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第14話 心の雪解け

まただいぶご無沙汰です。展開の運びに苦しんでしまいました。


レントゥスの心境の変化が、今回のメインでしょう。

 翌日からの道には垂直な崖のぼりも渡河もなく、なだらかなハイキングコースだった。上り坂がいつの間にか下り坂になり、最大の峠は抜けたと言っていいだろう。


 李がレスキュー隊員だったことを改めて聞かされた悠一は、呆気にとられてしまった。


「レスキュー隊員だったんですか」

「意外か?」

「いえ、そんなことは。でも李さん、まだ40歳前ですよね」


 持病もちのレスキュー隊員とは想像しにくい。急病や交通事故とも考えられるが―――やはり、殉職か。


「高層マンションで火事があってな。逃げ遅れて取り残された子供を助けに飛び込んで、子供を外に出したところまでは良かったんだけどなあ。柱が倒れてきて下敷きになっちまったんだ」


 その悲惨な状況に悠一が渋い顔をした。


「最初に救助に行こうとしたのは若い奴だったんだ。でもそいつには未来があって、家族もいた。もしかしたら死んじまうかもって危険なところには、ベテランで独り身の俺が行くべきだと思ったからな」

「・・・・今の時代、経験豊富なベテランというのはどこの職場でもかけがえのない財産ですよ」

「まあそうかもしれんが、だがらって若い奴を粗末にしていいってわけじゃない。単なる俺のエゴだったかもしれないが、2人分の命が守れて良かったと俺は思ってる。多分人の命を救いたいと思うのは俺の性分だから、生まれ変わっても俺はそういう仕事に就くんだろうよ」


 誇らしく語る李を、まじまじと悠一は見詰めた。それに気づいた李が頭を掻く。


「ん、どうしたんだユウイチ?」

「・・・・・似てるなあ、と思って。『シェリー』の店長に・・・・・」


 言ってから、どこが似ているのだろうと疑問に思う。考え方が似ているのだろうか。


 どれだけ悲運なことがあっても、それに落ち込まない。前向きで、自分に誇りを持っている。暑苦しいくらいのポジティブさが、似ているのかもしれない―――。


「もう・・・・・・顔も名前も、出てこないんですけどね」


 寂しそうにつぶやいた悠一の頭に、李が手を乗せた。


「似てるって思うなら、その店長は俺みたいな奴だったんだろう。みんながみんな俺みたいだったら暑苦しくてかなわないと思うが、ひとりくらい俺みたいな人間も必要だったと思わないか?」

「・・・・そうですね、はい」


 悠一も苦笑した。店長の暑苦しさと面倒見の良さは、甥であるハヤトにも共通していた。


 ハヤト―――どういう字を書いたんだろうか。


『くそぅ、英梨ちゃんの一番のお兄ちゃんはやっぱり悠か。けど見てろ、俺がいつか悠から一番の座を奪ってやる!』

『なんでお前は俺と張り合うんだよ?』

『だっていつも英梨ちゃんは「ハヤトお兄ちゃん、大好き」って言ってくるんだぜ? だったら一番になりたいでしょーが! 俺は英梨ちゃん生まれたときから知ってるし、接してる時間は悠とそんなに変わらないはずなのに! 何がいけないんだ!』

『なんだ、トップの座にこだわっているだけか。ハヤトって負けず嫌いだからなあ』

『英梨ちゃんに関してはそれだけじゃないぜ。だって可愛いじゃんか。なんかこう、守ってやりたくなるんだよなあ』

『じゃ、俺に何かあったら英梨を守ってくれるのか?』

『当たり前だろ! 親友のハヤトさまを見くびるなよ?』


 そのときは軽い気持ちで、ふざけて言っていたことなのに。本当に、その通りになってしまうなんて。


 ハヤトとの思い出はいくらでも出てくる。でも、漢字が分からない。顔も、テレビでモザイクがかかっているかのように不鮮明だ。


 唯一無二の親友だった。小学校からずっと一緒だった。仲違いしたこともあったが、お互い余計な見栄は張らずに翌日には仲直りしていた。彼になら、すべてを任せられるという全幅の信頼を置いていた。


