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半額になるまえに  作者: えんびあゆ


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17/22

第17話 廃棄箱の中の晩ごはん[前編]

木曜日のマルヨシ成田台店は、朝から天気に振り回されていた。


京子が出勤した午後四時には、店の外は薄暗かった。

午前中は晴れていたはずなのに、昼過ぎから急に雲が広がり、夕方には今にも降り出しそうな空になっている。


風も強い。


駐車場の端に置かれたのぼりが、ばたばたと音を立てて揺れていた。

自動ドアが開くたびに、湿った風が店内へ入り込み、入口のチラシを少し浮かせる。


「今日は嫌な天気だねえ」


ハツエは、惣菜バックヤードで白衣の袖をまくりながら言った。


「雨、降りますかね」


「降るね。こういう空はだいたい降る」


「客足、鈍りますか」


「鈍る。特に年配のお客さんは早めに帰っちゃう。子連れも少ない。仕事帰りの人は来るけど、急いで買って帰るから、迷う商品は売れにくい」


ハツエは、作業台に並んだ弁当容器を見下ろした。


そこには、すでに白米の入った容器がずらりと並んでいた。


のり弁。

鮭弁当。

チキン南蛮弁当。

ハンバーグ弁当。

焼きそば。

ちょこっと唐揚げ。

親子向けの小さめ鮭弁。


昨日、京子が提案した「親の分もある」売場の試作として、小さめ鮭弁当を五つだけ作ることになった。


通常の鮭弁当より少しごはんを減らし、副菜も一品少ない。

その代わり、価格は税込三百二十八円。


ちょこっと唐揚げや豆腐、味噌汁用の商品と並べて、子ども用のおかずと親の食事を一緒に選びやすくする狙いだった。


ポップには、ハツエがこう書いた。


――子どもごはんのついでに

――大人も、ちゃんとひと息。


「このポップ、いいですね」


京子が言うと、ハツエは少し得意げに鼻を鳴らした。


「篠宮さんの『親の分もある売場』よりはいいでしょ」


「あれは考え方です。商品名ではありません」


「そういうところが本部っぽいんだよねえ」


ハツエは笑いながら、鮭を弁当に乗せていく。


京子も隣で副菜を詰めた。


小さめ鮭弁。

試作五個。


昨日の夜から、京子はこの商品に少し期待していた。


真帆のように、自分の食事を後回しにしがちな人が、少しでも手に取りやすくなればいい。

母がしてくれたことを、今度は別の誰かに返せるかもしれない。


そんな思いがあった。


ただ、天気は悪い。


ハツエが言うように、こういう日は売れ方が読みにくい。

京子は記録表に、今日の天候を大きく書いた。


木曜。夕方から雨予報。風強い。

客足鈍化の可能性。


「篠宮さん」


「はい」


「今日は、作りすぎたかもしれない」


ハツエがぽつりと言った。


京子は手を止めた。


「まだ始まっていませんが」


「始まる前にわかる日もあるんだよ」


ハツエは売場の方を見た。


「午前中、店長が夕方客数を強めに見て、弁当多めにって言ったんだよね。天気予報、朝の時点では曇りだったから」


「午後から変わりましたね」


「そう。こういう時が一番困る。作り始めてから天気が変わる」


京子は並んだ弁当を見た。


確かに、木曜日にしては少し多い。

しかも今日は新商品の小さめ鮭弁もある。


売れればいい。

でも売れなければ、廃棄になる。


廃棄。


その言葉が、京子の胸に重く落ちた。


前職で何度も見た言葉だった。

ロス率。

廃棄金額。

廃棄点数。

改善対象。


数字としては見慣れている。

でも惣菜売場で働くようになってから、その言葉の手触りは変わった。


廃棄になるものは、誰かが作ったものだ。


ごはんを詰め、唐揚げを置き、鮭を乗せ、値札を貼ったもの。

