ぽんちゃんのはじまり
松下華実のニックネームはぽんちゃんである。何故ぽんちゃんなのかと言うと、話は簡単である。彼女は十代半ば頃『胃下垂』の傾向があって、お腹が普通の人よりポンと出ていたので、仲間友達から親しみを込めてそう呼ばれていたのである。決して『でぶ』っと出ていたのではない。可愛らしく『ポン』っと出ていたのである。念のため。
ぽんちゃんの両親はともに生物学者で、ジャイアントパンダの生態研究のために数年間中国に滞在し、「大熊猫繁育研究機関」で働いていた。いよいよ所定の研究を終えて日本へ帰国する二ヶ月前、ぽんちゃんは滞在先の中国四川省成都市で産声をあげた。
しかし、それはぽんちゃんの悲劇の始まりだった。母親はぽんちゃんを帝王切開で出産したが、産後縫合部分より大量の内出血があり、出血性ショックで帰らぬ人となった。失意の底に沈んだ父親はその後、まだ首もすわらない彼女を抱え日本に帰国する『はず』だった。
しかし、そこにぽんちゃんの人生の第二の決定的悲劇があった。空港で父親がぽんちゃんを籠に寝かせたまま用をたしているちょっとの隙に、彼女は見知らぬ中国人に連れさられた。これが彼女の母親に次ぐ父親との別れとなった。
だから、ぽんちゃんは両親の顔をまったく知らない。