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歳月を超えて

 その家は俗に言うログハウスに似たものだった。ぽんちゃんは、サリを随えてその入り口らしいところへ近寄って行った。


 ギイイッ。


 かんぬきを外しゆっくりと分厚い丸太の扉を開けた。

 

 そこには、ボロをまとった一人の男が立っていた。年は五十歳台半ばくらいか……。金髪の白人男性である。彼の右手には短銃が握られ、銃口はぽんちゃんの方へ向けられていた。ぽんちゃんは慌てて両手を挙げてサリにも同じ格好をするよう目配せした。しかしサリはきょとんとしている。

 男がたどたどしい英語訛りの中国語で話し始めた。

「君たちを連れてきた中国人の男はどこにいる」

「司馬剣のこと? この先の崖から落ちたわ」

「シバケン? 日本犬? 犬の話ではない。歹徒龍ダイトゥロンのことだ。どこにいる」

「違うわよ。司馬剣って中国人。体の大きい人」


 男はしばらく黙っていたが、短銃を降ろし、再び静寂を破った。

「君、その男は歹徒龍ダイトゥロンだ。彼の本名はたしか『司馬』という。日本語読みで『シバ』だ。その男は、歹徒龍ダイトゥロン本人に間違いない。彼は伝令を使って、私の娘を今日ここへ直接連れてきて会わせてやる、と言ってきたんだよ」

 ――ええっ! 司馬剣が歹徒龍ダイトゥロン?! まさか……。私の知る歹徒龍ダイトゥロンはもっと怖い人。それに司馬剣みたいにデブじゃない。

 しかし、考えてみるとぽんちゃんは、いつもサングラスに黒いマスクをしていた歹徒龍ダイトゥロンの素顔を見たことは一度もなかった。背丈は同じように普通の大人よりかない高い。もしかして……。

 そして、ぽんちゃんの頭の中では、また、彼の最後に残した言葉、『人生の総括、人としての……』が響いた。


 男は話を続けた。

「彼は、私や私の娘をはじめ、何人もの、何十人もの自由を奪い、人生を奪ったことに自ら報いる、と言っていた。私はどうせ悪党の話すことだ、また、金でも請求するに違いないと疑っていたんだ……」

 男は二人に家の中へ入るよう促した。二人は中に入って、扉の前に並んだ。

「サリ、というのは君かい?」

 男はサリに優しく話しかけた。

「…………」

 横からぽんちゃんが口を挟んだ。

「あの、この人サリです。間違いありません。私は十二歳まで一緒にいましたから。でもサリは今言葉がしゃべれません」

 男は目を細めた。

「ああ。私の愛する娘、サリ。とうとう君に会えた。会えたんだ!」


 ぽんちゃんがまた横から口を挟む。

「あの。私、ミコと呼ばれてまして。私のお父さんは……」


「ああ。サリ。こっちへおいで。私のサリ……」


 また、横から……。

「あの。私のお父さん……」 


 男はサリを抱きしめながら、はっとしたように横目でぽんちゃんの顔を見た。

「あの。私のお父さ……」


 珍しくぽんちゃんの口はへの字になっていた。


 男はぽんちゃんを奥の部屋へ案内した。


 そこには、男の人がベッドの上に目を閉じて横たわっていた。

「昨日、いや、おとといの夕方だ。彼は亡くなった。君が私の娘とともにここへ連れて来られることを聞いていたから、まだそのままにしておいた。

 彼は私と同じでこの十九年間、君のことを捜し続けていた。最後に君に会えると知って、私と一緒に歓喜した。三日前のことだ。

 彼は四年くらい前から心臓に不整脈があって時々倒れることがあった。今回倒れた時は、二度と目を覚ますことがなかった。その前までは『会いたい、会いたい。僕は君を愛している!』と何度も言っていた。私の気持ちと同じだった」

 ぽんちゃんは、初めて見る父親の顔を覗き込んだ。娘との対面を楽しみにしていた父は、気持ちをそのままに顔に表していた。ぽんちゃんは呆然としていた。ただ、悲しくも何もなかった。見たことも、話したこともない父親が死んでしまっても、彼女にとっては何の想いも浮かんでこないのだ。

 

 しかし……。


 ぽんちゃんは、生まれて初めて大きな声を出して泣いた。号泣した。

『僕は君を愛している!』という言葉は彼女が本人から聞かなくても、死者から聞こえてくる生れて初めての言葉だった。


 男は彼女を見て、顔をゆがめ俯いた。ぽんちゃんは泣き続ける。

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