幕間 世界を視る者、願うは心
暗い空間だ。
ギリシャ神話にでも出てきそうな面持ちの宮殿の広間。天井は高く、豪奢なシャンデリアが釣り下がっているが、そこり明かりはなかった。ステンドグラスにも光が差し込んでいない。必要以上の照明はなく、柱につけられた数少ないランプの明かりはぼんやりと仄かで頼りない。言ってしまえば不気味である。
その空間の中央に、巨大な水鏡が鎮座していた。傍には背の高い青年が佇んでいる。若いようだが、年齢不詳の美しさがある。
彼は水鏡の静かな水面に視線を落としている。やがて呟いた。
「世界が揺れた・・・・何者かが妙な力を発動させたな」
青年の元へひとりの少年が駆け寄ってきた。15歳前後だろう。少年は跪くと、こうべを垂れて青年の背に呼び掛けた。
「報告致します。管理地にて妙な力を感知。時が一時的に止まった模様」
「分かっている。明らかに【浄化の地】にいるべきではない者の干渉だ」
「【冥府の地】の手の者でしょうか」
「おそらく。鬼を送り込んでくるだけでは飽き足らず、直接手を出してきたな」
青年は振り向いた。静かな瞳が、自分の前で跪く少年を射抜く。
「場所と力を行使した者は?」
「特定できませんでした。申し訳ありません」
「ふむ・・・・こちらの目を欺くとは、只者ではない。私と同じ・・・・しかし、より『冥府の神』に近しい者だ」
「世界の二柱の一方・・・・冥府を司る女神の傍仕えが、自らこの地へ飛び込んできたのですか」
「それだけあちらも必死なのだろう。・・・・・そして、必死で手に入れたいと奴らが思う者が、【浄化の地】に存在するのは確かだ」
青年の言葉に反応しつつも、少年は一切顔を上げなかった。
「『絶対なる御方』のお手を煩わせるわけにはいかぬ。あの方に任されたこの地の理を捻じ曲げる者は、必ず追討する」
『絶対なる御方』―――それは【神の門】におわす、唯一絶対の神のことだ。神によって創造された神使と言えども、神の名を軽々しく口に出すことはできない。
「干渉者を急ぎ特定せよ。発見したとき私の指示は無用だ、迷わず駆逐しろ」
「・・・・・私ごときで、相手が務まるのでしょうか」
機械的だった少年の声が、少し和らいだ。不安げな声に、青年も表情を和らげる。ぽん、と少年の頭に手を置く。少年が驚いて顔を上げた。
「―――そなたは負けぬ。負けることは許さぬ。しかし消滅することも許さぬ。無事で帰還することが、そなたの務めだ」
「もしも私が務めを果たせなかったその時は―――」
「私がそなたの仇を取るまでだ」
少年はほんのわずかに微笑んだが、すぐに再びこうべを垂れた。
「アドニス様のお手を汚させるわけには参りません。任務は必ず遂行いたします」
「任せる」
「―――御意」
少年は立ち上がって恭しくアドニスと呼んだ青年に一礼し、踵を返して歩み去った。
少年の腕は、誰よりもアドニスが知っている。彼が誕生した時から、成長する様子を見てきた。少年の姿ではあるが、既に1000年以上を生きてきた。それでもまだ若輩ではあるが、他の神使と比べて実力に遜色はない。
それでも―――少年がアドニスを慕い、心配してくれたことを嬉しがるように。
アドニスもまた、少年を愛おしく思い、彼の無事を心から願う。
神という絶対の存在から生まれた者であっても、心はあるのだ。
その心が、冥府からの干渉者にもあることを、アドニスは祈った。
これは「一方そのころ」みたいな話です。異常に短いですが。
ぼんやりと「冥府」とやらが見え始め、ようやく第3の勢力が動き始めたって感じですね。
次回から悠一たちの愉快?で謎な仲間たちに戻ります。