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語り継がれなかった歴史

 家に逃げ帰った後、僕たちは普段と変わらない行動をしていた。


 晩ご飯を作っているあいだに鈴ちゃんがお風呂に入り、濡れた髪を拭きながら居間に戻ってきた。ちょうどその頃に配膳を終え、二人で晩御飯を食べ始めた。


 食後の時間になって僕たちは見つめ合っている。


 鈴ちゃんは不安な顔をしていて気分は沈んでいるようだ。ただ話すことがあるからこの場にいる。だけど待っていても黙ったままなので、大人である僕から話題を切り出した。


「白装束の怪異と、お守りについて何か知っていることはある?」


 心の弱い部分を突いた言葉になってしまったみたいだ。理由はわからないけど鈴ちゃんの目から、涙がポロリと落ちると、止まることなく畳にシミを作るほど多くなっていった。


「…………詳しいことは知らない。白いのは離島を開拓した人の子孫――私を狙っていて、お守りがあれば大丈夫って言われてたの。でもあの日……私は……忘れちゃって…………」


 鈴ちゃんは懺悔をするように僕へ抱きついた。言葉は止まらない。


 ずっと抱え込んでいた罪悪感を吐き出しているようだ。


「ピクニックの日…………お守りを持ってなかった私だけが狙われて、それを庇うために皆が一緒に崖へ落ちたの…………私がちゃんと逃げてれば、誰も死ななかったのに…………」


 兄さんたちが死んでしまった真相は、あの怪異のせいだったのか。


 ギリッと奥歯を強く噛む。


 あいつさえいなければ鈴ちゃんは今まで通りの生活ができたのに!


「博物館で聞いたんだけど、初めてこの島に移り住んだ開祖の血筋は途絶えたんじゃないの?」

「白装束の怪異を信じなかった人たちが、そう言い回った…………って、お母さんが言っていた」


 信じない人の多かった時代があったみたいだ。


 その時に情報が錯綜して真実は見えにくくなったのかもしれない。


「雪久おじさんは、私から離れれば逃げられるよ…………捨ててもいいから」


 最悪だ。こんなことを言わせてしまった。


 大切な兄さんの忘れ形見であり、法律上では僕の娘でもあるのに。


 恐怖を塗り潰すほどの憤りを感じている。どうして鈴ちゃんが狙われなきゃいけないんだ!


 このとき、怪異になんて絶対に負けないという決心をする。


 差し違えてでも守ってみせるんだ。


「僕は絶対に見捨てない」

「また今日みたいなことが起きるよ? いいの?」

「かまうもんか。殴り倒してあげる」

「おじさんの細い腕で?」

「うん。任せて。大丈夫、大丈夫だから。僕はずっと一緒にいるよ」


 安心させるために言ったけど、運動不足のエンジニアじゃ限界がある。見えない壁の突破方法すらわからないのだ。何とかしなければならない。対策が必要だ。


 背中を優しくポンポンと叩く。

 彼女の心が落ち着くまで止めることはない。


 時間にして十分ぐらいだろうか? 泣き止んだところで密着していた体を少しだけ離す。


「少しは落ち着いた?」

「……うん。ありがとう」


 目には涙が溜まっていて、少し鼻声だった。


「お守りは作れないの?」

「作り方を教わる前にお母さんが死んじゃった」

「島から逃げても追ってくるかな?」

「少しは大丈夫だと思うけど……島の守り神様が壊れたらダメみたい」


 仕方がないとはいえ情報があやふやだ。決定的な物がない。


 本来であれば受け継ぐはずだった情報が途絶えてしまったのだ。


「でもお母さんが使っていた部屋になら、何かあるかも。探してみる?」

「鈴ちゃんがいいなら」

「雪久おじさんなら大丈夫だよ。一緒に見に行こうよ」

「そうしよう」


 離れたら攫われてしまいそうなので、僕は手を繋いで二階へ上がる。


 お通夜が終わってから一度も入らなかった兄夫婦の部屋に着いた。


 襖を開けて電気をつけると、広い畳部屋があった。布団は押し入れにしまっているんだろう。壁には本棚がある。漫画がずらりと並んでいて兄さんが好きだったなと思い出してしまった。


 右側には机があって卓上の鏡と数冊の本が置かれている。


「本棚はお父さんの趣味で、机にお母さんの大切な物があるの」

 

