FILE:7 ―― 伊形組参集
怖い時のコウジ君は表記が皇治で、普段のコウジ君は表記がコウジになります。けど普通に忘れてるときあるよ
――突如として勃発した激闘の翌朝。
事務所に戻った三名の伊形組構成員を加え、鷹邑、コウジ、アドニス、左門の計六名と一匹がオフィスに集まった。
鷹邑は集団から離れたところの回転椅子にかけ、天井を見上げながら回っている。
コウジは、組長のものであろうオフィス最奥の窓側のデスク、その机上に座りこんで、足元にアドニスを従えていた。
その前に構成員四名が横並びになっている。
左門の隣に並ぶ三人は奇抜な見た目だった。
順に、迷彩のカーゴパンツに黒のタンクトップを来た筋骨隆々の黒人、オカメ・ひょっとこの面をつけた小柄な女の子二人である。
黒人は名前をシャビ、オカメの子は五月雨、ひょっとこの子は霧雨といった。
女の子二人はまるで双子のようで、どちらもセーターの上にポンチョコートを羽織り、下には黒色のパンツを履いている。スタイルも声も同じで、違うのは髪色だけだった。五月雨は黒色、霧雨は金色のショートボブである。
そして、皇治をしてエースと言わしめる女、左門。
四人に向け、コウジは労いの言葉をかける。
「まずは皆、よく生きて帰ってきた。ご苦労様」
五月雨と霧雨が、すずめから借りたような細い声を合わせて「恐縮です」と返す。
「そりゃ無事ってもんだぜ。このガキンチョ二人の子守はこの俺よ? 」
二人とは真逆の、地鳴りにも似た声がオフィスを震わせる。アドニスがやや眉を潜めた。
「守られた覚えはないが」と、五月雨が言う。
「ないが」と、霧雨も続く。
「言ってろ。未成年ども」
「シャビ、成果報告を」左門が諫める。
「っと、そうだった。報告するぜ」
シャビはわざとらしく咳き込むと始める。
「ちょっと前までウヨウヨしてたヤクザも半グレも、今やどこにも見当たらねぇ。拠点を移したのか、それとも全滅したか……そこまでは分からんかった。すまねぇ。
それから、ヤクザが消えた代わりに新しく生まれた勢力がある」
左門の眉が興味深そうにあがる。
「人間もゾンビも喜んで殺す連中。他の生存者はアンモラルって呼んでた」
法がかつてのように機能しなくなったせいで、すっかり治安は崩壊している。ゆえに、そんな存在がいても不思議ではないと、ここにいる全員が思った。
「ひたすら殺して、漁って、犯して、それを繰り返してるらしい。ヤクザの何倍もトチ狂ってやがる」
「それは遭遇したくないね。で、ゾンビが出てきた理由とか、発生源とかは分かった? 」
皇治の質問に対して、シャビは頭をかいて答える。
「いや、分からんす」
かつてゾンビは、どこからともなく、まるでワープしてきたかのように現れた。引きかえに、おそらくゾンビと同じ数の人間が、忽然と姿を消した。
「頭の悪いSFだよな」遠くの鷹邑が茶化す。
「そう、まるでSFの世界。何も分からないのもしかたない……とりあえず目的を絞ろう。まず一つは親父の捜索。もう一つが伊形組の構成員および、その身内の捜索だ。この二つを並行して進めながら勢力を回復させる」
「俺、ボスに早く会いてぇよ」
「ワタシも」
「わたしも」
「速やかに安全圏を拡大しなければなりません。少なくとも、この歌舞伎町一帯は手中に」
「そうだね。そのアンモラルってのも、すぐにここを嗅ぎつけてくると思う。それまでに戦力と拠点の補強をしないと」
「了解したぜ」
「承知しました」
「しました」
――やがて、ミーティングが終わると、彼らは各々のデスクに散り、銃の点検や持ち物の整理をはじめる。
鷹邑は一部始終を他人事で眺めていた。
「おい、俺とアドニスはどうすんだよ」
左門が冷淡に答える。
「知らん。勝手に野垂れ死ね」
「アドニスとキャンピングカーは貰ってもいいな? 」
「ここ離れるの? 」コウジが車椅子で近づいてきて、そうたずねる。
「そうする。俺はヤクザじゃないし、集団行動も性に合わん」
「そっか。銃と弾と食料は好きなだけ持ってって」
「いいのか? 」
「命の恩人だからね。ヤクザは義理を大事にするんだよ」
「じゃあ、俺もこの恩をいつか返すよ。俺もこう見えて義理堅いんだ」
「嘘つけ」コウジは微笑む。
鷹邑は言われたとおり、好きなだけリュックに食べ物を詰め、銃と弾丸を潤沢に手に入れた。
「達者でな! 」
「うん、元気で! 」
鷹邑が指笛を鳴らすと、アドニスが喜んでついてくる。
「ノリの良いヤツだ。ほら、行くぞ」
「おい。キックボクサー」
鷹邑の背に、ふと左門が呼びかける。
「お前は、私が殺す」
鷹邑にはそれがエールに聞こえなくもなかった。
「あいよ」と、それだけ答えた。
――アドニスを助手席に乗せたキャンピングカーは、街をあてもなく走行する。
日中とあって、ゾンビはあまり見当たらない。
「平和なもんだ」
「わふ」
「やっぱそう思うよな」
そんな平和を享受しつつも、鷹邑の胸中にはしっかりとした目的がある。
「(身内の誰とも連絡がつかなくなって、もう何年だ……。誰かは見つけねぇと)」
アドニスを一瞥する。
「お前のダチも見つけてやりたいよな……あ、そうだ」
鷹邑は赤信号の下をくぐり、目標地点を定めた。
「おいアドニス。目指すは動物園だ。お前の仲間を探しに行こうぜ! 」
「わうっ! 」
舗装されていない道路をトバすと、後ろの荷物が好き勝手にひっくり返る。それでも、動物園を目指して進む車が、かつて快速でなかったことはない。
―― 次回へ続く。