FILE:5 ―― 最強ですね、左門さん。
開戦の ゴングが鳴るで にょほほほほ
(575)
――二人と一匹は、電力のかろうじて生きていたエレベーターに揺られて上昇していく。その速度は不安になるほどゆっくりだった。
「仲間がいるって話だったよな」
「うちのエースが生きてたら心強いよ」
「エース……組長? 」
「そんなわけ。まぁ、親父も強いけど」
「エースってどんな奴なんだ」
「女の人。髪は銀色で身長は百七〇ぐらい」
「女ヤクザか」
「想像の百倍怖いよ。会ったら気をつけて」
最上階の八階。
「このオフィスが事務所だよ」
先に車椅子のコウジが出て、アドニスと鷹邑が続く。
「思ったより、その、会社っぽいんだな」
「大層な城を構えると目立つから、わざと普通のオフィスを借りたって親父は言ってたよ」
「ちゃんと考えてんだなぁ」
照明を点けると、書類や機器の乱れた様子はあったものの、血痕はなく、死臭もしなかった。
「戦闘があった痕跡はなさそうか」
「家探しはされてるけどね。多分敵対組織のしわざ」
コウジは、ドスをアドニスに嗅がせ、警察犬の実力を試す。
「もとは親父が持ってた。ニオイで何か分かるかな」
「ふぅン」
アドニスは自信なさげに首を下げると、オフィスをうろつきはじめる。
鷹邑はデスクなどをバリケード代わりにエレベーターの入り口に置くと、照明を落とし、広くなった床にベルトを外して寝転がった。
「ま。続きは明日の朝考えようぜ。お前も痛むだろ。脚」
「うん。そうだね」
コウジは車椅子からゆっくり降りてフロアに横になると、傍にアドニスも寄り添った。どうやら父の痕跡は辿れなかったらしい。
コウジとアドニスは、オフィスの奥にある窓際のデスクの裏に眠った。鷹邑はエレベーターから数メートル離れた床に大の字になる。
――深夜。
鷹邑が、エレベーターの駆動音で目覚める。
エレベーターの押しボタンの矢印が下向きに点灯しており、誰かがこのビルに来ているのが分かった。鷹邑には、それが最上階まで上がってくるという不思議な確信があった。
エレベーターが上昇してくる。壁上部にある数字の点灯が一から八へと近づいてくるにつれ、鷹邑の心拍数が上がる。
八の字が点灯。
扉がスライドし、中の光が暗いオフィスへと漏れてくる。バリケードが長い影をつくった。
「(組の人間なら、敵じゃないよな)」
バリケードの隙間にのぞく人影。スーツを着ているのは分かるが、顔は積まれたデスクに隠れている。
「(相手は一人。アイツらを起こす必要はないか)」
念のため、鷹邑は拳銃のセーフティを外し、胸ポケットに隠し持つ。ついでに外していたベルトも着けなおした。
――オフィスが揺れる。
それは、デスクの山が蹴られ起きた震動だった。一番上の椅子と、その下のデスクが崩れ落ちる。アドニスが顔をあげて「何ごとか」と見回す。
「おうおう、大層な――」
二度目の衝撃。
バリケードが瓦解し、倒れたデスクを乗り越えて女が姿を現す。エレベーターの明かりで逆光になり、その表情は伺えない。
「誰だ。貴様は」
心臓に針を打ちこまれるような鋭い声。並の人間なら一言で身がすくむ。
「――応えろ」
次の声には怒気が感じられた。声は薔薇の棘のように鷹邑の鼓膜を突く。
「…………鷹邑一喜だ」
喉がこわばり、緊張のあまり返答に時間を要する。彼は、キックボクシングの試合に勝るとも劣らない重い空気の中にいた。
女が接近する。
ポニーテールの銀髪。落ちくぼんだ青い両眼が暗がりに揺れる。スーツの上に黒いトレンチコートを羽織るシルエットは将校を彷彿とさせた。
「お前も名乗れよ」
女はトレンチコートを脱ぎ、投げ捨てる。
鷹邑はこの女に会話の余地がないことを悟った。
「……まぁいい。俺は元キックボクサーだ。向かってくるなら痛い目みるぜ」
突如として発生したボス戦。鷹邑は間合いをとりつつ構える。
互いの必殺距離まで、あと一歩。
―― 次回へ続く。