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第12話 残酷な励まし

 ファルベが横になるスペースしかなく、大人3人は、いわゆる体育座りで夜を明かした。寝心地が良いわけもなく、悠一は一晩中舟を漕いでがくりと首が垂れては目をさます、を繰り返していたので、ほとんど一睡もしていない。


 翌朝は昨晩の荒れた天候が嘘のように快晴で、それに比例して気温も酷く高い。正確な気温は分からないが、日本の都会の夏よりは暑いだろう。湿気はなく、からっとした暑さであるだけ、まだましか。


 李は非常に話好きらしく、こちらが喋って体力を消耗したくないと考えているのを知ってか知らずか、ひとりで喋り通しだった。昨日鬼を相手に恐怖で震えていた人間と同一人物とは、とても思えない陽気さだ。悠一もファルベもげんなりし、もはや口を挟めない。


 特に李は大の親日派で、悠一が日本人だと知ると悠一相手に喋り倒した。


「いやあ、元気なおじさんだね」


 レントゥスは前を歩く悠一と李の背中を見ながら微笑んだ。レントゥスの隣を歩くファルベが頷く。


「うん。ちょっと懐かしい。僕の父さんに似てる」

「お父さん、テンション高かったの?」

「さすがにあそこまでじゃなかったけど・・・・学校の先生でね、声も大きいしよく笑うから」

「へえ。何の教科の先生?」

「えっと・・・・・・あれ?」


 答えようとしたファルベの声が消える。レントゥスが黙ってしまった少年に問いかける。


「浄化されてた?」

「・・・う、ん・・・・・思い出せない・・・・・体育教師だったと思うんだけど、自信がなくて・・・・」

「そう・・・・・でも、大丈夫だよ、ファルベ」


 俯いていたファルベが顔を上げる。


「そのうち、忘れてしまったことすら『忘れてしまう』から」

「え・・・・・?」

「母という存在概念も、父という存在概念も、すべて君の頭の中から消去される。記憶が消えたことにショックを受けるのは、今だけだ。すぐ楽になる」


 ファルベの瞳が揺れた。


「よく分かんないけど・・・・・僕、母さんのことも父さんのことも、忘れるのは嫌だよ。アレスのことだって・・・・・」

「そうだろうと思う。でも、君も慣れるよ。慣れざるを得ない。父はどんな人だったか―――今はそれで悩むかもしれないけれど、そのうち父という人がいたことも忘れる。疑問にすら思わなくなる。世界は、自分と神のみで構成されている―――そう考えるようになっているから」

「自分と神だけ・・・・・? それじゃ、僕はユウのこともレントゥスのことも忘れちゃうの!?」


 レントゥスは微笑み、首肯した。残酷なことを語っている割に、その笑顔は暖かい。


「ああ。神の門の近くになったら、それまでの友情も思い出もチャラ。本当に、ただの他人になる。それが世界の理だ―――」

「おいこら、てめえ!」


 物騒な言葉とともに、レントゥスの頭に拳骨を叩き落としたのは李である。さしものレントゥスもこれには仰天したようで、頭を抑えて目を丸くしている。


「なに物騒なことほざいてるんだ! そんな小さな餓鬼にする話じゃない!」

「あれ、おかしいな。僕にできる精一杯の励ましだったんだけど」

「今ので励ましてるつもりなのか・・・・・?」


 悠一も腕を組んで呆れている。くどくどと李のお説教が始まり、レントゥスは耳が痛いと言った様子だ。その間に、ファルベが悠一に抱き着いた。


「ユウ、レントゥスの言ってたことほんとなの? 僕、家族のことだけじゃなくてユウのことも忘れちゃうの?」


 泣きそうな声だ。確かに、ファルベにするには刺激の強すぎる話だった。悠一にとっても、かなり衝撃がある。


「本当にそうなるかなんて、誰にもわからない。だから信じろ、ファルベ。最後まで一緒だ」


 気休めだろうと悠一は自分でも思う。レントゥスの言うことはいつだって正論だ。だからこそ憎らしい。間違うことがないと分かっているから、誰かに否定してほしい。


 離さない。この少年の手を離してなるものか。


◆〇◆〇


 暑さが和らぎ、若干緑が増えてきた。地面も安定しない砂ではなく、固い地面に変わった。


 砂漠を抜けたのは、昼過ぎのことだった。街まではさらに1時間ほどあるということだったが、砂漠を抜けただけ気分的に解放された。


「お前たち、次の街に着いたらどうするんだ?」


 李に問われ、悠一が答える。


「とりあえず一泊して、明日には発つ予定です」

「そうか・・・・・なあ、どうせ行き先は同じなんだ。このまま俺もついて行っていいかな?」


 悠一がファルベとレントゥスを振り向くと、ファルベはにっこり笑って「勿論」と頷いた。レントゥスのほうは困ったように肩をすくめただけだが、「一任するよ」と視線が語っていた。