誰かの晩ごはんになるはずだったもの。


「今日は記録、ちゃんとつけます」


京子が言うと、ハツエは小さくうなずいた。


「うん。でも、記録だけじゃなくて、ちゃんと見ておきな」


「何をですか」


「売れ残るところ」


ハツエは、静かな声で言った。


「売れるところを見るのは楽しい。でも、売れ残るところを見るのも、この仕事だから」



午後五時半。


雨が降り始めた。


最初は細かい粒だった。

けれど十分もしないうちに、駐車場のアスファルトが黒く濡れ、傘を差して店に入ってくる客が増えた。


客数は、やはり少なかった。


来る人はいる。

けれど、みんな急いでいる。


青果売場で野菜を一つ取る。

牛乳をかごに入れる。

弁当を一つ選んで、すぐレジへ向かう。


惣菜売場の前で迷う時間が短い。


京子はその流れを見ながら、記録表に小さくメモした。


雨。滞在時間短い。迷う商品は動きにくい。


ちょこっと唐揚げは、そこそこ動いた。

小さくて、安くて、選びやすいからだろう。


しかし、小さめ鮭弁はなかなか動かなかった。


五個並べたうち、午後六時半までに売れたのは一つだけ。

買っていったのは、年配の男性だった。


「少なめでちょうどいいな」


そう言って手に取ってくれた。


本来想定していた親子向けではなかったが、これはこれで需要がある。

京子はその言葉を忘れないように書き留めた。


少なめでちょうどいい。高齢単身にも需要。


午後七時。


雨はさらに強くなった。


店内放送が、雨音に少し負けている。

入口では、傘袋が次々と使われ、床に水滴が広がっていた。


真帆と美羽は来なかった。


来ない方がいい。

こんな雨の日に、小さな子を連れて買い物に来るのは大変だ。


そう思いながらも、京子は小さめ鮭弁の前を見るたびに、少しだけ残念な気持ちになった。


届けたい相手に、届かない日もある。


それもまた、売場なのだ。


午後七時半、乃々花が来店した。


制服姿で、傘を持っている。

髪の毛先が少し濡れていた。


乃々花は惣菜売場の前まで来ると、いつものように軽く会釈した。


「こんばんは」


「こんばんは。雨、大丈夫でしたか」


「ちょっと濡れました。でも、家に帰るよりこっちの方が近かったので」


その言葉に、京子は少し引っかかった。


家に帰るより、こっちの方が近い。


距離の話だろう。

学校からの帰り道の話かもしれない。


でも、少しだけ別の意味にも聞こえた。


乃々花は売場を見て、今日はちょこっと唐揚げではなく、小さめ鮭弁を手に取った。


「あ、それ新しいんですか」


「はい。今日から試しに出しています」


「少なめですね」


「多すぎない方がいい方もいるかなと思って」


「私、これくらいがいいです」


乃々花は値札を見た。


「三百二十八円……」


少し迷ったあと、かごに入れた。


「今日は、ちゃんとごはん食べます」


その言い方が気になった。


だが、京子は踏み込みすぎないように、普通の声で答えた。


「ありがとうございます」


乃々花はイートインへ向かった。

今日は問題集を広げず、まず弁当を電子レンジで温めている。


京子はその後ろ姿を見ながら、小さく息を吐いた。


小さめ鮭弁、二つ目。


届けたい相手とは違ったかもしれない。

でも、誰かには届いた。



午後八時を過ぎたころから、売場の残りがはっきりと目に見えてきた。


チキン南蛮弁当、四つ。

ハンバーグ弁当、三つ。

のり弁、二つ。

小さめ鮭弁、三つ。

焼きそば、四つ。

煮物、三つ。

白身魚フライ、三パック。

ポテトサラダ、二つ。


多い。


京子は記録表を見ながら、胸の奥が重くなるのを感じた。


半額で動くかもしれない。

雨でも、閉店前に来る人はいる。


けれど、今日は多い。


ハツエも同じことを感じているようだった。


「今日はロス出るね」


