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恐怖は慣れるもの

 歴史博物館で調べ物をすると宮子さんは出て行った。


 時刻は昼ちょっと前だ。田川さんやインターネットの問題で忘れていた空腹を思い出す。学校を休んでしまったので給食はない。鈴ちゃんと二人分の昼食を作ろう。


 冷蔵庫を開けると空だった。しまった! いろいろあったから食材を買うの忘れていたよ。


 風邪で休んだことにしているし、幽魚がいつ襲ってくるかもわからない。お守りがあるとはいっても危険な外へ連れて行くつもりはなかった。


「食料を買ってくるね」


 離島にある唯一の食料品屋は遠い。近くの日用品屋でカップラーメンでも買おう。


 僕は免許を持っていないので兄さんが乗っていた車は使えない。


 お守りが入っているのを確認してから、スニーカーを履いて外へ出る。


 石垣に囲まれた道を歩く。


 いつも出歩いている、おばあちゃんの姿はない。お昼ご飯でも作っているのだろうか。幽魚が出てこないか警戒しながらも、急いでいると誰とも出会わず日用品のお店に着いた。


 中に入るとテレビが付いていた。


 野球の試合を中継しているみたい。甲子園かな。


 目的のカップラーメンを見つけるとカウンターに置く。


「二つください」

「…………」


 店主のじいさんは反応がない。前回と同じだ。ボケてしまったのか会話にならないので、お釣りをもらえなかったんだよね。


 今回も同じことになってしまうんだろうか。


 試しに千円を置く。


「お会計お願いします!」

「……あーー」


 反応はあったけど無視されたのと同じだ。会話になっていない。


 しかたなく千円札をお財布に戻して、小銭を取り出そうとする。


 ここ最近になって嗅ぎ慣れてしまった磯の臭いがした。店主のじいさんを見る。


「え……っ」


 目が離れて鼻が低くなり、唇がなくなっていた。魚のような見た目だけど鱗はなくて幽魚よりも人間に近い。

 

 どういうことだ!?


 とっさにポケットへ入れていたお守りを握る。石は砕けていた。


 効果が切れてしまった!?


 店主だったじーさんは大きく口を開いた。粘ついた唾液が糸を引き、鋭い歯が見える。


 頭が混乱する。パニックだ。それでも鈴ちゃんにご飯を届けなければいけないという、保護者の使命感だけは忘れていなかった。


 カウンターに置いていたカップラーメンを手に取って店を出る。


 左に曲がって家へ戻ろうとしたら、白装束の怪異――幽魚が立っていた。


 獲物としてみているようで濁った目を向けている。


「どうして僕の前に現れるんだ!!」


 離島で人が少ないからといって、何度も遭遇する意味がわからない。そもそも、鈴ちゃんといたときから視線を感じていて、明らかにターゲットにされていた。しかも殺意付きで。


 幽魚の姿を見ているだけで、頭が割れそうに痛い。体も思うように動かない。このままじゃ殺されて終わりだ。


「あぁっっっ!」


 叫ぶことで金縛りに遭った体が動くようになった。


「はぁ、はぁ……絶対に生き残ってやる」


 自分の命が惜しいからじゃない。鈴ちゃんを一人にさせないためだ。両親と祖父母が死んで、さらに新しい保護者までいなくなったら、深い悲しみに沈んでしまうだろう。また田川さんの存在も気になる。


 僕がいなくなったら、間違いなく鈴ちゃんを狙ってくるだろう。


 ここが正念場だ!


 幽魚が口を開いて噛みついてこようとしたので、後ろに下がって回し蹴りをする。頭に当たるコースだったんだけど、途中で障壁みたいなのに遮られて止まってしまった。分厚いゴムみたいな感触だ。あれはまるで……。


「僕を守ってくれたときの加護……?」


 初めて出会った時、謎の壁が僕を守ってくれてた。てっきり島の守り神様が助けてくれたと思っていたんだけど……どうして同じことが幽魚にできるんだ。


 島の守り神との関係があるのか?

 それとも全くの偶然?