 だというのに―――田代ハヤトという青年の記憶は悠一の中から去ってしまう。


 そしていつの間にかそれを受け入れ、最初の時のように取り乱すほどショックを受けていない自分に、腹が立って情けなかった。親友のことを忘れていってしまっているのに、たいしたことではないと済ませてしまいそうな自分が、確かに存在していた。


 記憶をなくしているという意識さえ、いつかなくなってしまうのだろうか。


 これ以上進みたくないよ、ハヤト。お前のことを忘れたくない。


 何度もそう思った。それでも、巡礼の旅をやめて、テスタや嶋津瞭太のような天使になるという選択肢は、悠一の中に存在していなかった。


 俺の目的は、運命を変えて英梨と母さんを救うこと。そのために、神の門へ行く。


 大丈夫。俺はまだ、一番大切な気持ちを忘れていない。


◆〇◆〇


 多分、世の登山好きの人々はこういう気持ちで山を歩くのだろう―――と思うほど、山岳越えの後半は気持ち的に楽だった。いっそ清々しいほどだ。


「ここを抜ければ、丁度神の門までは半分って感じだね」


 地図を見ていたファルベがそう言った。ここまででまだ半分か、と思ってしまうが、あえて「もう半分」だと思っておくことにしよう。Sの字の中心部だ。


 山中を3日間歩いていたが、道もはっきりしているのでたいした疲れもなく、一行は平地へ下り立った。その先にはまた延々と道があるのだが―――。


「うわっ、寒っ」


 思わずファルベが声を上げた。山道とこの平原の間に壁があったのではないかと思うほど、気温の変化が激しかった。山道は穏やかな春の陽気だったというのに、こちらは真冬。雪もちらついており、平原というよりは雪原である。


「この間は砂漠で、今度は雪か。急激な気温の変化は体調を崩す元だからな、ほら、これでも着て身体を温めておけ」


 李が言いながら肩に担いでいた荷物から出したのは、砂漠で来ていた防砂服だ。かさばるが捨てるのはもったいない、ということで、李が全員分を担いでくれていた。


 レントゥスの服を李から受け取って、それを回そうとした悠一だったが、レントゥスの表情がこわばっていることに気付いた。良く見れば身体が震えているようだ。


「レントゥス?」

「・・・・あ、ああ。ごめんね、有難う」


 レントゥスは悠一から服を受け取り、それを着込んだ。悠一はじっとレントゥスを見やり、おもむろに尋ねる。


「お前、寒いの駄目なのか?」

「うん・・・・・暑いのは平気なんだけどね、雪とか駄目で・・・・・」


 確かに、顔色は悪いようだ。悠一は肩をすくめ、自分の服をレントゥスに放った。レントゥスが目を丸くして受け止める。


「悠一、これ」

「俺は暑いのも寒いのも平気だ。着ていればいい」


 レントゥスは珍しくぽかんとしたまま、頷く。


「あ・・・・有難う・・・・」

「レントゥス」

「ん?」

「地獄ってのは火ってイメージがある」


 今日はレントゥスのレアな表情を見てばかりである。


「地獄の炎はたぶん熱いんだろう。じゃこっちの炎はっていうと・・・・・冷たすぎて熱いんじゃないかな。ドライアイス触ったりすると、痛いだろ」

「悠一・・・・・何が言いたいの?」

「熱い炎に慣れている奴は、冷たい炎が苦手なんじゃないかってことさ」


 レントゥスが悠一に手を伸ばした瞬間に、さっと悠一はレントゥスから離れた。


「はぐらかすのも、なかったことにするのもなしだ。卑怯なことはもうするな」


 悠一はそう言って、ファルベらのほうへ戻った。


 レントゥスの表情に焦りがある。余裕かましている彼にしては似つかわしくない表情だ。


(・・・・・どうして? 記憶は消していたはずなのに・・・・・また、気付いたのか?)


