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死亡者ガイダンス

作者: 結城 祐

俺は地獄も信じてなければ、天国も信じてなかった。

宗教の類も全く信じてないし、神様なんてもっての他だ。


まぁ欧米人に対して「俺は無宗教」と言うと、妙な生き物を見る目で見られるから、

海外出張の時だけは『上っ面仏教徒』だった。



そうだ、今日は雨だ。



街灯が有っても尚、暗い少々小さめの交差点。

俺は横断歩道の真ん中に立っている事に気が付きふとそう思った。


俺の手には一枚のA4サイズの高級コピー用紙。

でも雨の中でも不思議と紙は濡れずに、ピシッと高級紙の名に恥じない滑らかさを保っている。

今気が付いたが服も濡れていない、髪も朝にセットしたままで雨の影響を受けていない様に思える。


俺は紙に目をやった。

紙に印刷された文字には、一般的なフォントでこう書いてある。



『死亡者ガイダンスのお知らせ』



死亡者ガイダンスとは何だ?

ガイダンスってのは、会社や大学なんかで受けた言わば説明会みたいなものだが、

気になるのは死亡者の三文字の方だ。


死亡者?

誰が死んだって?



闇の中から白い車が走ってきた。

心地の悪いサイレンを鳴らしながら。

俺の目の前を通り過ぎると、その車は交差点の真ん中で止まった。


交差点には先客がいたらしい。

不自然な位置にタクシーが止まっていた。



白い車から何人かが降りてきて、何かを運んでゆく。


運ばれてゆくのは人だった。





そして俺だった。






どうやら俺は死んだらしい。

と言うと、これが死後の世界で、俺はいわゆる幽霊って事なのか。


ふぅ・・・色々考えなければならないが、幸い子供所か結婚すらしていない。

両親も一昨年と去年に続け様に、若くしてこの世を去った。

いや待て、この世の場合、あの世がこの世で、この世があの世で・・・?



ややこしい。



兎に角、悲しむ奴は少ないって事だ。

同期の女性に片思いならしてたが、未練はあまり無い。

むしろ、『こっちの世界』で今から何が起こるかの方が興味深い。


俺はもう一度、手にいつの間にか握られていたコピー用紙に目をやって。

今度は事細かに、一字一句見逃さずに読んでいった。



俺の解釈が間違っていなければ、このガイダンスは死亡した人に向けて毎晩行われているらしい。

場所は各地の学校や病院で夜中の3時に行われるとの事。


成る程、深夜に学校や病院で幽霊を見るってのは、あながち嘘じゃなかったって事か。

タクシーにやられたのは不幸だったが、死んでみてこうも早く新しい発見が出来るとは幸運だ。


釣り合ってないか?

