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序章 生との別れ

 思いついて書いてみたって感じのものです。

 俺は、幼いころから不思議な能力を持っていた。


 否。体質と言うべきだろうか。自分で制限できる能力とは違い、これは俺の意思に関係なく、常に発揮されてしまう生まれながらの体質だ。


 とはいえ、俺の体質が引き起こす「不思議な現象」は、本当に時々しか起こらない。しかも不鮮明で、はっきりとわからないことのほうが多かった。それでも、その力が発揮された時の的中率は100パーセントだった。


 俺の特殊体質――「予知夢」及び「未来予知能力」だ。


 夕方、自宅の廊下に漂う芳香を嗅げば、「ああ、今日の夕飯はカレーか」と予測できる。しかし俺の能力はそんな程度のものではなかった。


 寝ている間に夢に見たことが、すべて現実になる。朝食のメニューからワールドカップの試合結果まで。時々だが、それらがはっきりとわかる。予知夢、正夢と言い換えていい。両親が口論して、父が飛び出していくさまも夢に見た。学校から帰り、母が泣きながらそのことを伝えてきたが、俺には何の新鮮味もない。飛び出した父が交通事故によって死ぬのも、俺は知っていた未来だ。


 さらにあてになるのは――何の前触れもなく、ふっと未来の光景が頭に浮かぶときだ。この交差点でトラックと乗用車がぶつかる、そう悟った数秒後にそれが現実になる。


 いま俺の横に立つこの男は、コンビニの店員にナイフを突きつけて金を奪おうとする。そう察知し、俺は誰よりも早くその男を取り抑えることができた。


 俺の未来を予知する力は、希望と破滅を呼ぶ――・・・・


〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇


「お兄ちゃん! 早く早く!」


 妹の英梨(えり)が、俺より少し先で立ち止まって振り返った。大声で呼び、手を振る。


「そんな急がなくても、肉屋はどこにもいかねえよ」


 俺はやれやれと肩をすくめ、足早に妹を追いかけた。


 都会、とまでいかないもののそれなりに豊かな街の、高級ではないにしろそれなりの価値のあるマンションに、俺と妹、そして母は暮らしている。父は2年前に交通事故で亡くなった。母と、俺の進学先について口論になり、怒って飛び出したところをマンションの前にある車通りの多い道で、トラックに撥ねられた。それももとはと言えば、俺のせいだ。父は4年制大学への進学を俺に勧めてきたが、俺は美術の専門学校に行きたかった。母はそんな俺の希望を支え、味方してくれていたのだ。


 絵で生きていくことができる人間は少ない。だからきちんと大学を出て、しかるべき就職先を見つける。父の言い分は至極まっとうで、それが一般的だったはずだ。それは俺にも分かっていた。


 それでも――俺は絵を描くことをやめられなかった。我を通してしまった俺が、父を間接的に死に至らしめてしまったのだ。


 いま俺は、知り合いの洋食料理店で働いている。父を亡くし、母のパートの給料だけではとても家計を支えることはできなかった。俺は4年制大学や専門学校どころか、進学を諦めて就職の道を選んだのだ。そんな俺の境遇に同情したのか、知り合いはバイトとしてではなく正社員として雇ってくれた。元々俺は料理が得意だったので厨房を任されている。料理の腕も上達し、パートで夜遅くまで働いている母に代わり、今では家事のほとんどを俺がこなしている。


 この日俺の勤め先は定休日の水曜日を迎え、夏休みが近いため午前中で帰宅した妹の英梨とともに、マンションから少し離れた商店街へ来ていた。


 デパートやスーパーといった大型施設もあるが、俺も英梨も風情のある商店が立ち並ぶほうが好きだった。そのため少し足を延ばし、ふたりで夕食の買い出しに来ていた。今日も八百屋の威勢のいいおじさんが客を呼び込み、鮮魚店では恰幅の良いおばさんが店主相手に負けてくれるよう粘っている。


