就職面接
『生きもの生態研究協会』。その団体の名称は実に分かりにくいものだった。
名称も不可解ながら、周りが皆十階建以上のビルの谷間に位置するその団体の二階建てのビルは、かなり特異な雰囲気を醸し出していた。ぽんちゃんは、ガラス貼りの扉を開けて受付で用件を伝えると、すぐに脇の応接室へ通された。
しばらくして、四十歳前後のかなり体格の良い太った作業服姿の男と、対照的にひ弱そうな背広姿の若い男性が続いて入室してきた。太った大きな男が口火を切った。
「やあやあ。固くならないでね。どぞ、どぞ。座ってね」
その男の言葉は中国人が日本語を話す時のような、ややたどたどしい響きがあった。
面接官が名刺を渡すのも変だが、ぽんちゃんは太った大きな男性から差し出された名刺を見て「あっ」と小さな声をあげた。
『大熊猫繁育研究機関 日本支所 所長 司馬 剣』
ぽんちゃんは中国で十二年間軟禁されながら生活していた間、ほとんど自分の出生に関する情報を知らされることはなかったが、いよいよ檻に入れられて売りに出されるという時になって初めて、直々に歹徒龍の口から、彼女が成都の空港で拾われたことと、大熊猫繁育研究機関と現地で共同研究を進めていたらしい日本人の男が彼女を捜していたことなどを聞かされていた。
ぽんちゃんは、その自分を捜していた人が恐らく自分の父親だろうと思ったが、当時から彼を捜すつもりなど毛頭なかった。しかし偶然にも研究機関の日本の事務所の中国人らしい男を目の前にして、彼女はある種言いようのない胸騒ぎを感じた。
「松下華実さんですね。実は私はすでにあなたの生い立ちを詳細に調べました。あなたが日本で『ぽんちゃん』と呼ばれていることも知っています。今回のプロジェクトについてはこれからご説明します。 あなたは、プロジェクト遂行のために必要とする、困難な二つの条件を完璧に満たしています。まず、通訳として、ウイグル語・パシュトー語・ダリ語をこなせるということ。こんなにマイナーな通訳はあまりいませんよ」
「あのう。マイナーな通訳って……」
ぽんちゃんはちょっと不愉快な顔をした。
――もしかしてこの人私のこと馬鹿にしてる? 私はれっきとした中国語の通訳なのに……。
司馬剣は彼女の心を見透かすように頭をかきながら済まなそうに付け加えた。
「いやあ。失礼。貴重な存在という意味です。他意はありません。あり得ない通訳、という意味です。なんでウイグル語なの? パシュトー語ってどこの国の言葉? ダリって誰だ? って感じ。そうそう。君は貴重なんだ。ははは」
――こいつう。やっぱり私のこと馬鹿にしてるよ。
「ぽんちゃん。そして、君はもう一つの重要な条件を完璧に満たしているので採用することにしました」
「ええっ? もう採用ですか?」
――でもいきなりぽんちゃんって。なれなれしいなあ。ところで、もう一つの条件って何?