 戦いの素人だというのに余計な考え事をしていたのが悪かったみたいだ。腹を殴りつけられてしまって、肺から空気が出て膝を突いてしまう。


「がはっ、ごほっ、ごほっ」


 仕事にかまけて筋トレをサボっていた罰なのかな。


 頭を掴まれてしまって体が持ち上がった。


 臭さで意識を失ってしまいそうだ。


 気合いを入れて吹き飛ばしたはずの恐怖が蘇ってくる。


 ねちゃっと音を立てて幽魚の口が広がった。


 この場で殺されるのだろうか。血の跡が残れば行方不明じゃなく事件として捜査されるだろう。そうなれば警察が動いてくれるかもしれない。悔しいけど幽魚のことは国家権力に――。


「いだだっっっ」


 左肩を軽く噛まれただけで、酷い苦痛に襲われた。


 肉を食いちぎるのではなく血を吸っているように思える。


「魚野郎が、調子に乗るなっ!!」


 痛みによって恐怖から解放された僕は、指をまっすぐ伸ばして喉を突いた。


 肉に当たった確かな感触があった。


 濁った眼が驚いているように見える。口を話して僕を投げ捨てた。


 お店のドアがクッションになってくれてなんとか意識は保っている。よろよろと立ち上がると、幽魚は僕を見ていなかった。


 視線を横に向ける。


 鈴ちゃんが泣きそうな顔をして立っていた。


「雪久おじさん!!」


 幽魚は僕への興味を失ったみたいで、鈴ちゃんに注目している。走ることはない。ゆっくりと歩いていて、距離を詰められないよう鈴ちゃんは後ろに下がる。


「こないでっ!」


 近くにあった石を投げたけど、見えない障壁に阻まれてしまった。


 発動条件は何だ?

 幽魚の視界に収まっている必要がある?

 それとも攻撃だと認識したら?

 接触していたら使えない?


 わからない。けど、鈴ちゃんを守るために考える時間なんてない。動くなら今だ。


 背後から忍び寄ると足を思いっきり蹴った。


 見えない障壁は発動しなかった。全力で振り切ったので、足を取られて幽魚は転倒する。


 肩の痛みを堪えて鈴ちゃんの手を握ると走り出した。


 誰もいない道を進む。後ろを向いたら、幽魚と魚顔になったじいさんが追っていた。


 陸上での動きは速くない。小学生の足でも勝てるほどだ。引き離せることはないけど捕まることもない。そういった追いかけっこを続けて、ようやく家に着いた。


 転がり込むように敷地内へ入る。


 幽魚は入って来られないようで、立ち尽くしていた。魚顔になったじいさんも同じだ。


「はぁ……はぁ……神様のおかげ?」

「うん」


 狐様のご加護か。ありがたくて涙が出そうだ。


 安全だとわかった途端、痛みが強くなってきた。左肩を見ると血がダラダラと流れ出ていた。


 失血によって視界が暗くなって仰向けに倒れてしまった。


「雪久おじさん!」

「止血…………を…………」

「わかった! 待ってて!」


 鈴ちゃんは傷口を心臓よりも高い位置に上げると、破れかけていた僕が着ている服の袖を破った。


 傷口に巻き付けるとぎゅっと強く縛る。


「っ……!」


 弱いところなんて見せられないので、歯を食いしばって叫ぶのを我慢した。


 ほどけないように結んでくれると、鈴ちゃんの手が離れた。


 血が流れるのは止まったみたいだ。適切な処置をしてもらえてほっとする。これですぐに死ぬことはないだろう。


「大丈夫?」

「うん。それよりも……」


 視線を幽魚がいたところに向ける。姿はなかった。


 入れないとわかって去ってしまったんだろうか。


「家に帰って消毒するね」


 小学生だというのにしっかりしているというには、幽魚を見ても落ち着いている。


「鈴ちゃんは何かを知っているの?」

「昔から幽魚? は何度も見ているから慣れているだけだよ」


 見ているだけで恐ろしくなる存在を!?


 恐怖は慣れると言うけど、何度目撃すれば鈴ちゃんみたいに平然になれるんだろう。


 一年じゃ無理だ。少なくとも数年もしくは、生まれたときから側にいるならわかる。


 もしかしてずっと追われていたんだろうか。


 僕が夜になって寝ている間も。


 離島の出身である美佳義姉さんは知っていたと思うけど、兄さんは気づいてなかったと思う。仲の良い僕に言っていたはずだからね。

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