 英梨は小学2年生の7歳だ。12歳も年の離れた兄と出かけられるのがよほど嬉しいのか、さっきから飛んだり跳ねたりしている。夏休みを3日後に控えているが、すでに仲のいい友達とプールに行ってきたらしく、小麦色に日焼けしている。毎日室内で料理ばかりしている俺の隣に立たれると、自分の色白さに嫌気がさしてしまう。中学校で陸上をやっていたとはいえ、高校で美術部などに所属してしまえば、こうなるだろう。


 この商店街には地元の者しかいない。俺も小さいときは頻繁に買い物に来たし、今も英梨はよくふらふらと遊びに来ているので、行く先々で声をかけられた。


「おや、英梨ちゃん。今日はユウちゃんと一緒?」


 俺の親世代からずっとやっている駄菓子屋のばあちゃんが、顔をしわくちゃにして笑った。英梨も負けないくらいの満面の笑みを見せた。


「うん! 今日はお買いものなの」

「そうかい。いいねえ、ユウちゃんみたいな優しいお兄ちゃんがいて」


 ばあちゃんはいつもそう言っている。駄菓子屋のばあちゃんは飴玉をふたつ英梨に渡した。


「持っておいき」

「有難う、おばあちゃん!」


 英梨が嬉しそうに礼を言う。俺も軽く頭を下げた。


「すみません、いつも」

「いいのよ、いいのよ。ユウちゃん、英梨ちゃんも、ちゃんと頑張るんだよ」


 事情を知っているばあちゃんらしい、暖かなエールだ。


「お兄ちゃん、どっちがいい?」


 英梨が先程もらった飴玉を掌に載せ、俺に差し出した。ピンクと紫の包み紙だ。察するに、イチゴとブドウだろう。


 俺はいいよ、と言っても英梨は引き下がらないし、余ったほうでいい、と言ってもダメだ。絶対に俺が選ばないと英梨は食べない。英梨がイチゴ味が好きなのは知っているので、俺はブドウの飴をつまんだ。


「じゃ、俺はこっちね」

「うん」


 英梨は頷いて飴をポケットにしまった。歩きながら食べるのは行儀が悪いし、喉に詰まらせたら大変だと母が言い聞かせているのだ。英梨は本当に素直で、優しい。


 目的の肉屋で大量に肉を買って値引きしてもらい、ふたりは商店街から大通りへ出た。国道なので道路の車線も多く、車通りが絶えることはない。この大通りを真っ直ぐ1,5キロほど歩いた先が、俺たちのマンションであり、父が亡くなった事故現場だ。


 横断歩道の歩行者信号が赤になり、信号待ちをしているとき、英梨の目がじっと対岸の一点を見つめていることに気付いた。視線を追ってみると、夏季のみオープンしているアイススタンドがあった。


 あの店のアイスは、俺も英梨も大好きだ。特に子供のころは、夏になるのが待ち遠しくなるほど通い詰めた。


 英梨はわがままも言わないし、特別何かを欲しがったりもしない。それでも、今日の最高気温は今年一番だと言われている。アイスくらい食べたくなるだろう。もっと欲しいものは欲しいと言ってくれればいいのに。英梨は年の割にしっかりしているし、家計が苦しいことも理解しているのだろう。それでも、英梨のささやかな願望を叶えられないほど、落ちぶれたくはなかった。


「アイス、食うか?」

「えっ、いいの?」


 英梨が目を丸くして俺を見上げてきた。俺が頷くと、英梨は大喜びで俺に抱き着いた。アイスひとつでここまで喜べるなんて、なんというか――不自由させてしまっていると痛感した。