 兄さんは離島の外から来たので怪異の情報はないだろう。漫画しか置いてないしね。美佳さんの私物にヒントが残っているかもしれない。


 机にある本を手に取ってパラパラとめくる。


 子供の成長を喜ぶ日記だった。他には料理のレシピ、子育ての本ぐらいだ。怪異に関することは何も残っていない。机の引き出しを調べても同様だ。アクセサリーや化粧品ぐらいしかなかった。


「ここには、なさそうだ」

「おばあちゃんのところにあるかも」


 隣の部屋が美佳さんの祖父母が住んでいた。


 中に入ってみると布団は敷きっぱなしである。意外とずぼらだったのかな。それとも腰が痛いから押し入れにしまえないといった事情があったのかも。


 部屋はすごくシンプルで本棚はない。その代わりに古びた机があって、ボロボロの本が一冊置かれていた。


 まるで鈴ちゃんの訪れを待ってみたようだ。


 手に取ってみるとタイトルはない。中身は宮子姉さんが説明してくれたような歴史が書かれている。


 江戸の中期あたりだったっけな。無人だったこの島に移住したのが始まりだったのは間違いないみたい。当時は本当に何もない場所だったらしい。畑を耕し、本島から家畜を持ってくることで、数年かけてなんとか住める場所を作ったとのこと。問題はそこから。漁師の一人が、浜辺に人が倒れたのを見つけたところから始まる。


 遭難した人、ではない。

 女性のように髪が長く、白装束姿だった。

 怪異と全く同じだ。


 あまりの不気味さに近寄ることが出来なかったみたい。遠巻きに見ていたら急に立ち上がって、漁師に向かって歩いてくる。その時は恐怖のあまり逃げ出したところで、何事もなく終わったみたいなんだけど……この日を境にして、似たような目撃証言が島中で頻発して行方不明が続出したらしい。


 原因がはっきりしていたと島民たちは考え、怪異の仕業として総出で居場所を探し、戦ったらしいけど、返り討ちにあって全滅してしまったみたい。しかも女性は攫われてしまって、その後はわからないとのこと。


 遠浅の海に浮かぶ黒い岩にいるとは書いてあるけど、どこまで信じていいのだろうか悩む。


 その後、鈴ちゃんのご先祖様を人身御供として島の守り神を作り、お守りを広げて行方不明者は減った。


 観光客にもお守りを売ることで白装束の怪異――本では幽魚(ゆうぎょ)と書かれている――から守っていたんだけど、せっかくのお守りを宿に捨てる人もいたみたいで、そぅいた人々が攫われる事例は後を絶えなかったらしい。


 離島の海は深くないのに毎年、行方不明者が出ていた理由がようやくわかった。

 

 さらにパラパラと本をめくっていくと、家系図が出てきた。さらにページをめくると終わりの方に、お守りの単語が見えて手が止まる。


 作り方が書いてあった!


 島の守り神の周辺に数日石を置けばいいらしい。加護が移ると書いてあった。思っていたよりも簡単な作り方だったんだけど、重要なことを思い出した。守り神様にヒビが入って壊れかけていたのだ。


 完全に崩れてしまったら加護は消えてしまう。


 これは鈴ちゃんの言葉からしても明らかだ。


「お守りの作り方はわかったけど、島の守り神様の力が必要みたい」

「それじゃもうすぐ終わりだね。あとちょっとで壊れるってお母さんが言っていた」


 原因は不明だ。怪異の力が強まっているからだろうか。


「でも家は大丈夫だよ。鳥居にいる神様が守ってくれるから」


 引っ越したときにお掃除した神様にはそんな効果があったんだ。すると家に引きこもっている限りは安全だ。寝ている間に襲われるという悲劇は避けられるだろう。


「それなら今晩はゆっくり寝れるね。明日は学校に電話して休みにするよ」

「お勉強しなくていいの?」

「家でやるんだよ」

「えー」


 ガッカリした顔をされてしまったけど、将来の選択肢を増やすためにも学業はすごく大事だ。


 鈴ちゃんが大人になって、やりたいことに挑戦できるよう、怪異の脅威はさっさと排除しないとダメだ。


 先ずはお守り作りだ。石を拾って袋に入れるだけで数度は撃退できるだろう。その間に弱点を見つけて殺せばいい。


 鈴ちゃんを狙っているんだから、手を緩める必要はないからね。

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