いや、価値観は人それぞれだろう。


さて今の問題は現在時刻だ。

夜中の3時に間に合わないと、何も分からないまま24時間過ごす事になる。

俺は身につけていた腕時計に目をやる。


午前1時45分。


そうそう、明日は休みだったからこんな時間まで同僚と飲んでたんだっけ。

その帰りにこの様だ。



ガイダンスで質問コーナーがあったら、怨み方でも教えてもらおう。

無論冗談だが。




さて、ここから一番近いのは、俺の母校でもある高校だ。

何気に歩きだと、時間も足りない恐れが出てくる。

さっさと歩を進めよう。


歩を進める、という事だが、どうも所謂空中浮遊的な事は不可能らしい。

人間の幽霊観は当たりも有るが、外れも多いのか。

そりゃそうだ、生きてる人間の誰がこんな体験を出来るだろうか。



交差点を西に進むと少しずつ住宅街が見えてくる。

世間一般的に言う閑静な住宅街ってヤツか。

まぁそれなりに新しく、立派な家が多い所を見ると、高級住宅街である事は確かだ。

屋根の色は様々で、ほぼ全ての屋根にはソーラーパネルが付いている。


俺の家は交差点の東側だから、正直あまり詳しくは無いんだが、

学生時代からそれなりに治安は良かった記憶があるから、やはり高級住宅街か。


それぞれの家のガレージには、高級車が止まっており、

中には大型の番犬を飼っている家も多い。


俺があたりをキョロキョロ見回しながら歩いていると、

一匹のドーベルマンが寝ている姿が目に付いた。


はははっ、かの有名なドーベルマンも幽霊相手じゃ・・・って、おいおい。


俺が驚くのも無理は無いと思う。

何とそのドーベルマンは、目をパッと開けたと同時に立ち上がり、俺の目をじっと見つめてきたのだ。

その距離およそ5mかそこらだが、流石にギョッとした。

思わず後退りしたほどだ。


暫く、時間にして大体数秒経った頃だと思うが、ドーベルマンは俺に向かって唐突に吠え出した。

閑静な住宅街、それも夜中だ。

その声は、残響か反響かを繰り返して大きく響き、俺の鼓膜を大きく震わす。


不思議な話だが、久しぶりに生きている心地がした。

もう死んでるのに、死んで間もないのに。



そして、逆に改めて自分は死んだ事を実感した。



飼い犬の異常を察知し、飼い主と思われる老夫婦が玄関の扉を開け、

その犬の名を呼んで何とか鎮めようとする。


勿論、その老夫婦には俺の姿は見えてない。

見えない何かに吼え続ける犬を鎮める事に必死だ。

そうでないにしろ、見えなど決してしないが。



それを思うと俺はより一層「死んでしまったんだ」と言う気持ちが強まった。


・・・いや、何をしんみりする必要が有ろうか。

後悔も未練もないはずだ。




「ワンッ!ワンッ!!」




おおっと、いい加減近所迷惑か。

この犬コロも、飼い主も起こして悪かったな。


「じゃあな。

 もう二度と、起こさないからよ」


俺が一匹のドーベルマンに対して、片手を小さく挙げそう言うと、ソイツは直ぐに吼えるのを止めた。


「ははっ、賢いヤツだ」



俺はそう言うと、直ぐにその場を去った。


もしかしたらこの世で最後に話したのは、犬コロになるかもしれないな。


そう思うと、俺は一人で「ぷっ」と噴出した。






さて、閑静な住宅街を抜けるといよいよ学校が見えてきた。

辺りには緑が多い公園なんかもあり、その高校も緑が豊かな私立高校だ。


治安も良いこの地域の高校だが、お金持ちの通う学校と言うよりかは、

この地区有数の進学校であった。

ま、そんな事はどうでもいいか。


最近作り直されたであろう真っ白な正門を抜けると、広いグラウンドが見えた。

雨が降っているからか、土はドロドロにぬかるんで気持ち悪い事この上ない。

グラウンド端にはテニスコートが6面、それがありながら尚も野球とサッカーが、同時に出来る程の十分なスペースがある。

俺が在学中の頃とちっとも変わってない、無駄に馬鹿が付くほど広い敷地の学校だ。


俺は直ぐに体育館へと向かった。

手に持っている紙には、開催場所は各学校の体育館と書いてあったからだ。

確かクラス用の校舎とは別に、離れで体育館が有ったはずだ。

そうそう学校の北側で、プールの直ぐ隣。


しかし、夜の学校ってのは不気味なもんだ。

今にも化けて出てきそうな気がする。



俺の事か。



体育館入り口を目指して、ぬかるんだ地面を歩きながら、俺は時間を確認しようと学校の校舎に付いている時計を見ようと試みた。

しかし、今は深夜で雨。

確認しようにも確認できない。


ちっと小さく舌打ちすると、腕時計を見た。



午前1時45分。


あれ?

確かさっきもこの時間だったような気がする。


・・・・もしかして、俺は時計を凝視した。



秒針が動いてない。




死んだ衝撃で時計が壊れやがったみたいです。




今更だが、俺を殺したタクシードライバーを恨んだ。

そこかよ、と言うツッコミは受けつけん。


ったく、この時計結構高かったのにな。


俺が悪態をついていると、体育館の重い鉄製の扉が開いている事に目がいった。

遠くから見たら分からなかったが、近寄ってみると体育館も最近新しくなったらしい。

外から見ても十分過ぎるほど綺麗な白塗りで、どうも体育館っぽくないような気がする。


俺はその入り口から中を覗き込む。

恐る恐る、何て事は無い。

だってもう死んでいるんだ。


覗き込むと中は綺麗なフローリング、と言うのか?