 ここの信号は長い。英梨は一目散でスタンドに駆けだしたいのだろう、一気に落ち着かなくなった。


 こけるなよ――そう言おうと口を開きかけたところで、俺の脳裏に稲妻が奔ったように鋭い痛みが襲った。


 信号は赤。無視して突っ込む、大型トラック。立ちすくむ英梨――。


 さっと血の気が引いた。映像が見えたのはほんの一瞬だ。それでも、疑いようがない。


 手を伸ばして英梨を引き留めようとしたが、寸前、歩行者信号は青になった。俺の手をすり抜け、英梨は横断歩道を駆け出していく。


「ま、待てっ! 英梨、行くな!」


 俺の切羽詰った声に、びくりとした英梨が立ち止まって振り返った。その瞬間、けたたましいクラクションが鳴り響いた。


 赤のはずの信号を無視し、まっすぐトラックが突っ込んできた。速度は、ゆうに制限速度を超えている。有名な運送会社のトラックだ。


 英梨は恐怖のあまり動けない。俺は荷物を放り出し、駆けだした。


 中学の陸上選手時代、スタートダッシュだけは素晴らしく良かった。しかし後半になると急激にスピードが落ちる典型的な前半タイプ。


 トラックが英梨と衝突する。その寸前、俺は英梨の小さな体を抱きしめていた。ぐっと目を閉じ、トラックから英梨を庇う。


 衝撃。一瞬で感覚すら失せる、強烈な痛み。どこかで、悲鳴が聞こえた。きっと目撃してしまったどこかの主婦。この時間帯、奥様方は買い物の時間だ。


 地面に叩きつけられたのが分かる。ふっと力が抜け、俺はアスファルトの地面に倒れた。すぐそばで、英梨が身体を起こした。どうやら、掠り傷と打撲で済んでいるらしい。


 ぼんやりと霞んでいる視界が真っ赤に染まった。額から流れた血が目に入ったようだ。ちらりと地面を見ると、真っ赤な血がゆっくりと広がっていく。


 トラックは俺のすぐ後ろで停車していた。トラックの運転手が飛び出す。あっという間に大騒ぎとなった。しかし、それすら俺にはもう、何がなんだかさっぱりだ。


「お……兄ちゃん」


 英梨がずるずると俺の傍に這い寄ってくる。俺はなんとか動く右手を持ち上げた。英梨の頬を伝う涙をぬぐおうとしたが、右手もべったりと血に汚れているのに気づき、腕を下ろした。


「……英梨……だい、じょうぶ……?」


 かすれた声で俺はそう問いかけた。英梨が何度も何度も頷く。俺は少し微笑んだ。


「そう……良か……た」

「お兄ちゃん! お兄ちゃんっ!」


 英梨が激しく泣きながら俺に抱き着いた。ああ、駄目だよ英梨。血で汚れちまう。その服、父さんが死ぬ前に買ってきてくれた服じゃないか。大切にするって言っていただろ……?


 下半身はもう動かない。思考も鈍ってきた。だがどうやら、まだ俺は生きているらしい。それも、ほんの数分の命――。


 英梨の泣く声が聞こえる。英梨、お前そんなに泣いたの、いつ以来だよ? 父さんが死んでから――一度だって、寂しいとか、怖いとか、そんなことで泣かなかった。


 何人か、知り合いの声も聞こえた。あの商店街の人たちだ。そういえばまだこの場所は、商店街の目と鼻の先。あの駄菓子屋のばあちゃんに名を呼ばれた。「ユウちゃん、ユウちゃん」って。


 サイレンが聞こえる。パトカーか、いや救急車かな?


 もう何も考えられない。ぐったりと目を閉じ、なされるがままにした。そのうち身体が軽くなって、救急車に乗せられたのはなんとなく覚えている。救急車の中では英梨の声と、男の人の声が聞こえた。誰だったっけ……? あの商店街の誰かなのは確かだが、思い出せない。


 ぼんやりながらも意識を保てたのは、ここまでだった。


◆〇◆〇


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……


 ひとりの青年の命が尽きようとしていた。心拍数を刻む音は、徐々に短くなっていく。


 10時間を超える大手術だったが、病院に搬送された時点で大量の血を失い、あと10分でも遅かったら失血でショック死していたと医師に言われた。とはいえ、ほんの数時間の延命にすぎない。