短く言った。


「半額でどれくらい動くでしょうか」


「雨が弱まれば少し。でも、この降り方だと厳しい」


ハツエは窓の外を見た。


雨はまだ強い。

駐車場の照明が、濡れた地面にぼんやり映っている。


「値引き、早めますか?」


京子が聞くと、ハツエは考えた。


「八時十五分に一回入れよう。二割じゃなくて三割」


「三割ですか」


「今日は半額まで待たせるより、少し早く動かした方がいい。雨の日は、お客さんも早く帰りたいから」


「わかりました」


八時十五分。


京子は三割引きのシールを貼り始めた。


いつもより早い値引きに、気づいた客が何人か足を止めた。

チキン南蛮弁当が一つ売れた。

焼きそばが一つ売れた。

白身魚フライが一つ売れた。


しかし、思ったほどは動かない。


客が少ないのだ。


売場に商品はある。

値引きもした。

でも、それを買う人が来なければ売れない。


当たり前のことが、今日は残酷にはっきり見えた。


午後八時半。


雨の中、作業服の男性が来た。


彼は濡れた肩を軽く払い、いつものように惣菜売場へ向かった。

今日は少し疲れて見える。

売場を見て、迷ったあと、三割引きのハンバーグ弁当を手に取った。


京子が近くで値引きシールを貼っていると、彼は小さく言った。


「今日は多いですね」


「雨で、少し残っています」


「雨の日は、みんな早く帰っちゃいますもんね」


「はい」


彼はハンバーグ弁当をかごに入れた。


それから少し迷って、小さめ鮭弁も一つ取った。


「明日の朝にします」


京子は少し驚いた。


「ありがとうございます」


「これくらいの大きさ、いいですね」


「本当ですか」


「朝にちょうどいいです。普通の弁当だと重いので」


作業服の男性はそう言って、レジへ向かった。


小さめ鮭弁、三つ目。


京子は急いでメモを取った。


小さめ鮭弁:朝食需要あり。作業服男性。普通弁当は重い。


売れたのは嬉しい。

けれど売場には、まだ多くの商品が残っている。


午後九時。


半額シールの時間になった。


雨は少し弱まっていたが、客足は戻らなかった。


京子は半額シールを貼った。


チキン南蛮弁当。

ハンバーグ弁当。

のり弁。

小さめ鮭弁。

焼きそば。

煮物。

ポテトサラダ。


ぺたり。

ぺたり。

ぺたり。


いつもなら、半額の時間には人が集まる。

今日は、まばらだった。


それでも数人が買っていった。


チキン南蛮弁当が一つ。

焼きそばが二つ。

煮物が一つ。

ポテトサラダが一つ。


乃々花はイートインから出てきて、半額になった小さめ鮭弁を一つ手に取った。


「明日の朝用?」


京子が声をかけると、乃々花は少し照れたようにうなずいた。


「弟の分です。朝、時間ないので」


そう言ってから、慌てたように付け加えた。


「あ、でも、ちゃんと冷蔵庫に入れます」


「はい。早めに食べてくださいね」


「わかってます」


乃々花は小さく笑った。


小さめ鮭弁、四つ目。


残り一つ。


京子は、少しだけほっとした。


新商品は、全滅ではなかった。


けれど、ほかの商品はまだ残っている。


午後九時半。


閉店まで三十分。


チキン南蛮弁当二つ。

ハンバーグ弁当一つ。

のり弁一つ。

小さめ鮭弁一つ。

白身魚フライ二パック。

煮物一つ。


半額シールを貼っても、売場に残る商品たち。


京子はその光景を見て、胸が苦しくなった。


売れ残り。


ハツエが嫌う言葉。

京子も、簡単には使いたくなくなった言葉。


でも、現実として、そこに残っている。


誰かの晩ごはんになるはずだったもの。

誰かに届く途中だったもの。


届かなかったもの。



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