兎に角綺麗な床に壁。

内装は外装と比べても綺麗な造りをしており、このような環境で運動が出来る今の学生を少しだけ羨ましく思った。


気が付いたのはそれだけではない。

入り口を入って直ぐ左手に木製の長机があった。

そこに椅子に座った白装束を身に纏っている綺麗な女性が二人が居たのだ。


二人は俺に気が付くと、ニコッと笑って一言「どうぞ、こちらが受付です」と言った。


ここを歩いてくるまでに何人かの人とはすれ違ったが、久しぶりに意識されたな。




犬以外は。




ちょっと新鮮だった。


俺はその二人が居る机の前に立つ、と少しだけ声を震わしながら声を発した。

無論恐怖の震えではなく、久しぶりに人と話せる喜びの表れだ。


「あの~、今からここで何を?」


「あら?紙はお持ちですよね?」


俺の問いに向かって左側の女性が答えた。


「えぇ、まぁ・・・だけど、『死亡者ガイダンス』って一体・・・」


「それは、後ほど始まってから分かる事ですので、こちらで受け付け用紙に記入をお願いします」


先程と同じ様にニコッと笑って、今度は向かって右側の女性が机の上の紙をペンと一緒に差し出した。



何々・・・お名前と・・・死亡年齢・・・・死因・・・何だこれ?


「あの、これってどんな意味が?」


「深くは考えなさらないでください。

 飽くまでも本人確認の為の受付です。

 こちらが持っている資料と明らかに異なる情報を記入した場合、参加が出来ない場合がございます。

 正確にご記入をお願いします」


「は、はぁ・・・」


「あ、それともご自身の死因が分からないのですか?」


俺の気が進まない様子を見てか、右手の女性が頭を傾け、顔をキョトンとさせて訪ねてくる。

なるほど、そういう人も居るかもしれないな。


「い、いや、多分だけど分かってる」


「でしたら、どうぞご記入下さい」


物凄い事務的に、再び二人揃ってニコリと笑った。

分かっていても俺はその笑顔に乗せられて、ペンを手にとって記入項目を埋めていく。




死亡年齢は27才、死因は交通事故。

まさか自分自身の死因を書く事になろうとは、出来の悪いお笑いのコントじゃあるまいし。


「これで」


俺はもう一度紙に目を通すと、彼女達の前に紙を差し出した。


「え~と・・・・はい・・・はい・・・はいっ。

 手持ちの資料と情報が一致しましたので、どうぞ一番奥の席の列へお座り下さい」


右手の女性は、手に持っている資料と俺が書いた紙に交互に目を配りながら確認すると、

彼女はこの体育館の一番奥、舞台から向かって左手の椅子の列を手で示した。


「あぁ分かった、ありがとう」


俺は言われるままに一番奥の席に向かった。

一番奥だけあって、そこに着くまでに様々な人間が見えた。

人数にしてざっと100人程だが、体育館一杯にパイプ椅子が並べられているので空席も目立つ。


勿論表情も様々だ。

まぁ基本的には皆が暗い表情をしているのだが、俺と同様に何が起こるのかワクワクしている者もいたし、逆に泣きじゃくっている者もいた。


しかし、この列は何によって分けられているんだろうか?

年齢か?それとも死因か?無差別か?



『間もなく死亡者ガイダンスが開始されます。

 皆様、ご着席下さい』



俺が席に着くと同時に、先程の女性の内の一人が舞台の上で、マイクを手に持ちアナウンスを始めた。


あ、俺の事か。


と、自分以外の人が全員座っている事に気が付くと、俺は慌てて空いている席に座った。

隣には誰も座っていない。


古びたパイプ椅子がギシッと音を立てた。


死んでいるのに物に対する質感は有るのか。

でも雨には濡れなかったし、まだまだ分からない事が多い。



「え~、それではこれから『死亡者ガイダンス』を始めさせていただきます。

 私、本日のお相手を勤めさせていただきます、

 世界心霊協会日本支部広報部説明係の是石これいしと申します」



え~と、何々。

世界心霊協会だって?