 全身が包帯で覆われ、酸素マスクを装着されている青年は、ただ静かに眠っているだけにしか見えなかった。だが病室は、不気味な静寂に満ちている。


 ベッドの傍に膝をつき、青年の手を握っているのは彼の妹。元々は彼女が轢かれそうになったところを、兄が身を挺して守ったのだ。もう深夜を回っているというのに、妹に眠気などまったくなかった。兄の手を強く握り、泣きぬれて赤く充血した目でじっと兄を見つめている。


「お兄ちゃん……嫌だよぅ……」


 少女はそうつぶやいた。そのすぐ後ろに立つのは50代に入ったか入らないかという年代の女性。青年と少女の母親だ。彼女はいま、2年前に亡くした夫に続いて、息子までを交通事故で失おうとしている。母の目も涙で濡れており、息子の事故を知ってパート先から共に病院へ駆けつけてくれた同僚の女性に支えられ、かろうじて立っている状態だ。


 ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……


 さらに離れたところには、治療を担当した白髪交じりの医師と、助手の若い医師、そして看護師が控えていた。彼らは何も言わない。手の施しようがなかったことは、もう伝えてあった。


 ピッ……ピッ……


 音の感覚がさらに広くなる。耐えられず、母親が泣き出した。


悠一(ゆういち)……! ユウ、ユウ……!」


 ピッ……


 ピー。


 青年の生命を表していた音が消えた。黙っていた医師が進み出て、頭を下げる。


「……お亡くなりになりました」


 その言葉がスイッチだったかのように、母は大声を上げて泣き叫んだ。同僚の女性が必死に彼女を支える。ユウ、どうして、なんで先に逝っちゃうの。なんでお父さんの後を追っちゃうの、ねえユウ、どうして……。


 母の声は病室に響いた。妹の少女は兄のベッドに顔をうずめた。


「お兄ちゃん……ごめんね……ごめんね……!」


◆〇◆〇


 自宅マンションに帰ってきたのは、朝の6時近かった。


 英梨はぼんやりと見慣れた室内を見回し、おもむろにテレビのチャンネルを入れた。朝のニュース番組を放送しているチャンネルに合わせると、女性アナウンサーが無表情でニュースを読み上げていた。


『昨日午後2時40分ごろ、〇〇市1丁目交差点で、飲食店従業員の遠藤(えんどう)悠一(ゆういち)さんがトラックに撥ねられ、病院に運ばれましたが死亡が確認されました。遠藤さんは小学生の妹さんとともに横断歩道を渡っている途中、信号を無視したトラックに妹が轢かれるのを庇い、亡くなりました。逮捕された運送会社社員の鈴木容疑者は警察の取り調べに対し、昨日から徹夜で疲れていた、居眠りをしていたと供述し、容疑を認めています。それでは事故現場で取材をしている青木さん、現場はどのようですか?』


 その言葉で画面は切り替わった。間違いなく、あの交差点だ。商店街の入り口が見える。規制線は解除されているようだが、地面にうっすら残った血痕が生々しい。実況者の青木は中年の男だった。


『はい、こちら現場の交差点です。昨日のうちに規制は解除され、今朝は通常通り通行できます。遠藤さんは近くの商店街に買い物に出かけた帰りで、ここから国道沿いを真っ直ぐ1キロほど進んだところに、遠藤さんの自宅マンションがあります。鈴木容疑者の運転するトラックはあちらの十字路からまっすぐ国道を横切り、この横断歩道で遠藤さんを撥ねたということです』

『青木さん、遠藤さんは妹さんを庇って亡くなったということですが、どういう状況だったのでしょうか?』

『事故を目撃した近所の方によると、横断歩道が青になった瞬間に小学生の妹さんが先に横断歩道を渡り始め、同時に遠藤さんは静止の声を投げかけたということです。荷物を放り出し、妹さんを抱きしめていたそうです』

