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Abyssers  作者: Higasayama
Abyssers Season.1
47/56

FILE:47 ―― またあの花をあなたに

 ――シャビは、現実ではない、どこか懐かしい景色を見ていた。

 五月雨と霧雨が、まだ小学校に通い始めたくらいの頃。二人は、シャビと一緒にいる時だけ、オカメとひょっとこの面を着けるようになっていた。

「おい。二人ともよ。俺といる時になんでそんな仮面着けるんだ? 笑われちまうぜ」

 当時からシャビは、この二人の子守役を鉞から任されていた。

「俺は不思議だぜ」

「おしえなーい」

「おしえないわ」

 その理由はシャビにあった。

 二人は学校で、黒人であるシャビを揶揄する言葉をよく聞いていた。

 子どもたちは、二人を送迎する黒人のシャビを指さしては馬鹿にした。シャビ本人は慣れて気にもしていなかったが、二人は傷つき、怒り、反抗したくなった。

 だから、シャビといる時は仮面を着けた。シャビだけが馬鹿にされないように。すると自然に、シャビだけでなく三人まとめて避けられるようになったのだ。

 それは、親のいない二人を、ひたすらに明るい生き方で導いてくれたシャビへの、二人なりの恩返しだった。

「――シャビ……シャビ……! 」

「起きて! ねぇ、起きなさい! 」

 シャビは、二人から揺らされて、自分が仰向けに倒れていることに気がついた。胸がムカムカして、腹から必要な何かが漏れていく感覚がした。手でその部位を抑えるも、液の流れは止まらない。

 シャビは戦闘の最中、アンモラルの一人に腹部を刺された。防弾チョッキは着ていたが、防刃ではなかった。それが災いした。

「兄貴ッ! 」

「シャビさん! 」

 近くの組員達が声をかけるも、シャビの意識は遠い。

「救急キットは!? 」

「ありませんよそんな物! 」

「どんだけ世話になったと思ってんだ! 死んでも助けんだよ! 」

 組員たちは、避難民の遺体の山を遮蔽物にしてシャビを隠す。

「あ りがと みん な」

「やめなさいシャビ! 私たちを置いていったら許さない! 」

「ちゃんと止血して! 」

「やってますって! 」

「近くに救急隊はいたか!? 」

「すいません! 捜したんですけど! 」


 シャビ いつも ありがとう。だいすき。

 わたしからも ありがとう。もっと だいすき!


 ――それは、シャビが幼い五月雨と霧雨から受け取った手紙だった。幼稚園の宿題で、両親へ向けて手紙を書くものだったらしい。

 シャビは事務所のトイレにこもって泣いたが、声が大きすぎて組員全員に丸聞こえだった。

 シャビは南アフリカのスラムに生まれた。

 強盗が横行する街で育ち、近所の若者と自警団を組織して、日夜仲間と家族を守るために戦っていた。

 ある日シャビは、敵のギャングに捕まり拷問に遭った。その際に性器を斬られ、二度と子どもをつくれない身体になった。彼はそれでも仲間を売らなかった。仕事で鉞が立ち寄って彼を助けた時には、全ての爪が剥がされ、椅子の脚元に血溜まりができていた。

 それでも狂わなかった彼の精神に敬意を表し、鉞は伊形組へ引き抜いたのだった。

「――シャーリー! レビ! 宿題だ!」

「バーカ! その名前で呼ばないで! 」

「私はキリサメって言うんだから! 」

「そうよ! 私もサミダレって言うの! 」

 二人には生まれた国で付けられた名前があったが、中学生になったあたりでキッパリと名乗らなくなった。左門に憧れてのことであった。

「カーッ! めんどくせぇガキに育ちやがって! 」

 ――そんな記憶が、シャビを微笑ませる。

「(思い出しただけで、笑っちまう。この二人にイイ男がつくまでは、一緒にいてやりたかったぜ)」

 シャビは目をつむって考える。

「(町の奴ら、元気かなァ。貰った手紙も返せてねぇや……ヤクザは仁義が大事だからな、返さねえと、ボスに怒られちまう)」

 遠くに故郷の仲間たちがみえる。皆痩せこけて迫力がないが、笑顔だ。

「(セックスはできねぇ人生だったが、子育てはできた。そっちのが大事だよな。ボスはよくこれを任せてくれた。最後に直接礼が言いてぇ)」

 五月雨と霧雨は、左右からシャビの手を握った。シャビがはっと目を開けると、二人とも仮面を取っている。

「(この バカタレども)」

 シャビは二人の顔を交互に見た。すっかり大人になっていたが、印象は昔のままだった。

「(美人に なりやがって もっと 大人に)」

 彼の太い首から、糸を切ったように力が抜ける。

「シャビッ!! 」

「シャビ……バカ……大バカ! 」

「兄貴……! 」

「泣くんじゃねぇよ……! 」

 その死は()()()()()()()

 共に過ごした仲間が死ぬことなど、はじめから日常茶飯事の世界。

 家族や親戚、友人との別れなども、ヤクザたちは多かれ少なかれ経験し、その傷の痛みに慣れきっていた。しかし、(シャビ)の死だけは、この災禍にあっても、ひときわ大きく、鈍い光で輝いていたのだった。




その光、いつまでも眩しく。次回へ続く。

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