「勿論、よろしく頼みます」

「恩に着るよ。やっぱりひとりは心細いしな!」


 豪快なその人柄は、颯人の叔父である田代店長を彷彿とさせた。なんだか懐かしい。顔ももう出てこない―――ぼんやりとシルエットが浮かぶだけだ。


 ・・・・ごめん、店長。


◆〇◆〇


 到着したその街の名は、トローンと言った。


 砂漠を超えて疲れ果てた旅人たちが大勢いて、宿は盛況だった。レントゥスと李に部屋の確保は任せ、悠一はファルベとともに換金所へ向かった。


 相手に球を渡すとき、悠一は目を閉じた。これは、鬼に襲われた死者の魂。ここで渡されたこの魂はギルフィの【再生ノ院】に運ばれ、死者が復活する。


 願わくば、ひとりでも多くの人が神の門へたどり着くように。


 食料などの調達をしてから宿に行くと、空き部屋がなかったとかで2人部屋に押し込まれてしまっていた。それでも、昨晩のテントの狭さとの比ではない。


「お腹空いたねえ。夕食はどうする? ちらっと見てきたけど、この近くの食堂はどこも満員だったよ」


 レントゥスの言葉に李が肩を落とす。


「これから席が空くのを待つのは堪えるな・・・・」

「あ、じゃあ俺が作る」


 悠一があっさりそう言った。幸いにしてこの部屋には簡易キッチンがある。野営時よりはまともなものが作れるだろう。


「悠一、料理できんのか」


 感心したように李が目を丸くする。悠一が微笑む。


「洋食屋で働いていたんです。洋食と言っても、日本独自の料理ですからファルベやレントゥスの口に合うか分からないけど」

「悠一の料理、僕好きだよ!」


 ファルベがそう主張し、悠一はその頭に手を置いた。便利な食品のないこの世界では、本格的な料理を作るしかない。食事に困ることはないと思うので、良かったと思う。


 本格的と言っても、本当にやろうと思ったら2、3日煮込むという作業が出てきてしまうので、簡易にするところは勿論した。市場ではそれなりに便利な調味料も売っていたのでそれは楽だ。それでも、現代日本でここまで最初から作る家庭はないのではないだろうか。これも店の看板メニューだった。


 完成したのはデミグラスソースのかかったオムライスだ。


「すっご、本格的」


 レントゥスが驚いている。デミグラスソースは店の自慢だった。多めにソースを作ったので、ハヤシライスにでもハンバーグにでも応用できる。


「なんて店で働いてるんだ? 何度も日本のレストランには入ってるんだが」

「そういう全国チェーンの有名な店じゃないですよ。地方の下町でやっている個人経営の店です。レストランじゃなくて、あくまで洋食屋ですから。店の名前は『シェリー』。李さん、入ったことあるなら相当な通ですけど」

「あー・・・・さすがに知らんなあ」


 レントゥスが微笑む。


「シェリーって、ワインの名前だよね」

「店長がワイン好きで。店にも、結構価値のあるワインが置いてあったんだ」


 田代店長は、ワインを『飲む』のが好きだったわけではない。『コレクションする』のが好きだったのだ。本人は豪快な見た目通り、焼酎や日本酒のほうが好きで、夏の暑い日は缶ビールを一度に3本も4本も空けていた。ワインをコレクションし、店で提供していたのは「洋食屋っぽさ」を出すためだ。とはいえ、そのワインにも料理にも定評があり、地元じゃ知らない人はいない、行きつけの隠れ店のような存在だった。


 という関係から、シェリーという店名も『ぽさ』を醸し出すためのものでしかない。しかし、店長も悠一もその名に愛着があった。


「そんなことはともかく、早く手つけてくれよ。せっかく作ったんだから」

「はいはい、いただきます」


 レントゥスが苦笑して料理に手を付けた。


 ファルベも李もその日はオムライスの出来のよさに感動し、大興奮だった。レントゥスはそこまではしゃがなかったが、今日はえらく素直に「美味しかったよ」と感想を告げた。


 夕食を終えると、片付けはファルベが申し出て、悠一は地図を広げて進路を確認した。李が覗き込む。


「俺の相棒の話じゃ、この先にでかい山脈があるんだとよ。山を越えるのに3日、4日かかるらしい」

「山か。砂漠を超えたばかりの足には少しきついですね」

「いや、俺がついてるぞ。俺は中国の山の中のど田舎で育ってなあ、足腰は強いんだ。兄ちゃんたちの誰かがへばっても、おぶっていってやるよ」


 確かに、李はかなり筋肉質だ。悠一が微笑む。


「頼りにしてます。ファルベのこと、見てやってください」


 任せておけ、と李が胸を叩く。


「ところで・・・・・」


 李は急に声を潜め、悠一に耳打ちした。


「あのレントゥスって兄ちゃんは何者だ? 本当に俺たちと同じ巡礼者なのか?」


 悠一は表情を険しくした。レントゥスはいま風呂の様子を見てくるとかで部屋にいない。洗い物をしているファルベにはこの声は聞こえていない。


「俺にもわかりません。あいつは、俺たちでは知りえないことをたくさん知っている。只者じゃない」

「だよな・・・・」

「けど、面と向かってそれを指摘しないほうがいいですよ」


 悠一の言葉に李が顔を上げる。


「あいつ・・・・何してくるか、分かりませんから」


 李は神妙に頷いた。


 最近、予知夢を見ない。危険を察知する直感は働くのだが、とんと夢を見ないのだ。予知夢の中でレントゥスが何かしでかしてくれれば、悠一は切り札を得ることができる。


 あんなにも嫌っていた予知能力をここにきて欲するとは、おかしなものだと悠一は自嘲気味に思った。それでも、便利な自分の能力は利用すべきだ。


 レントゥスが何者か突き止める。うやむやにしたままに旅を続ける気は、悠一には更々なかった。

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