極悪人 歹徒龍(ダイトゥロン)
それからぽんちゃんは車で何時間もかけて西へ西へと連れられて行った、着いた先は、山深い中国の西端に位置する新疆ウイグル自治区のカシュガル地区。彼女はそこで『ミコ』と名付けられ、『タコ部屋』のようなところで他の子供たち十数人とともに育てられた。
連れ去った一族のリーダーは、地元では極悪非道なことで知られる男で、俗に歹徒龍と呼ばれる者だった。彼はややスリムな体型だが、上背があり肩幅も広く、いつも素顔を隠すようにサングラスと黒いマスクをしていたので、その風貌から会うものにある種の威圧感を与えていた。彼は仲間と共同して、生まれて間もない子をさらっては毎年数名の子供を中東地域のテロリストなど人身売買の仲介者へ高価な対価を得て引き渡していた。いわゆる人でなしの人身売買である。
最終的に、売られた子はその仲介者の手によって地域の富豪などへと転売され、彼らの慰安婦兼奴隷としての生活を強いられることとなる。
子供たちは、全員が左の胸に、ジャイアントパンダの絵模様のタトゥーを彫り込まれていた。彫り込むのが素人のため、その絵はお粗末極まりないもので、乳頭をパンダの鼻に見立ててその上方に黒い目と黒い耳を二つづつ描いて丸で囲んだようないい加減なものである。幼児の落書きのようなこれを彫り込まれた時点で、子供たちはすでに奴隷の烙印を押されたようなもので、人生の大半の自由を奪われたに等しい。また、このタトゥーは歹徒龍一族の商標のような役割を持っていて、買い取った客から不要になった子を無償で引き取り、別な客に再販し、一人の子で何回もの報酬を得るための目印にもなっていた。
子供たちは、昼間屋外で遊んだり周辺を自由に歩き回ることが許されていたが、誰もそこから逃げ去ろうとしない。皆、ぽんちゃんと同じく、生れてまもなくさらわれた子ばかりだったので、最初のうちは世に両親が存在することすら知らない。のちに知ることがあっても、親というものの何たるかがわからない。だからさらわれたことにも被害者意識はなく、逃げるなどということも思いつかないわけである。辛ければ泣く。楽しければ笑う。他に比較するものは何もない。ただそれだけのことである。