悠一の目的を。ファルベは頷き、立ち上がった。


「僕、ずっとユウイチについていく。手伝うよ、運命を変えるために―――」

「いいのか?」

「うん。だって、運命がひとつ狂えば全部が狂うでしょ。そうしたら僕も・・・・生きていられたかもしれないよ」


 ファルベの笑顔に、悠一もほっとして頷いた。


「有難う」


 まったく俺は、なんて現実的ではない話をしたのだろう。普通なら、未来が分かるなんて言えば気味悪がられるか、馬鹿にされるか、どちらかだ。この話をしたのは初めてである。妹にも親友にも話したことはなかった。


 勘がいいね、で済む話だったのだ。未来を知ることで苦しむときもある。父が亡くなるのを知っていながら、悠一は止められなかった。


 世界の時の流れは、少し干渉されたくらいでは狂わない。元の軌道に戻ろうとする力が働く。だから、足掻いても無駄だと言うことは、悠一が1番よく知っている。


 それでも、変えたいと願わずにいられない。大切な家族の行末だけは。


 俺は・・・・なんて傲慢だろう。


「ねえユウイチ。ユウイチの家族のこととか、僕に教えてくれない?」

「俺の家族の話・・・・・?」

「そう。もしユウイチが忘れちゃっても、僕が覚えていられるかもしれないでしょ? ユウイチが大切な妹のこととか忘れちゃっても、僕が思い出させてあげるよ」


 悠一はじっと黙っていた。ファルベが微笑む。


「って・・・・・僕だって、忘れちゃうかもしれないけどね」

「・・・・・そうだな。有難う。じゃあ・・・・旅の退屈しのぎに、歩きながら話そうな」


 無垢なファルベの言葉が、とても嬉しかった。やっぱり、俺のほうがファルベに支えられている。そう悠一は改めて実感した。


身なりを整えて、あてがわれた寝室から出てリビングに向かうと、既に朝食の用意がされていた。と言ってもテスタは何もしておらず、調理も配膳もすべて瞭太が行っていた。甲斐甲斐しい性格はそのままというところか。


「おう、おはよう。良く眠れたか?」


 テスタに声をかけられ、悠一とファルベは頷いた。


「昨日はいい飲みっぷりだったなあ、ユウイチ。二日酔いもないようだし、生きている間に晩酌したかったぜ」


 テスタは豪快に笑った。食卓についた悠一は、瞭太に差し出されたコップを受け取りながら尋ねる。


「ご家族は?」

「女房と息子がひとりだった。息子は戦争で、俺より先に逝っちまったよ」

「・・・・徴兵ですか?」

「ああ。まだ20を過ぎたばかりだったのになあ・・・・・まあ、もう大昔の話だ」


 そういって彼は、バスケットに入れられたロールパンを一つ手に取った。悠一もようやく空腹を覚え、同時におかしくなる。死んで実体を失ったはずなのに、空腹になるというのはどういうことだろう。


「この黄泉の国で再会はできないのですか?」

「探したんだが、駄目だったよ。この世界も広いし・・・・・あいつらは俺と違って、転生の道を選んだだろうからな」


 軽々とロールパンを飲み込み、テスタは二つ目を取った。


「だがな、面白いことはあったぞ。お前たち、輪廻転生ってのは知ってるか?」

「一度死んだ魂が、また生を受けるという繰り返しですよね」


 瞭太の言葉にテスタは頷く。


「そうだ。その魂ってのは、基本的に同じ人格でな。俺はここで換金所を長いことやっているが・・・・息子や女房、知り合いだった奴らとそっくり同じ顔の奴を、100年おきくらいに見てきたんだ。ここにきて輪廻転生は認められたってわけだ。証明することなんて不可能だけどな」

「成程。それなら俺はまた100年くらい経ったら、この街の換金所でもう一度貴方に会うってことでしょうね」

「そうだ、そうだ。ちゃんと覚えといてやるからな」


 豪快にテスタは笑った。付け合せのサラダをつついていたファルベがつと首をかしげた。


「そういえば・・・・・この世界を管理する神の使いたちは、殆どが巡礼者だった人たちなんだよね?」

「そうだよ」


 瞭太が答えると、今度は反対側にファルベは首をひねった。


「神の使いになったら不老不死なんでしょ? じゃあ、どこかに紀元前の人とかがいるってこと? もしいるなら、すごい人数になってるよね」


 ファルベの疑問にテスタが頷く。


「坊やの言うとおりだ。昨日も言ったが、本物の神の使いは、神本人が生み出した存在で、俺たちからすりゃ雲上人だ。きっと世界の始まりから存在するこの黄泉の国に、転生を諦めた奴がそのまま残っていたら人口が膨れ上がっちまう。増える一方で、俺たちは死なないんだからな」

