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Abyssers  作者: Higasayama
Abyssers Season.1
9/56

FILE:9 ―― 象の親子 PART2

ぴえんこえてぱおんこえてその夜を越えて

 ―― 二頭は舎を出ようとしないまま眠りについた。

 まともな生物と会ったことで安心したのだろうか。

「今なら撫でられるかな。行ってみようぜ」

 鷹邑はアドニスとともに、象のもとまで歩み寄る。二頭は寄り添い合って寝息をたて、近づいてきた二人に気がつく素振りは見せなかった。

 足音を殺して近づき、おそるおそる、手を差しのべる。

 象の横腹の肌に指先が触れ、厚い皮膚を伝う拍動を感じた、その瞬間。

 鷹邑の記憶は、涙となって溢れた。

「……あぁ、そうか、本当に変わったんだな。世界は」

 アドニスは鷹邑のふくらはぎを甘噛みしたり、周囲をうろついて小さく吠えてみたりするけれど、嗚咽をあげ、膝をついて泣く彼を慰めることはできなかった。

「会いたい。会いたいなぁ」

 鼻をすすり、涙をぬぐう。

「やっぱり、皆に会いたい」

 親の象はうっすらとまぶたを持ち上げていたが、立ち上がることもなければ、鷹邑を攻撃することもしなかった。ただ、うちひしがれる彼を見つめていた。

 鷹邑は、そこで長く、長く、崩れるように泣いた。

 ――じきに夜がきた。

 象はゾンビにこそ襲われないものの、別の野生化した動物に襲われないとも限らない。恐ろしい敵はうようよいるのだ。

「(けど、コイツらを守ってやる余裕はない)」

 しばらく頭を抱えるも、策は浮かばなかった。

「しかたない。生きてたらどっかでまた会おう」

 鷹邑は、今日一晩をこの舎で過ごすことにして、翌朝に発とうと決めた。

「ごめんな、アドニス。お前の友達はできそうにねえや」

「くぅん」

 二人は舎の中の壁際にあった、飼育用具などを保管する物置部屋で眠ることにした。打ちっぱなしで冷たいコンクリートの床だったが、今の鷹邑にはどうでもよく思えた。

 ――翌朝の、明け方。

 鷹邑は便意を催して、舎の隅で大小どちらの用も足した。起きていた象は知らん顔だったが、アドニスは、戻ってきた鷹邑から寝ぼけながらも距離をとった。

「逃げんな、クソが」

 鷹邑も笑って悪態を垂れながら、再び眠ろうとした。その矢先のことだった。

「シャッター音だ」

 鷹邑は、誰か来たら分かるように、内側から舎のシャッターを下ろしていた。

 物置の扉を少し開け、隙間から様子をうかがうと、そのシャッターが持ち上がってきている。白んだ朝日が、ゆっくりと入ってきていた。

 マガジンを外して銃の残弾を確かめつつ、起きたアドニスとともに小屋を出る。

 音を殺しての移動。シャッターから死角になる、壁際の鉄柱の陰に隠れる。

「(放飼場にゾウがいなかったから気づかれたか? )」

 シャッターの向こうから声。全ての動物が目を覚ましそうな、鶏に似た甲高い男の声。

「ここから生き残りの臭いがするなァ」

 大きな声は舎内に反響し、エコーがかかる。

「男と犬の臭いだなァ」 

 語尾が泥のように尾を引いている。

「ここは俺の狩り場なんだァ。動物は一日一頭、人間なら見つけ次第殺すって決めてる」

 一発、拳銃より大きな銃声がした。象の親子が声をあげ、放飼場へ連れ立って逃げていく。

「(あれは……猟銃か)」

「今日は象一頭の予定だった……でもイイ朝だからなァ。天気のいい、イイ朝だから……」

 スニーカーのゴム音がする。

 遠くから容姿を観察すると、髪はセットされていないボサボサの茶髪で、衣服はグレーのパンツに赤のパーカー。高校生だろうか。

「そうだなァ……決めた。今日どっちも殺そぉ」

 男は猟銃を構え、放飼場へ向かっていく。

 だが、その足を止めさせたのは鷹邑だった。

「やめろ! 」

「お、出てきたなァ。表の邪魔な車はお前のか? 」