 その時悠一も、眉をしかめていた。


(明らかにあいつの顔色が変わった。俺のはったりが真実だってことか・・・・・?)


 悠一は別に根拠があって、ああ言ったわけではない。もしかしたら―――という仮説を組み立てただけだ。それで表情を変えたということは、それが真実だということだ。


(あいつはやっぱり・・・・巡礼者なんかじゃない)


 それだけは、確信した。


 ここから先は、この黄泉の国を守る神の力が強くなる場所。それだけ地形にも空気にも影響が出てくると考えるのが妥当だ。


 その力に異常に弱い者は―――相反する力を持っているということだ。


「街まではまだ距離があるな。今日は野宿かねえ。ま、頑張って歩こうじゃないか」


 李が朗らかに言ったので、悠一は思考をやめた。頷き、ちらりと後方のレントゥスを見やってから歩き出した。


 雪は冷たく、数年に1度くらいしか雪にお目にかかったことがない悠一は、子供のころを思い出して少しテンションがあがっていた。英梨が生まれるずっと前、珍しい豪雪で雪が積もり、朝早くから父さんと雪で遊んだ覚えがある。ハヤトとも、少ない雪で雪合戦をしたり雪だるまを作ったり、冬でも楽しいことがいっぱいだった。


 ファルベも似たような状況だったが、レントゥスは本当に寒さに弱いらしく、一言も口を利いていない。


 そのうち夜になり、李の言った通り街まであと数キロ残して野宿となった。レントゥスが使い物にならないので、テントを張るのも食事を作るのもだいぶ手間取った。レントゥスは細かい気配りが上手なので、いかに陰からレントゥスが支えてくれていたのかが分かる。


