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第11話 砂塵吹き荒れて

 翌日も早朝から歩みを再開した。ファルベの足どりも回復し、昨日の教訓も得て、出だしは好調だ。


 砂漠を抜けるには1日半。あと一度野宿をしなければならない。


 それともうひとつ注意すること―――「流砂」である。


 このあたりの砂の下には水分が多く、一見なんでもなくても、足をついた瞬間、そこは底無しの地面である。漫画やアニメのように飲み込まれて行方不明ということは実際には起きるはずもないが、足が抜けなくなる、ということは起こり得る。


 ―――という説明をレントゥスから受け、ファルベはすっかりおっかなびっくりで歩いている。


「まあ、気をつけても嵌るときは嵌るんだけどね」


 レントゥスは少年の不安をあっさりと後押しする。


 歩きながら何か考えている悠一に気付いたレントゥスが声をかけた。


「何か考え事かい?」

「・・・・なあ、レントゥス。記憶を保ったまま神の門にたどり着くことは、絶対に不可能なのか?」


 深刻な問いかけに、レントゥスの表情が若干変わる。


「僕に聞けば―――答えが得られると思った?」

「分からない。だから聞いた」


 もっともな言い分である。レントゥスが苦笑した。


「こればかりは、僕にもはっきりとは断定できないな」

「ということは、絶対というわけでもないんだな?」

「『私の前世はナントカで』って言う人が、世の中には結構いたじゃない。そのうち9割が嘘か思い込みだったとしたら―――残りの1割の人は事実を言っている、ということになる」


 そこまで説明されれば、悠一も理解できた。悠一が頬を流れる汗を拭った。


「その人たちは記憶を保持したまま転生した―――ってことか」

「そうだね。でもま、確証はない。もし君が成し遂げたら実証できたってことだ」


 レントゥスが様子を窺うように悠一の顔を覗き見る。


「誰のこと、覚えていたいの?」

「え・・・・・」


 悠一が答えに詰まった。レントゥスが微笑む。


「君の様子を見れば、大切な誰かのことだろうってすぐ分かるよ」


 悠一は髪の毛を掻き回した。それからぼそっと呟く。


「家族・・・・・と、友達」

「もっと絞ろうか?」

「・・・・・妹だ!」


 やけくそである。レントゥスが薄く微笑む。


(―――いいのかい、悠一? 僕に気を許して? 君が『狭間の番人』から言われたことが筒抜けだよ?)


「あんたは敵じゃない」


 悠一が急にそう断言した。これには珍しくレントゥスも目を丸くする。


「信用するしないは後回しだ。あんたは敵じゃない―――少なくとも、今は。だから話した、それだけ」


 悠一はふいっと顔をそむけた。自分の気持ちを表現するのが下手なこの青年の、精一杯の誠意だ。レントゥスが微笑む。


(やれやれ、先手を打たれたって感じかな?)


 悠一はファルベに体調を尋ね、少年からは笑顔と元気な言葉が返された。


「あっ、あんなところに花が咲いてるよ」


 ファルベが指差した先に、青い花が1輪咲いていた。レントゥスが「本当だ」と頷く。


「あれがヴィーサスの花だよ。悠一が倒れたのは、あの花が持つ毒のせいだ。近づいちゃ駄目だよ」

「うん、分かってる」


 同時に悠一の脳裏に閃光が奔る。見えたのはファルベだ。


 呑まれる。呑まれる、呑まれていく―――


 ファルベが右足をついた瞬間、その足が砂の下に沈んだ。


「うわっ!?」


 ファルベが声を上げる。右足が膝まで沈み、左足も沈んでいく。ファルベを中心に、そのあたり一帯が流砂と化していたのだ。


 悠一が寸前で手を伸ばし、ファルベの右手を掴む。思い通りに上がらない足をあげてもがくファルベを、悠一が一喝する。


「もがくな! 逆に沈んでいくだけだ!」


 ファルベはぴたりと動きを止めた。腰のあたりまで沈み、それ以上は動かない。


 レントゥスが鞭を取り出した。自分の右手に何重か巻き付け、左手でその先を悠一に差し伸べる。


「悠一、これを掴んで」


 悠一は左手に鞭を巻きつけた。昨日はあれだけ伸縮自在に見えた鞭が、今日はワイヤーのようにしっかりしていて心強い。レントゥスが軸となって支えてくれるこの鞭だけが、悠一とファルベの命綱だ。