「(しまった……勢いで出てきちまった……)」

 彼は持ち前の正義感を呪ったが、アドレナリンによる戦意が恐怖を上回る。

「(まだ五十メートルはある。弾は当たらない)」

 対人戦はゾンビ相手よりも激しい恐怖をともなう。鷹邑の額には汗がつたう。アドニスも銃の驚異を察知しているのか、突っこんでいくことも、吠えることもしない。

「おっさーん! 殺してやるからこっち来いよ! 」

「断る! 」

「なら象殺すぞォ! 」

 象を殺させずに、自分たちも生き残る。かつ、相手のことは無力化するのが至上命題。

「やめてくれ! 分かったから! 」

「聞き分けがいいなァ! ならあと十歩こっち来い! 」

「(これが、シャビの言っていたアンモラルって奴か……? だが、コイツは一人だ)」

 新世界の生んだ道徳のない怪物。それまでルールや社会に縛られ鬱屈していた人間が、狂気と武器を手にし、変貌した成れの果て。

「(拳銃もこの距離じゃ当たらん……どうすれば……)」

 先に立ち向かったのは。

「行くな! アドニス! 」

 アドニスは警察犬である。彼が市民をさしおいて退がることなど万に一つもない。

「はッ! 犬から殺すッ! 」

 警察犬における犬種ジャーマンシェパードの最高時速は約四十五キロ。その中でもアドニスは指折りの快脚。最高時速は五十キロ。五十メートル先からその速度で走ってくるアドニスに猟銃を命中させることは至難の業である。

 加えて。

「あぁもうクソッ! 俺も行く! 」

 鷹邑が威嚇発砲しつつ突撃を仕掛ける。

 拳銃による被弾の恐怖と、急速に接近してくるアドニスの両方に気を配ることは、いくら発狂した人間であっても困難。

「死ねェッ! 死ね死ねッ! 」

 恐怖で腰が引けた状態では、本来当たるものも当たらない。

 そして。

 ォォオオンッッ――!!

 背後から強烈に鳴きあげる象の声、それは放飼場から聞こえたものだったが、あまりの声量に、男は象が真近にいると錯覚した。

 アドニスが接近するまで、銃を回避するため蛇行して走ることを考慮しても約七秒。七秒の間に同時に起きた恐怖の連続で、男は四発全てを外し、ついに持ち手をアドニスに噛み砕かれる。

「あがァァアッ!? 」

 追いついた鷹邑が、男の手放した猟銃を蹴り飛ばし、仰向けに押し倒す。額に銃口を当て、アドニスをいさめる。

「アドニス、よし」

 アドニスが牙を離すと、男は虚ろな顔で鷹邑を見上げた。

「なんだ、有名人じゃン……」

 ここに医師はいない。手に負った傷は深さからして致命傷。

 男は引きつった笑みを浮かべる。虚勢である。乱れた茶髪が汗で、汚らしく額に張りついている。

「サインくれよ。チャンピオ〜ン……へへ」

「黙れ。お前は高校生か? 」

「うん、だから許してよぉ、なんでもするからさぁ」

「…………ごめんな」

 鷹邑は、引き金を引いた。

 ――動物園・正門。

 キャンピングカーの運転席で煙草を吸う鷹邑。

 やるせなさと、動悸と、深い悲しみとが、まだ心でわだかまっている。ため息はやまない。アドニスは、何事もなかったかのように大人しくしている。

「……次は避難所巡りかな。生存者にも聞きこみせにゃ」

 エンジンをかけ、シートベルトを差し込んだ時。開けていた窓から鳴き声が聞こえる。

 ォォオオン……ォォオオン……。

 さっきの象たちが道路の向こうから、鳴きながら歩いてくる。どうやら、舎を出たらしい。

「またなぁ! 元気でなぁ! 」と、窓から手を振ってハンドルを切る。アドニスも嬉しそうに吠える。

「わんっ! わぅっわうっ! 」

「よし、さぁ行こう! 」

 鼻を高々持ちあげ、まるで別れの挨拶のように振ってくれる二頭の象を尻目に、キャンピングカーは動物園を後にした。

 次は生存者を探すため、避難所に指定された建物を周ることになる。

次回へ続く。

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