勇者パーティに放り込まれた魔法使いだけど、私しか庶民がいない件
「無理ですぅ!!」
きらびやかな神殿に魔法使いロミィの声が響いた。
「なんでですか。なんでですか。なんで私なんですか。レオ先輩が選ばれてたじゃないですか!」
ロミィの前には上司である魔塔主ケイロンが立っていて、困った顔をして言った。
「だってねぇ。レオフィンには娘が生まれたばかりなんだよ?」
「そうですけど……!」
「レオフィンから『ロミィなら大丈夫』って言われたでしょう」
「無理です、無理! 絶対無理!!」
「そう言わないでよ。もう決定だからさ。ごめんね」
更に抗議しようとして、ロミィは慌てて口を閉じた。視界の端にこの国の王女、セラフィナの姿が見えたからだ。
セラフィナは真っ直ぐこちらに歩いてくる。
「ご機嫌よう、ケイロン。もしかしてその方が勇者様の同行者に選ばれた魔法使いなの?」
ケイロンがにこりと笑う。
「ええ、そうです。ローズマリーと申します。愛称はロミィ」
「まあ」
ロミィを見たセラフィナが嬉しそうな顔をした。
「良かったわ。女性なのね。勇者様も騎士様も男の方だから、ちょっと心細かったの」
ロミィは諦めた。もう逃げられないのだと。セラフィナの表情を見てもまだ断れるほど、ロミィは強くなかった。
聖女であり王女であるセラフィナが微笑む。
「よろしくね、ロミィ」
「……こちらこそ。よろしくお願いいたします、聖女セラフィナ様」
「ええ。仲良くしましょうね」
こうしてロミィは、魔王討伐のために召喚された勇者のパーティに放り込まれてしまったのだった。
「ファイアボール!!」
ロミィが放った火球が空中で無数に分裂し、火の雨となってコボルトの群れに降り注ぐ。隣に立っていた勇者アオトがそれを見て苦笑した。
「なんだか敵が気の毒になってくるなぁ」
「情けをかける必要はないよ」
侯爵家出身の聖騎士、サイモンが言う。
「生かしておけば近くの村人に被害が出る」
「わかってるけどさ」
「もう敵の気配は感じないわ。全滅ね」
セラフィナがロミィを見て「お疲れ様」と微笑んだ。
「最近のロミィは本当にすごいわ。また魔法の威力が上がったんじゃないかしら」
山火事を防ぐために水を撒きつつ、ロミィはため息を押し殺した。
「……そうかも、しれませんね」
ロミィは苛立っていた。コボルトにぶつけた魔法はほとんど八つ当たりだった。どうしようもないのはわかっているのだ。けれど。
勇者アオトは異世界人である。聖騎士サイモンは侯爵令息である。そして聖女セラフィナは王女殿下だ。
勇者パーティ四人のうち、ロミィだけが平民だった。ロミィだけが庶民だった。ロミィだけが物価を把握していた。ロミィだけが宿の借り方を知っていた。ロミィだけが焚き火を維持できた。魚や獣をさばくことができるのもロミィだけ。街の人たちとの交渉窓口になるのもロミィだった。
ロミィは思った。負担が……負担が大きすぎる。自分ひとりで抱え込めるものじゃない。せめて金勘定のための人員がひとりいてもいいはずだ。なのに実際はロミィしかいない。
かろうじて、野営の時は勇者アオトが料理を手伝ってくれる。でもその手つきの、見ていて危なっかしいことときたら。
王女であるセラフィナは使用人がいない暮らしに慣れていない。口では「仕方がないわ」「我慢するわ」と健気なことを言うが、セラフィナの髪を乾かし梳かし結ってやっているのはロミィだった。
ロミィは思う。切ってしまえ。自分で管理できないのなら。まあ、相手は王女様なので、口に出して言うことはできないが。
聖騎士サイモンは同じく使用人がいる暮らしをしていた男だ。王女よりはマシかと思えば、ロミィを無自覚に使用人扱いし、雑用を押し付けてくる。しかもまったく悪気はなさそうなのだ。
異世界人のアオトだけが、ロミィを気遣い、心配してくれていた。けれど、彼はこの世界のことを知らず、ロミィの負担を軽くするにはどうしたらいいのか、わからないらしい。
人を増やせばいいとロミィは思う。料理ができて、宿の手配ができて、金勘定ができる誰かを。もっとも……勇者パーティについて来られる人物がいれば、だが。
「もう無理です! もう嫌です!」
ロミィは叫んだ。
「私ばっかり。私ばっかり働いて! なのに戦闘もして! 地図の確認も、次の目的地までの道を決めるのも、食事の店を選ぶのも、野営の場所を決めるのも私じゃないですか!!」
「しかし……」
聖騎士サイモンが顔を曇らせる。
「君にしかできないだろう?」
「覚えましょうよ! 物価も! 宿の交渉の仕方も! 何日一緒に旅をしているんですか! 少しは学べばいいじゃない!!」
過労で情緒不安定になっていたロミィはとうとう泣き出してしまった。
「ロミィ……泣かないで」
セラフィナが寄り添い、肩をそっと撫でる。しかしロミィはなかなか泣き止まなかった。セラフィナは長い髪を三つ編みにして、水色のリボンを着けていた。編んだのも結んだのもロミィだった。
「ロミィ。元気出して。ね?」
セラフィナの声を聞きながらロミィは思った。元気なんか出したくない。また働かされるだけなのだから。
三人の前で泣いた後も、ロミィが楽になることはなかった。勇者アオトはロミィに同情し、必死に物価や買い物のこと、宿のことや野営のコツを学ぼうとしている。他の二人はと言えば、ひとりでしていたことを二人でしているのだから、楽になっただろうと思っているようだ。自分が手伝うまでもないと。
実際には、常識も感覚も違う異世界人にものを教えるのは大変で、ロミィの負担はむしろ増えていた。何も、本当に何も、解決していない。
八つ当たりで、ロミィはサイクロプスをこんがりと焼いた。
ロミィは思った。このままでは死んでしまう。魔物に殺されるのではなく、過労で死んでしまう。『ブラックパーティ』という言葉が頭をよぎった。労働条件が過酷なのに報われないパーティのことだ。冒険者が話しているのを聞いたことがある。勇者パーティはロミィにとって、まさにそれだった。
このままじゃ駄目だ。でもどうすればいい?
