ぼくとパパの入れ替わり日記
25歳のパパと、5歳のぼく入れ替わっちゃった。
◆1章 入れ替わり
朝、階段の下でパパとぼくは同時にすべって、
ころん、と転んだ。
その一瞬あと――
ぼくは大きな手を見下ろしていた。
パパの声で、「あれ?」と言った。
横を見ると、ちいさなぼくの身体が目をぱちぱちさせている。
「パパ?」「……ぼく?」
世界が、ちょっとだけおかしくなった朝だった。
朝ごはんの焼きたてパンの匂いが、台所からふわっと広がってくる。
でも、ぼく(中身パパ)は、その匂いに胸のあたりが妙にざわついた。
パパの身体は大きくて、息をするだけでも深くて、いつもの“ぼく”じゃない。
一方で、ちいさくなったパパは両手を見て、口をぽかんと開けていた。
「ち、ちいさっ……!手が……ちいさいぞ!」
「パパ、それぼくの手だよ」
「えええ……!」
台所からママが顔を出す。
「あれ?ふたりとも、なんだか変よ? 寝ぼけてるの?」
その瞬間、ぼくとパパは同時に言った。
「寝ぼけてるのはママのほう!」
「寝ぼけてるのはママだよ!」
声が入れ替わってるから、もうめちゃくちゃだ。
ママは目をぱちぱちさせたけれど、
とりあえず朝ごはんを運んできた。
まだ気づいてないらしい。
パンの湯気がゆらゆらして、
世界がちょっとだけ夢みたいだった。
◆2章 気づきの朝
ぼく(中身パパ)は、ランドセルの代わりに園バッグを握りしめた。
指が短くて、なぜか力が入りにくい。
「パパ、これ結んで」
「パパって……ぼくのことか?」
「うん。だっていまパパの中身がぼくだもん」
パパ(中身ぼく)はちいさな靴紐を何度も結ぼうとするけれど、
指がもつれてうまくできない。
「む、むずかしいな……こんなに力が入らないのか……?」
その横顔を見て、ぼくは胸があったかくなった。
「いつもありがとう」
その一言が、自然に出てきた。
パパは照れたように笑った。
ぼくの顔で笑っているから、なんだかくすぐったい。
◆2章 パパの1日(中身ぼく)
パパの身体で会社に行くと、
大人の世界は静かで、重くて、
なんだかずっと背中に力が入っていた。
「パパって、こんなに大変だったんだ……」
ぼくはひとつ仕事をするだけでくたくたになった。
スマホを見ると、ママからのメッセージ。
『今日寒いよ。帰り、気をつけてね』
それを読んだ瞬間、
パパの身体の胸の奥がじんわりあったかくなった。
「……ママって、すごいな。
パパも、すごいな。」
◆2章 ぼくの1日(中身パパ)
園では、みんなが元気いっぱいで走り回っている。
パパ(中身ぼく)は必死についていこうとしたけれど、
ちいさな足はすぐ疲れてしまった。
「こ、こんなに体力が……!」
帰るころには汗びっしょり。
ママの顔を見た瞬間、
ちいさな身体が勝手に抱きついていた。
「ママぁ……」
「どうしたの?よしよし」
ママの匂いは、あったかくて安心する匂いだった。
ぼくの身体が“覚えている安心”が、胸いっぱいに広がった。
◆2章 夜のハイライト
寝る時間になると、
パパ(中身ぼく)はママの布団に入り、
ママの横で丸くなる。
ママの胸のあたりからふわっと香る
いつもの安心の匂い。
心臓の音も、
布団のぬくもりも、
世界中でいちばん「大丈夫だよ」って言ってくれる感じがした。
パパ(中身ぼく)は、
ちいさな手でママの腕をぎゅっと抱いた。
ママは微笑んで、
そっと頭をなでながら言った。
「今日は甘えんぼさんね」
「……うん」
そのまま、パパはすうっと眠りに落ちた。
ママはまだ、事情を知らない。
でもそれでよかった。
◆3章 翌朝、もとに戻る
朝、目を開けると――
ぼくはぼくの身体に戻っていた。
同じように、パパもパパに戻っていた。
「戻った……?」
「戻ったな……!」
ママはキッチンから微笑んで言った。
「なんだか今日は、ふたりとも仲良しね」
ぼくとパパは顔を見合わせて、
同時に笑った。
「うん、仲良しだよ!」
「仲良しだ!」
その日以来、
ぼくはパパの手を前より強く握るようになり、
パパはぼくを抱きしめる回数がちょっとだけ増えた。
そして家族は、
昨日よりほんの少しだけ、
お互いに寄り添えるようになった。