なんじゃそら、聞いた事すらない名前だ。


「お足元の悪い中、お集まりいただきまして本当にありがとう御座います。

 本日は私が死後の世界での今後について説明をしてゆきます。

 何かご不明な点が御座いましたら、最後に質問の時間を設けておりますので、

 説明の最中はご質問はお控え下さい、ご協力をお願いいたします」


そう言って、彼女は深々とお辞儀をした。

一応質問コーナーはある訳か、いや呪い方なんて聞こうと思っちゃいないよ。


「さて、早速本題へと参りましょう。

 死後の行き先は大きく3つに分かれております。

 まずは、こちらの一番左のブロックの方々」


お、早速俺の列か。

俺の列って言っても、この2列で並んでいる椅子の左から4列分が一番左の列らしい。

微妙に間隔が別のブロックとは違っているのを見たからだ。


人数にして20人ちょっとか。


「あなた方は、人生を精一杯に生きた方々です。

 よってもう一度転生をする前に『天界』で10年間過ごしていただきます」


精一杯・・・かどうかは分からんが、とりあえず悪い事では無さそうだ。


そりゃそうだ、法も犯した事は一度もないし、真面目に仕事もしてた。

『運悪く』車に当たっちまっただけなんだ。


「『天界』はこの『現世』よりも素晴らしい楽園です。

 まぁ、いわば人生のご褒美とも言えるでしょう。

 あぁ、私もまた戻りたいものです・・・・」


おい、思い出に浸るなっ。

仕事しろ、仕事っ!


「・・・はっ・・・す、すみません。

 少し取り乱してしまいました。

 兎に角っ、それ位すばらしい場所という事です」


それを聞いた俺の前に座る連中の空気が若干明るくなった。

実の所、さっきまでは形容できないくらいに暗かった連中だったんだがな。

ま、微々たる変化なんだけど。


まぁ俺みたいなお気楽物で無いと、ああなるわな。


「でも注意して下さい!

 『天界』での行いが悪いと、転生をした際に、

 人間として与えられる能力が総合的に低くなってしまいます。

 まぁ、これは天界の管轄のお話なので私にはどうしようも有りません」


成る程、つまり彼女の居る協会は、所謂『あの世』への橋渡しをサポートする協会な訳だ。

きっと彼女の上司にその行き先を選別する様な奴が居て、それをここで通知する。

そう言うシステムになっているんだな。


「えと・・・次は真ん中の列の方。

 今回はお一人ですね」


俺は「お一人」と言う言葉に反応して、真ん中の列を少し席から立つ形で見てみた。


本当だ。

一人しか居ない、それも帽子を被った中肉中背の中年男性。

随分やつれた様子で、下を向いて俯いている。


後ろから見る限りあの制服は・・・タクシードライバーっぽい。




待てよ。

タクシーか。




まさかな。




「あなたは、人生において大きな罪を犯しました。

 よってあなたは『奈落』の世界へと10年間行って貰います」


彼女は俺でも分かる様なヤバ気な事を、その男に言い放った。

表情はいたって笑顔のままである。


男の俯いた顔が、物凄い勢いで上げられた。

何故俺が、とでも言いたげな表情をしているに違いない。


「話によると『奈落』はとっても厳しい場所みたいです。

 私は悪い子じゃ無かったので、縁は全く無かったのですがね~、ふふん♪」


おいおい、是石さんとやら、キャラが崩壊してるぞ。

いつから嫌味キャラになったのか。


「でも、安心して下さい。

 ここでもしっかり過ごせば、転生後はちゃんとした人間として生まれ変われるらしいです。

 これも『奈落』の方々の管轄なので、断定は出来ませんが。

 何せ、私は『天界』出身ですから」


だから、そのキャラは一体??

