生誕の地へ
新東京国際空港を発った司馬剣とぽんちゃん、それにカメラマンの三人は、北京経由で中国四川省成都双流国際空港に降り立った。
ぽんちゃんに成都での記憶などある筈もないが、歹徒龍から自分がこの空港で拾われたと聞かされていたので、何だか妙に胸に込み上げるものを感じた。彼女の会うことのない両親への想いがそうさせたのかも知れない。
ぽんちゃんは今まで自分の世話をしてくれた何人もの大人との出会いと別れを繰り返してきたので、そういう人たちとは時が経てば必ず別れるものだと思っていた。それが『良い人』であれ、『悪い人』であれ、感謝の気持ちは忘れなかったが、未練を感じたり、回顧することはこれまでの彼女の中では有り得ないことだった。しかし、彼女はこの空港に降り立った時、初めて『親』というものの存在を意識し、自分なりに実感した。
司馬剣はここ四川省の出身で、雪山登山のエキスパートでもあり、かつては格闘家でもあったという。それなりの体格をしていたので、ぽんちゃんはまんざら嘘でもなさそうだ、と感じた。大熊猫繁育研究機関に入る前は何をしていたかとぽんちゃんが尋ねると、彼は一言、『格闘』とだけ言った。
三人はその日成都市内の観光ホテルに泊まり、翌早朝から司馬剣のレンタルした大型RV車で新疆ウイグル地区へと向かった。夕方一行はヒンドゥークシュ山脈の山麓で中国とアフガニスタンの世界一高いといわれる国境の近くに小さなテント村を作った。司馬剣のいうところの『小指の先』辺りである。 そして、番犬用に相当訓練されたという二匹の大型犬、シベリアンハスキーとセントバーナードを連れてきたので、犬小屋をそれぞれテント脇に組み立てた。反対側の角には、かまどをこしらえて火を入れた。