『その妹さんは無事だったのでしょうか?』

『はい、軽傷です。遠藤さんは数年前に同じような事故で父を亡くし、母と妹の3人で暮らしていたということです。親しかった近所の人によると、遠藤さんは家計のために大学進学を諦め、就職を選んだそうです。年の離れた妹さんをとても大事にして、しっかりした優しい性格であったと……』


 そこまで聞いたとき、急にテレビが消えた。振り向くと、リモコンを手にした母が佇んでいた。


「……英梨、ごめんなさい。お母さん、しばらくニュース見れないわ……」


 母の声は暗く沈んでいた。英梨の前に膝をつき、その眼を見つめる。


「英梨、あんたは悠一が命を投げ出して守ってくれたからここにいるの。それを忘れないで。悠一のためにも、しっかり生きるのよ。お母さんも頑張るから、頑張って……あんたを大学へ行かせるわ」

「大学……?」

「お兄ちゃんはね、私たちのために行きたいところに行けなかったの。でもね、英梨。あんたはちゃんといい大学に行くのよ」

「……うん……」


 英梨は頷いた。


 しかしそれから数月が経ち、この母子の遺体が発見された。娘は荷造り用の細いロープで首を絞められ、母は天井から吊るした同じロープで首を吊っていた。『私一人ではもう限界です。家族の元へ行きます』と書かれた遺書も見つかり、心中をしたのである。


◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆


 悠一ははっと覚醒した。いや、覚醒したという表現は不適格だ。自我を持った、というべきだろう。


 意識はあるが、自分の実体が存在しないのだ。手も足も、すべての感覚がない。ただ見える。自分はどこか、暗い闇の中に漂っているのだと。


『……ここは』


 声は出ない。ただ思考しただけだ。と、目の前に眩い光が現れた。


『我は狭間の番人。ここは現世と黄泉の狭間だ、終焉を迎えた者よ』


『……俺、死んだのか……』


 悠一はぼんやりと呟いたが、我に返った。


『そうだ、今の夢……夢はなんだ? 英梨も母さんも、どうして……?』


『「定め」だ』


『定め……?』


『お前は死に、あの母子も命を絶つ。すべてはあらかじめ定められていたことだ』


 定め。運命。宿命。抗えぬ時の流れ。


『……そんな定め、受け入れられるかよ!』


『ふむ……』


 声の主はしばらく黙り、やがて言った。


『お前は未来を予知する力が備わっている。未来を予知する……それは神の力。すべての未来を知る神の力の片鱗が、お前にはある』


『……なんかよく分かんないけど、それで?』


『神の加護を受けし者を、無下にするわけにはいかん。お前に、やり直す機会を与えよう。事故の寸前まで遡り、定めを変えて見せよ』


 悠一が事故で死ななければ、母は追い詰められず自殺などしなかったはずだ。その事実を、覆すことができる。そう思い、悠一の胸は高鳴った。


『ただし条件がある。お前にはこれから「黄泉」の国へ行ってもらおう』


 そう簡単にはいかないと思っていたが、お約束だな。悠一はそう思った。


『死者の国ってことか』


『そうだ。黄泉とは、来世に生まれるため記憶を浄化する場所。お前も例外ではなく、一度立ち入れば記憶の浄化が始まり、過去の出来事を思い出せなくなるだろう。その中で、お前は最後まで妹と母親のことを覚えていられるか。それだけの強い心があるか』


『ああ。英梨のため、母さんのため……なんだってやる』


『ふっ、躊躇いもなく言ったか。分かった、では行くがいい』


 狭間の番人の言葉と同時に、悠一は下へ下へと落ちて行った。


 何があるのかは、分からない――それでも行く。英梨のことを覚えていられるかではなく、覚えているのだ。絶対に忘れない。理不尽な未来を、この手で変えると、悠一は誓った。

「遠き空の下」完結(50話)

「Red eyes ~見失いゆく己」連載中


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