いや待て、元からそのキャラで、今まで隠していたと言う事も考えられる。

うむ、人はそれぞれ。

十人十色なんだ。


「さて、では最後に―――――「待ってくれ!!」―――――――はい?」



彼女が次の質問へ移ろうとした瞬間。

先程まで言葉を向けられていた男は、勢い良く席を立ちそう叫んだ。


体育館に集まる人々の目が、一斉に彼に向けられる。

彼女は先程の受付の時見せたような、キョトンとした表情でその男を見た。


「私は確かに事故を起こした、それもついさっきだ!

 でも私もその事故で死んでしまったんだ。。。

 運転してたら歩行者を轢いてしまって、そのままフロントガラスを突き破って私まで・・・。

 何故俺が・・・その『奈落』とやらに行かないといけないんだ!?」




・・・俺の思っていた「まさか」が確定した。

つまりだ、俺が横断歩道を渡っていた時に、あの男が運転するタクシーが俺に突っ込み、

突っ込まれた俺は何を思ったか、運転席に突っ込み返し、二人共お陀仏ってことだ。


・・・一応言っておくが、運転席に突っ込んだのは偶然だ。



ったく、何で殺しあった人間同士が死んだ後に同じ体育館で話を聞いてるんだよ。

滑稽な話だ。


俺は気まず過ぎるこの場の空気に負けて、何とか男にばれない様に椅子から浮かせていた腰を

静かに下ろした。

またしても小さく、ギッとパイプ椅子が軋む音がした。



「むむ・・・説明中の質問にはお答えしかねるのですが、これでは話を続けようが有りませんね。

 特別にお答えしましょう」


困った様子で彼女はサラサラの長い髪を指で触りながらそう答えた。


「え~とですね。

 手元の資料によると」


彼女は手に持っていた紙の束をペラペラ捲っていくと、とあるページで捲るのを止め、

舐める様にそのページを見ながら話し始めた。


「この時、自動車側の信号は赤色だったのにも関わらず、そのまま信号を通過していった。

 と、あります。

 これは我々の協会の管理部による資料なので、信憑性もあり確かな物です。

 つまりあなたは『加害者』にあたる訳です」


「そんな・・・・だったら私を殺した奴はどうなんだ?

 ソイツもこの場に居るんだろっ!?」


男はその場で後ろを振り向き、キョロキョロと辺りを見回した。

この場合、探しているのは間違いなく探しているのは俺の姿だ。


まさか・・・殺した相手の顔を覚えているなんて事は~~・・・・あ。




目が合った。




「・・・・!!

 お前だ。

 背広姿とその顔、髪型・・・・ぶつかる瞬間ヘッドライトに照らされてたのを覚えている・・・!」


男はその場を離れ、俺の元へゆっくり、ゆっくり、歩いてくる。

その表情には生気などは、とてもじゃないが感じられない。


「何でお前はそっちなんだ・・・?

 俺は『奈落』で・・・お前は『天界』だと?

 お前は俺を殺したのに・・・・ナンデ・・・ナンデ・・・」


男の姿が徐々に人と言う物から離れていっている。

目には理性の欠片も感じられず、口は開けっ放し。

まるでどこぞ怪物かの様な形相だ。


動けない、体が動かない、声も出せない。

何だこれ、金縛り?


何で死んでから金縛りを初体験しなきゃならないんだよ!?


ちょ、ちょっとタンマッ!

死んだから恐怖心が無いとか言ってたけど、やっぱり前言撤回!!


てか本当はドーベルマンで結構ビビッてましたっ、申し訳ないっ!





意味不明な弁解も空しく、化け物と化した男はコツッ、コツッ、と革靴独特の足音で迫り来る。

奴と俺との距離は残り1m程だ。


ついに、奴の手が俺の首に伸びて来た。


絞め殺されるっ、と俺は自分の死を覚悟した。

一度死んでいるのに変な話だがな。


俺は反射的に首に力を入れた、がその瞬間。


「ウガァァァァ・・・・!!

