熱愛飯店
カシュガル地区の地区首都カシュガル市内の小さな宿泊所。その名は『熱愛飯店』。狭いロビーの一人しかいない小さなフロントで司馬剣はチェックインの手続きをしている。端のベンチには、カメラマンが座っていた。
イエティ女は人目につくとまずいので、ひとまずぽんちゃんと一緒に駐車場の車の中にいた。
――司馬剣の奴。あいつ何考えてるんだろ。イエティ女、誘拐なんかして。それって絶対まずいでしょ。
やがてカメラマンが駐車場に来て目で合図し、早く早くと手招きをした。ぽんちゃんはイエティ女の手を引いて車から出ると、小走りに駐車場に面した裏口から客室の方へと向かった。
四人は、司馬剣とカメラマン、ぽんちゃんとイエティ女というように二部屋に分かれることになった。ぽんちゃんはイエティ女と同じ部屋で一晩寝泊りするのを一旦は拒否したが、二人の男と一晩過ごすのも別な意味で困るので、仕方なく受け入れた。
部屋に入る前に司馬剣はぽんちゃんに伝えた。
「今晩はここで体を休めろ。ただ、イエティ女が逃げないように注意してくれ。ドアの鍵はもともとかからないから、ぽんちゃんは扉の内側にベッドを移動してドアノブを腕に縛ってそこで寝るんだ。窓は小さくて体が通らないから大丈夫。明日は食事をせずになるべく早く出発する」
「何しに? どこへ出掛けるの?」
「それは、明日行ってみればわかることだ」
「イエティのいるところは嫌よ!」
「同じ山脈の中ではあるが、昨日の国境付近から二十キロくらい北の方に離れたところだ。知り合いの学者に会いに行くんだ」
「…………」
「だから、今説明してもお前にはわからないことだ。今日は、このパンと飲み物をお腹に入れて、早く寝ることだ」