 片足だけ、流砂の中に悠一は入った。ずぶずぶと砂に埋もれていく感覚。後ろ足を踏ん張り、悠一はファルベを引き上げた。レントゥスも悠一の引く力と呼吸を合わせ、鞭を引く。地引網でも引いているようだ。


 ゆっくりとファルベは引き上げられ、やがて完全に自由の身になった。恐怖に襲われていたファルベは地面に膝と手をついて荒く息をしているが、引き上げた悠一も疲労していた。平然としているのは鞭をしまったレントゥスだけである。


「ふたりとも、大丈夫?」

「ああ・・・・・ファルベ、平気か?」

「僕も平気・・・・・有難う、ユウ、レントゥス」


 悠一は頷き、自分の掌を見つめた。


 あと少し、気付くのが遅れていたら。俺はファルベの手をつかみ損ねていただろう。


「・・・・・良かった」


 悠一はほっとして呟いた。


「にしても悠一、よくそこに流砂があると分かったね」


 探りを入れるような目でレントゥスが聞いてくる。悠一は一言で流す。


「勘だ」

「勘・・・・ね。よく当たるようだね」

「ああ、おかげで助かってる」


 悠一は臆さずに言ってのけた。


 3人はそこで休息を取り、再び旅を再開した。とはいえ行けども行けども景色は変わらず砂の山。気がおかしくなりそうである。


「なあおい、道は合ってるのか?」

「それ何回目? 合ってるって言ってるじゃない」

「でも、こんなに景色が変わらないとね・・・・・」


 ファルベもげんなりしている。と、生暖かい熱風が一同を襲った。乱れた髪の毛を手櫛で整えたレントゥスが空を見上げる。


「風が出てきたね。ちょっとした砂嵐になるかも」

「嵐?」


 ファルベが目を丸くした。日本でも中国から黄砂が飛んでくることはある。海を越えて砂が飛んでくるというのなら―――その砂嵐の真っただ中にいたら、どれだけのものになるのか。想像したくない。


「予定より早いけど、今日はここまでにして岩陰にでもテントを張ろう」


 レントゥスが指差した先に、巨大な岩壁があった。レントゥスはこれまで岩壁に沿って旅を続けていたので、砂漠の真ん中で遭難という事態は免れることができるのだ。


 風を避けられる岩陰に、いつも以上に気を遣って堅くテントを張り、早めの食事をとる。レントゥスの言った通り風は強くなり、砂塵が舞い上がった。3人でテントの中に籠るしかないようだ。


「夜中にテント、飛ばされないかな?」

「大丈夫だよ」


 何の根拠もない言葉で、レントゥスはファルベの心配を一蹴した。


 ただでさえ狭いテントに3人も入ると、それはそれは窮屈だった。だがそんな文句を言うこともできず、長い夜を過ごさなければならない。悠一はテントの中央に置いたランプの明かりを頼りに地図を確認し、その背中に寄りかかってファルベはうとうとしている。こういうところは、まだほんの少年だ。レントゥスも長い手足を丸めて隅っこに座っている。


「熱心だねえ」


 レントゥスが言うと、悠一は髪の毛を掻いた。


「いや・・・・・・いつ着くのかなあと思って」

「まだまだまだ、だよ」


 詳しく知っていそうな口ぶりのレントゥスに、悠一は怪訝な目を向ける。レントゥスは目をそらし、「たぶん」と慌てたように付け加えた。


 その時、テントの外から銃声が聞こえた。それと同時に男性の悲鳴がかすかに聞こえた。寝入りそうになっていたファルベもびくっとして顔を上げ、悠一は立ち上がってテントから出ようとした。


