星の輝き
いつの間にか日がすっかり暮れていた。
家のすぐ外でざわざわと人の気配がする。サリの父親は短銃を手に取り、扉を少し開けて外を伺った。
――イエティだ。イエティの集団だ!
次の瞬間、サリの父親は家の外へ引き摺り出された。イエティの集団。その数、二~三十人はいる。 サリの父親はあっという間にイエティに取り囲まれた。最初にぽんちゃんたちが出会ったイエティの男たちとまったく同じ格好である。それらはどう見てもやはり人間にしか見えない。
驚いたサリは家の外へ機敏に飛び出した。イエティが一斉にサリの方に目をやる。
「があああっ!」
サリが大きな声をあげた。イエティたちは途端に一人残らずその場に座り込んだ。その姿は、まるでイエティがサリにひれ伏しているようにも見えた。
そのあと、ふらふらとしながら家の中から泣き顔のぽんちゃんが姿を現した。ぽんちゃんは、サリよりもっと大きな声で号泣しだした。イエティは皆、真剣なまなざしである。その内一人のイエティが立ち上がって、ぽんちゃんに近付いてきた。そして、何とぽんちゃんを抱きしめたのだ。
「痛―――い!」
無論、イエティの力が強すぎるためだが、イエティにとっては、そんなことはお構いなしだ。
そのあとぽんちゃんは妙に可笑しくなって、ついに、イエティの前では禁物であった『笑い』を犯した。
「あっはっははは!」
イエティたちは一瞬顔を曇らせたが、ぽんちゃんを抱きしめたイエティが同じように笑い出すと、他のイエティも次々に笑い出した。そして、その場は爆笑の渦になっていった。
辺りはすっかり夜の闇に包まれて空には星が沢山きらめいていた。
――この山、あの山、私の山。
そして、私を育ててくれた夜空のお星さまたち。
私は帰るの。あの山々へ。そして、あの空のお星さまのところへ。
それは、私を生んでくれたお母さんのいるところ。私のことを死ぬまで愛してくれたお父さんのいるところ。過去のお母さん、お父さんのところへ私は行くの。
『あなたは強い子でしょう。強く生きなきゃ駄目なの』
優しい女性の声がぽんちゃんの耳に響いたような気がした。彼女は、かつて耳にしたことのないその声の主が誰であるのかをはっきりと悟った。
――お母さん。私は強くなんかないの。私には生きていくための仕事もないの。悦びもない。ただ生きているだけ。生き甲斐のない人間。
『馬鹿だなあ……。生きることがお前の『仕事』なのだよ』
一つの星がきらっと瞬いた。
――お父さん?
ぽんちゃんは何気なくサリの方を見た。
サリは、ぽんちゃんに近付いてきて両手を差し出していた。
ぽんちゃんは、サリと一緒に星空を見上げて過ごしたあの日の晩のことを思い出した。
――あれはプロキオン。アルデバラン。そしてあの一番に輝く星がシリウス。天の狼の星。最高に輝く星。
――そして私たちのこと。いつもお星さまが見ていて味方してくださるのよ。
ぽんちゃんは笑った。
そして、サリも嬉しそうに微笑を返してきた。
――やっぱり、私には過去は関係ないの! でも、サリ。あなたは昔からのお友達!
ポジティブ思考のぽんちゃんの本領は、まさにこれから発揮されるのだ。
こぼれんばかりの満天の星空から星が二つ流れていった。
『了』
奪い取られた人生は、決してその人のもとへ戻ることはありません。
しかし、人はその人の『志』までは奪うことはできないのです。
失った人生があろうとも、心に星空さえあれば、人は前向きに歩んでいくことができるのです。
それは自然の力であったり、世を培ってきた先人たちの魂であったりするのかも知れません。
【華】