 雪原の真っただ中で悠一はこれまた凝ったビーフシチューなんて料理を作り、レントゥスは本気で感動していたようだ。


「僕は君ほど親切な人に会ったことがないよ」


 とは大袈裟だろう。悠一が、


「他に友達いなかったのか?」


 と突っ込むと、「少なくともキャンプでビーフシチューを作ってくれる友人はいなかった」と、もっともな答えが返ってきた。


 まもなく音もなく夜の帳が舞い降りてきた。他の3人がテントに入ったあとも悠一は火の番をしていたのだが、10分もしないうちにレントゥスが出てきた。


「なんだ、眠れないのか?」

「うん、寒くてとても無理だ・・・・・眠ったら凍死しそうで」


 大袈裟な、と思ったが、あながち大袈裟でもないかもしれない。日本の山でだって雪山で遭難して凍死する人はいる。


 しばらく黙り、悠一が淹れてくれた熱い茶を啜っていたレントゥスだったが、不意にぽつりと尋ねた。


「・・・・・友達って・・・・・思っていいの?」


 悠一が目を丸くする。


「急になんだよ、しおらしいな」

「いや、だって・・・・・さっき『他に』友達いないのか、って言ったじゃない。僕のこと、友達の勘定に入れているってことだよね?」


 あまりに、らしくない台詞だ。余裕かましているレントゥスとは思えない、考えながらひとつひとつ言葉にしているような口調。


「・・・・・友達なんて、互いが確かめ合ってなるものじゃない。いつの間にか、ってことだろ」

「そうかな・・・・・」

「そうだろう。それともあんたは、ここまで来て俺たちのことを『知人』って認識していたのか?」


 はっきりそうじゃないと答えるべきところのはずが、レントゥスは小首をかしげてしまった。


「分からないよ」

「ったく・・・・・」

「・・・・でも、否定しないんだね、悠一」


 レントゥスは掌を温めるように両手で包み込んでいるマグカップを、口元に持っていく。悠一が溜息をついた。


「友達ってのが馴れ馴れしくて嫌なら、仲間って言いかえる。それでも嫌なら、同行者まで下げる。俺がどう思っていようと、勝手だろ」

「嫌だなんて言ってない。むしろ嬉しい・・・・・と思う。これは冗談じゃなくて、本当に友達とかいなかったしね」


 寂しげなことをあっけらかんとレントゥスは語った。


「むしろ君がそう思っているのが、僕には意外だよ。怪しんでいるじゃない、いつも。今だって」

「・・・・・・信じてみたくなった」


 悠一は呟き、レントゥスを見やった。彼はいつも悠一の真正面には座らない。そこから少しずれた場所に座る。


「レントゥス。違っていたらすまない」

「ん・・・・?」

「俺に毒を盛ったのは、あんただな」


 レントゥスがぴくりと身体を震わせた。視線はまっすぐ前を向いており、悠一を見ない。


「あんたは俺に妙な能力があるのを知っている。だからわざとらしく同行した。・・・・違うか?」


 うんともすんともレントゥスは言わない。悠一も急かさなかった。長い長い沈黙のあと、レントゥスは深い吐息とともに言葉を絞り出した。


「・・・・いつから、それを?」

「確証は、たった今までなかった。けど、俺の調子がまだ悪かったとき、一回俺に触れただろ。眠っているときに」


 確かにそうだ。眠っている悠一がいま何の夢を見ているのか―――レントゥスはそれを探った。確かその時の悠一は、妹の英梨の夢を見ていたはずだ。


「そのとき、一瞬映った。レントゥスの姿が・・・・・・俺の夢に出てきたってことは、きっと何かしでかす。俺はそう思って、ずっとあんたを怪しんでいた」

「・・・・成程、ね。僕は最初からボロを出していたのか・・・・・」


 そして悠一は、それをずっと胸に抱えたまま過ごしてきた。誰にも何も言わずに。


「・・・・正解、だよ。君には敵わないね・・・・・」

「俺が最近予知夢を視ないのは、あんたが傍にいるからか?」

「たぶん、ね。こればかりは僕にも分からない」

「そうか」


 悠一は相槌を打っただけで黙った。レントゥスが初めて悠一に目線を送る。


「何も聞かないのか? 目的とか・・・・・僕が何者か、とか」

「そうだな。・・・・・ずっと気にしていたんだけど、なんだかどうでもよくなったかもしれない」

「なんでそうなるの?」

「俺を殺そうとしているならとっくにそうしているだろうし」

「利用しようとしているのかもよ?」

「そうだとしても、それまでに俺たちを助けてくれたのは変わらないし。だから考えないことにしておく。あんたがいつか自分から話してくれるのを、待っている」


 悠一は事もなげにそう言ったが、次の言葉は鋭かった。


「だけど覚えておけよ。俺は何が何でも神の門へ行く。俺を利用するとか、邪魔するなら、その時は許さない」

「・・・・うん」

「そうなりたくないから、信じさせてくれ。あんたのこと」


 その時、悠一の表情が変わった。予知だ。


「―――レントゥス!」


 レントゥスの背後から鬼が襲いかかった。寒さのせいで鈍っているレントゥスは気付くのが遅れた。悠一が駆けだしてレントゥスを右へ押し倒す。レントゥスの頭があった部分を、鬼の長い手が空ぶった。悠一は銃を抜き放ち、レントゥスとともに地面へ伏せた態勢のまま、引き金を絞った。


 鬼が断末魔を上げてのけぞる。銃声を聞いてファルベと李が飛び出してきた。


「大丈夫か!?」


 李の問いに悠一が頷く。


「はい。・・・・・レントゥス、立てるか」


 悠一が差し出した手を取らず、レントゥスは悠一を見上げた。その視線が、どうして庇ったのかと問いかけている。悠一が微笑んだ。


「友達なんだろ。俺たち」


 レントゥスの顔が、若干泣きそうに歪んだ。それから悠一の手を取って立ち上がる。


「有難う・・・・・・」


 ―――もう僕には無理です。これ以上悠一たちを騙せない。騙したくない。何の屈託もなく、彼らと旅をしたい。


 レントゥスは心の中でそう思う。


 ―――心から、彼らの「友」となりたい。

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