「じゃあ・・・・・」

「あるとき、突然存在が消えちまうかもしれない。強制的に転生させられるかもしれない。どうなるかは分からないが、神の使いになって数千年を過ごした奴は、軒並み『もうここにはいない』。人知を超えた存在が、どこかでこの世界の人口を修正しているんだよ。新しくここに来た人数だけ、神の使いが消されてる。俺はそう思う」


 悠一の背筋に悪寒が奔る。


「つまり・・・・現実の世界のどこかで戦争が起きて、大量の人が死んだら・・・・・」

「そうさ。100万人死んだら、100万人の神の使いが黄泉の国から強制退場させられるんだ」


 瞭太も沈黙していた。ファルベも神妙な面持ちだ。


「いつ消されるとも分からない恐怖を抱えながらも、もう一度生を受ける気持ちにはなれないのですか?」


 無礼を承知で、悠一は尋ねた。そこで悩むくらいなら、神の使いになどなっていなかっただろう。確固たる意志があって、テスタと瞭太は転生の道を諦めたのだから。


「・・・・・うん、まあそういうこった。さあさあ、飯を食おうや。朝からどんよりするなって!」

「テスタさんが話題を振ったんですよ?」


 瞭太も気を取り直してそう微笑む。「すみません」と悠一は謝して食事を再開した。大人たちの雰囲気に不安を感じていたファルベも、ほっとした様子で息をついた。


 食事の後、悠一は地図を広げてテスタに進路を教えてもらった。


「北の城門を出て道なりに真っ直ぐだ。そうすりゃ、そのうち街が見えてくる。それがノーブルの街だ。街の造りなんて大体どこも同じだから、迷うことはないだろう。それで問題なのは、だ」


 テスタはずいっと悠一に顔を近づけた。


「距離的に、このゼイオンからノーブルまでを1日で歩くのは不可能だ。絶対に途中で夜になって、野宿することになる。その時厄介なのが・・・・・」

「鬼、ですか」

「そうだ。あいつらは脆いし、動きも遅い。普通は銃弾の一発で倒せるだろう。だが、見た目は完璧なゾンビだからな。最初は恐怖で動けねえかもしれない」

「大丈夫です。俺、お化け屋敷や肝試しの類でビビったこと、ありませんから」


 だって全部、直前に「視える」から―――とは言わなかった。


「そいつは頼もしい。野営するときは必ず火を焚いて、一晩中消しちゃだめだ。襲われた時も、焚き火を背にして戦うんだ」

「わかりました」

「あとは・・・・そうだな。ノーブルの先は砂漠だ。砂漠のど真ん中にオアシスがあって、そこを中心にみんな休憩する。ノーブルできちんと準備していかないと、本当に死ぬからな」


 悠一は頷いた。


 それからすぐに悠一とファルベは出発することになった。瞭太が昼用にとパンを差しだし、有難く悠一は貰い受けた。


「・・・・有難う」


 瞭太がぼそっとそう言った。


「何がだ?」

「僕がやろうとしていたことを、止めてくれて・・・・・もし悠一が指摘してくれなかったら、僕はここでもまた同じことを繰り返すところだった」


 瞭太は微笑む。


「たぶん僕は、誰かが止めてくれるのを待っていたんだと思う。やっぱり情けないことだけど・・・・感謝してる。有難う、悠一・・・・・また会おう」


 差し出された手を、悠一は躊躇いもなく握り返した。


「ああ。またな」


 テスタもまた悠一と握手をし、次いでファルベとも握手をした。


「悠一、ファルベ、気を付けてな。大したこともできなかったが、旅の無事を祈るよ」

「とんでもない。とても心強かったです。有難う御座いました」


 本心である。この世界の基礎知識をテスタからはたくさん教えてもらったのだ。感謝してもしきれない。


「ファルベも頑張れよ」


 テスタの言葉に、ファルベは頷いた。


「うん! 有難う」


 悠一とファルベは、ふたりに背を向けて歩き出した。一路、北のノーブルの街へ向かう。

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