 ハナセ・・・・ハナセッェェ!!」


悲鳴を挙げたのは男の方だった。

良く見ると、奴の伸ばした腕の手首に、白装束の中から伸びた一本の細く白い腕が伸びていた。

急に体が軽くなったように、金縛りから抜けだした俺は、俺を救った一本の腕の持ち主を見上げた。


彼女は先程受付をしていたもう一人の女性だ。

その証拠に、説明をしていた彼女は舞台上であたふたしながら走り回っていた。



「悪霊化が始まっているな・・・」


俺の隣で彼女は、受付の時の声とは打って変わって低い声でそう呟いた。


「仕方ないか・・・霊香っ!!」


「はっ、はいっ!」


霊香、と呼ばれた舞台で説明していた彼女はピタッと走るのを止め、その声にマイクで返事をした。

焦っているのか、その声は先程の説明の時よりも、やや大きく聞こえた。



「まだ完全に悪霊化しない内に、さっさと『奈落』へ送ってくれ!!」


男の力が強いのか、腕を震わせながら必死にそう言い放つ彼女。


「ええっ!?

 だってこの間も、それやって『奈落』のお偉いさんから苦情が来たって本部から叱られたんだよ!?」


「知った事かっ!!

 もう何回やったか分からないだろっ!

 さっさとやれ!!」


「もうっ・・・姉さんったら、怒られる時は姉さん一人のせいだからね!!」


そう言って、霊香は両腕を大きく開くと、その場で何かを呟きだした。

何を言っているのかは分からないが、早くして欲しい事この上ない。

もし、俺の近くの彼女が力尽きたら俺はどうなるのやら。


「えいっ!!」


霊香はそう叫ぶと、俺のまん前に居る化け物となった男は白い光に包まれて、

ものの数秒で光の中へと消えていった。


断末魔を挙げる暇も無かったのか、それとも苦しみが無いのか。

最後まで男は俺に向かって何かを言い続けていた。

すでに言葉として聞き取れる様なものではなかったが。


でもまぁ、何とか助かったって事かな。

何で死んだ後に、死の恐怖に追いやられるのか。。。


「ったく・・・霊香っ!!

 アンタってば、いちいち人を苛立たせるんだからっ!

 悪霊が一人でも減る様に、当たり触り無い説明の仕方を身に付けなさいっ!」


「はぁ~い・・・・」


怒られた霊香は、大袈裟と思える程しょんぼりと俯いて答える。

もちろんマイクでだ。


そういや、途中であの霊香って子は、この女性を姉さんって言ってたな。

姉妹ねぇ、言われてみれば目元なんかがソックリだ。


俺は二人の見た目を見比べるように目を動かすと、突然姉の方と目が合った。


「お怪我はありませんか?」


彼女の表情は柔らかく、ニコッと受付の時に見せた笑顔と声にすっかり戻っていた。


「あぁ、ありがとう」


先程の男っぽい姿からの変わり様に驚いたが、俺は何とか平静を保って返事をした。


俺の声を聞くと彼女はもう一段階上の笑顔を見せてから、手を挙げて舞台上の霊香に合図をした。

それを見た霊香は「おっほん」と小さく咳払いをして、話し出した。


「お見苦しい所をお見せした事を、深くお詫び申し上げます」


お見苦しいどころじゃなかったが。


「では、続いて最後のブロックの方々の話に参ります。

 最後の方々は、何があったかは知りませんが自殺をしてしまった方々です。

 あなた方は『天界』にも『奈落』にもいけません。

 実に中途半端ですが、仕方有りません。

 さて、このグループの管轄は私達なので、

 『天界』出身の私でもどうなるかは良く知っています」


・・・いちいち、嫌みったらしい奴だ。

もしかして、さっきチラッと出てきた悪霊って奴だが、

世間一般的に言う悪霊とやらはアイツが元なんじゃなかろうか。


「自殺した方々には、今すぐに生まれ変わって貰います!」


一番右側のグループ。

すなわち自殺グループの連中の一部は何故か歓喜の声を挙げた。


そりゃそうか、今の自分が嫌になって死んだんだもんな。

直ぐにでも別の自分になれるって事だし、嬉しいわな。

喜んでない一部の連中は、きっと生き返るのも嫌なのだろう。




「ただしッ!!!」




霊香の声が、歓喜の声を切り裂くように体育館に響き渡る。


「人間としての能力は全く変化しません!