 その腕をつかんで引き留めたのはレントゥスだ。


「なんで止めるんだ」

「なんのために明かりを小さくしていると思ってるの。鬼は光を嫌うけれど、光を頼りに襲ってくるんだ、皮肉なことにね」


 この砂嵐のなか、鬼に襲撃されてはたまったものではない。だから見過ごせ―――と、そうレントゥスは言っているのだ。


 悠一はレントゥスの手を振りほどいた。


「生憎だが、俺は超がつくお節介なんだ」


 そう言って悠一は銃を取り上げた。そしてテントの入り口を少し開け、銃口を覗かせる。


 砂嵐で、視界が非常に悪い。それでなくても夜だ。やれやれという態でレントゥスが悠一の隣に膝をつく。照準を合わせる悠一に尋ねる。


「見える?」

「いや、何も」


 でも分かる―――鬼がどこにいるのか、瞬間的に。


 脳裏にシルエットが浮かぶ。もう少し右・・・・・


「少し右。ちょい上」


 急にレントゥスがそう言った。悠一が目を見張る。


(見えてる・・・・!? この視界の悪さの中で、鬼が正確に・・・・)


 レントゥスが悠一を振り返った。


「助けるんでしょ。ほら、急いで。照準が下がってるよ」

「あ、ああ」


 常人ならざる夜目に驚きつつも、悠一は狙いを定めた。後ろでファルベははらはらしながら見守っている。


 発砲。鬼がどうなったかまでは悠一にはわからない。目を細めていたレントゥスが頷く。


「命中したね。あと2匹だ」


 大まかな位置は悠一が察し、微調整をレントゥスがする。やや不本意ながらも、ふたりの連携は完璧だった。3匹の鬼を3発の銃弾で仕留め、悠一はテントから出た。砂除けの布が初めて役に立ち、鼻まで覆い隠す。


「これ持ってって」


 レントゥスが差し出したのは鞭である。一端は悠一が、一端はレントゥスが握っている。再び命綱である。この視界の悪さでは、ほんの数メートル離れただけで遭難だ。


 鞭を持ったまま悠一は砂嵐の中を進み、これ以上鞭が伸びないという限界のところで、鬼に襲われて悲鳴を上げた男性を見つけた。恐怖からか、がたがたと震えている。年は30代か。顔立ちは日本人に似ている。


「大丈夫ですか?」


 風が強いので、声を張り上げて尋ねる。男性はかくかくと頷いた。


「ここは危険ですから、こっちに」


 悠一は男性を立たせ、鞭を辿ってテントへ戻った。


◆〇◆〇


「本当に申し訳ねえ」


 助けられた男性は、さらに狭くなったテントの中で深々と頭を下げた。レントゥスが肩を縮めながら言う。


「こんな嵐の中旅を続けるなんて自殺行為だよ?」

「続ける気はなかったんだが、いい具合にテントを張れる場所が見つからなくてな・・・・鬼に追いかけられ、あげくに銃までなくしちまって・・・・・」


 レントゥスは呆れたように微笑んでいる。


「あんたたちにゃ、助けてもらったうえに飯まで出してもらって! 本当に感謝してるよ」

「貴方を助けようって言ったのも、鬼を狙撃したのも食事を出したのも、こっちの彼。お礼はそっちにね」


 そう言われ、男は悠一に深々と頭を下げた。悠一が慌てて首を振る。


 男は中国人で、()と名乗った。下の名前は悠一には「秀明(ひであき)」としか翻訳して聞き取れず、下の名前を呼ぶことは断念した。


 こちらも自己紹介をする。ファルベが尋ねる。


「李さん、一緒に旅してる人はいないの?」

「あー・・・・『いた』んだけどな。砂漠に入って鬼に食われちまったんだ」


 ファルベが言葉を失った。李はぼりぼりと頭を掻く。


「そんなわけで、心細くてなあ。とりあえず砂漠を抜けるまで、ついて行かせてくれないか?」


 ここまで事情を聴いて断るような性格ではない。分かり切ってはいるが、レントゥスが苦笑する。


(ふたりとも、甘いんだから・・・・・・)


 それでも、彼らの優しさ甘さが嫌いではない、とレントゥスは自覚していた。

2回目のテストでーす。いやでーす。

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