ロミィは考えた。けど、寝不足の頭はまともな返事をくれなかった。胃が痛い。食欲がない。少しやつれた気がする。鏡を見ると顔色は明らかに悪かった。
貴族や王族に逆らうことはロミィにとって禁忌だ。ほとんどの平民にとってはそうだ。人は平等じゃない。王女様と比べたら、平民のロミィの命はとても軽い。
聖騎士サイモンは聖女セラフィナに護衛よろしく寄り添っている。もしもロミィが「髪を切ればよろしいのでは」なんて口を滑らせたら、サイモンに斬り捨てられそうだ。
「ロミィさん、大丈夫?」
そう言って気遣ってくれる勇者アオトも、申し訳なさそうにしながら、ロミィに負担をかけてくる。
これは何、あれは何、それはどんな仕組みなの。良かったら文字を教えてくれるかな……知るか、とロミィは思う。文字くらいサイモンにでも習えばいい。苦手だとか話しにくいとか怖いとか、ロミィもわからないではないけれど。
聖女セラフィナはちゃんと「ごめんなさい」と「ありがとう」が言える。平民に礼を言う王女様はきっと悪いお方ではないのだろう。
聖騎士サイモンも時々、ロミィに頼ってばかりですまないと詫びてくることがある。あんたはもう少し働け、とロミィは思うが。
とにかくこの二人、口だけなのだ。本当に口だけで何も行動しようとしない。高貴な人とはこういうものかとロミィは思った。
勇者アオトは、元の世界では庶民だったらしい。偉ぶった所のない好青年だ。とはいえ、いきなり異世界に連れてこられて『魔王を倒せ』なんて、本人に余裕があるわけがない。
ロミィを気遣ってはくれるけど、本当はアオトが自分のことで手一杯なのだというのはロミィもわかっていた。
ロミィは限界だった。でも、どう見てもアオトも限界だった。王女様は呑気に微笑み、聖騎士は厳しい顔をして偉そうだ。
「あの……アオト様」
ロミィは勇者に、してはいけない提案をした。
勇者が逃げた。いや、魔法使いが勇者を連れて逃げた。聖騎士と聖女を置き去りにして行方不明――それはあっと言う間に噂として広がり、聖騎士は聖女と共に国に呼び戻された。
何があったのかと聞かれても、二人は何も説明できなかった。だって、戦闘は危なげなく勝てていたし、怪我もしていない。特に大きな問題があるとは感じていなかったのだ。
ロミィは魔法で自分とアオトの外見を変えて、旅を続けていた。無責任に魔王を放置するつもりはなかった。それに、ひとつの場所に留まれば、居場所を特定されるかもしれない。二人はお尋ね者になっていた。
ロミィは倒した魔物の素材を売って薬草を買った。収納魔法で隠し持っていた調合道具で、回復薬や痛み止めを作った。ロミィが育った村には薬師も医者もいなかったから、ロミィは薬の勉強もしていたのだ。
勇者アオトが感心して呟く。
「すごいね、ロミィさん」
ロミィは少し得意げに、少し悔しげに言った。
「私、魔力が多かったので魔法使いになりましたけど、本当は薬師の方が向いているって言われていたんです」
ロミィの薬はよく効いて、聖女がいなくなった穴を埋めた。ロミィは勇者アオトを生まれ故郷の村に連れて行った。
「兄さん! レイフ兄さん!」
ロミィの呼び声で現れたのは木こりの青年。ロミィの従兄弟で幼馴染だった。
「ロミィ? お前、勇者様と旅に出たんじゃないのか」
レイフの言葉をさらっと無視して、ロミィは言った。
「兄さん、冒険者の知り合いいたよね? 何人か紹介してくれない?」
三年後、勇者アオトと魔法使いロミィ、それに重戦士カインと弓使いケリーの四人は見事に魔王を討ち取った。
国王からはロミィに『賢者の称号を授ける』という、大変ありがたい書状が届いた。ロミィはそれを固辞して、故郷の村で薬師になった。
時々魔塔からケイロンやレオフィンが「戻ってこい」と迎えに来たが、ロミィはそれも拒否し続けた。
ロミィの隣では、黒髪黒目の青年がにこにこと幸せそうに暮らしていたそうである。