 頭脳も運動能力も容姿、家庭環境、全てのレベルが元通りで人生をやり直してもらいます!

 勿論、記憶は有りません。

 それが・・・現世に生まれながらも自ら命を絶った貴方の死後の世界です!」


辺りが静まり返った。

「自分を変えたい」と思って、自殺した人間が殆どであったのだろう。

しかし変化が無いと言う事は、もう一度同じ人生を歩むかもしれないという事になる。


これが彼らにとってどれ程の意味が有るのか、想像がつかない。


「苦しくなって自殺したのは分かります。

 ですが、命を粗末にはしないで下さい。

 死んだって何も変わらないのです。

 変化などしないのです」


なるほど・・・、彼女の言う事には一理ある気がした。

アイツもまともな事が言えるのなら最初から―――――




「まぁ、せいぜい次は私の様に『天界』にいける様に頑張る事ですね、ふふん♪」





―――――前言撤回ッ!!!


奴は何にも分かっちゃいない。




「さて、皆様。

 私の馬鹿な妹の為に、またしても悪霊が生まれる危険性が御座います。

 説明不足では御座いますが、ここは私の手で一足早く一斉に皆様を『天界』へと送り申し上げます。

 詳しい説明は『天界』の担当者にお聞きください。

 では皆様、よい『天界』生活をお過ごしください」




姉の彼女が、妹の失言を聞くや否や、両手を広げそう言った。

そして、次の瞬間には俺は良く分からない空間へと飛ばされていた。







これが、俺が『天界』へと至った経緯だ。

後で『天界』にいた親父とお袋に聞いた話だが、

あのガイダンスの姉妹は『天界』じゃ知らない人間は居ない程の有名人だそうだ。


あの学校でガイダンスを受けた奴は皆、悪霊を見た事があるんだとさ。




俺の親父とお袋も含めてな。




天空じゃ『悪霊メーカー』と呼ばれているらしい。

迷惑な話だ、俺にも悪霊になった人間にとってもさ。




さて、俺はあと10年で転生できる訳だが、最後に言っておきたい事がある。



これから死にゆく連中へのアドバイスだ。


自殺をしようとする奴は止めておけ、何も変わらない。

犯罪をしてしまったなら、それなりの覚悟はしておけ。



普通に死んだ時は言う事は余り無い。



ただし、俺の母校には絶対に行くな。

私立高校じゃなく、公立の学校か病院に行けば大丈夫だ、いいな。



あと、人生は精一杯生きろ。


今のところだが、『天界』は素晴らしい場所だから。








さて、時間があったので書いてみたSFの作品。

何か書いてるうちに楽しくなっちゃって、

今後長編を書くときに使っちゃおうかと思った程。


・・・てかこれはSFで良いんですよね?ね?



さて、この主人公とも言える男。

最後まで詳細という詳細が不明であった訳ですが、余り気にしないで下さい。

こちらもその気で書いている訳では御座いませんので。

どちらかと言えば、書いている途中で思いついた名物姉妹の存在の方が大きくなっちゃった感じ。


まぁ私の作品なぞ、こんなもんだろう。


自分としては、もうちょいシリアス路線で行くつもりだったんですが、

何時もの癖で最終的にコメディ全開で突っ走ってしまった。


だが、反省はしていない。


猛省はしている。


感想は私の唯一の心の支えです。

気が向いたら一言でもいいので、感想を下されば幸いです。

また別の作品も読んでくだされば幸いです。


↓は私のブログ『U日和』

もはや小説は全く関係の無い内容で、不定期更新中。


http://u0831.blog89.fc2.com/





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