FILE:43 ―― 荷稲の克服
代々木にて、ゾンビやアンモラルと戦闘するシャビ、五月雨、霧雨たち。
銃弾が右からも左からも交錯し、怒声や悲鳴でまともな連携もとれない惨状。
「キリ無いわね……あぁもう、吐きそう…… 」
「早く終わらせて寿司が食いてぇよ! 」
霧雨は隅の欠けた面の角度をなおしながら悪態をつき、シャビは大声で笑いとばす。
「寿司……特上でお願い」
五月雨のお腹が鳴った。
彼らは並行して、民間人の救助活動や避難誘導を行っていく。
「この感じだと、ウチの持ち場は大丈夫そうね? 」
「だな! 」
「……フラグ立てないで」
「――左門」
「いかがされました」
東京。
ひっそりと静まる街をゆく車には、コウジと左門だけが乗っている。
「皆が最前線で戦っていると思うと、歯痒いね」
ポツリとコウジがこぼす
「我々は遊撃隊です。特異種が出たら急行して処理するのが役目。今はただ、連絡が来るのを待ちましょう」
「左門の花婿は来るかな? 」
「冗談はお控えください。鷹邑が来ても、何の仕事もありませんよ」
「鷹邑とは言ってないけどなぁ」
「……お控えください」
左門はいっぱい食わされたように顔を赤らめた。
――当の鷹邑はというと。
「おいアドニス。これじゃ高速使えねえぞ」
「わう」
高速道路でゾンビ二〇〇〇体に阻まれ、Uターンを余儀なくされていた。彼らが東京に辿り着くまでには、まだまだ時間を要する。
――伊形組事務所。
鉞は、ただ鎮座してその時を待っている。
オフィスには既に、鉄砲玉の遺体が三つ転がっているが、それでも鉞の狙いとは異なる。
だが、間もなく狙いのほうから姿を現した。
入口から、なんの気配もなく現れた白衣のゾンビ、中室。彼は枯れ果てた声で述べた。
「ㇵジメマして。伊形の゙長。中室と申しマ゙ず」
鉞は中室の他に、何かが迫る予感を覚える。
「ホンジつは、もうヒとり客を連れテキマ゙した」
デスク背後のガラス窓を突き破って飛びこんでくる、人外の侵入者。それはオフィスに並んだデスクに不時着して転がる。
鉞も立ち上がり、デスクに備えたショットガンで二発撃った。それでもなんのダメージも無い様子で、巨魁は中室の傍についた。
「やっと来やがったか。待ちくたびれたぞ」
鉞が首を鳴らすと、骨を踏み砕くような大きな音がする。
「今ヵらコロㇱマ゙すから、遺言ヺ考えデください」
「遺言? 」
鉞が腰に佩いた獲物を抜く。
それは伊形家に代々伝わる銘刀。
「叩き斬る」
「ご自由に」
――某所に潜伏している桃田、ミク、斧見、井上のチーム通天閣。庭園に息を潜めながら、桃田はじっと考えている。
「(戦局はまずまずや。
飛行機一機逃がしたんは痛いが、アビス一体、ジーニアス二体、アスレチック五体を捕捉できた。
東京に流入したゾンビの総数から推定して、全部でアビスは二体から三体。ジーニアスもアビスと同数かちょっと多いぐらい。アスレチックは十体から二十体ってとこか。
しっかし、想定より暴徒が多すぎるのは盲点やった。ゾンビ対策班のB分隊と、コウジの坊っちゃん、左門のペアと、戦力になる民間人が何人か手すきって考えると、まだ余裕あるか……?
鉞がどんぐらい強いかも知らんし、全員がどんだけ戦えんのかも分からん……)」
――桃田にとって想定外のことは、渋谷区内の体育館避難所にて起きる。
ここには荷稲、柄木、飯島など、以前の体育館戦を乗り越えた民間人が配置されていた。
ここはあくまで、小規模なゾンビの群れと、アンモラルの襲撃が予測されているだけだった。
しかし、その予測は無情にも外れる。
「あれは、話に聞くアビスか……! 」
荷稲は目を見開いた。
スライド式の玄関扉をバリケードごと破砕し現れたのは、四本腕と邪悪な巨躯のアビス。ソレに続き、ゾンビの群れが流入してくる。
「キャァアーッ! 」
「逃げろ! 」
「どこに!? 」
「逃げ場なんてあるか! 」
「戦うぞ! 」
「嫌だ! 」
阿鼻叫喚が巻きおこり、荷稲、柄木、飯島らの脳裏には、いつかの光景が蘇る。
真っ先に我にかえった荷稲が指示をとばした。
「柄木君! 左門さんに連絡を! 」
「はい! 」
「飯島さんは避難誘導! 避難口から一人でも多く逃がして! 」
「分かりました! 」
この体育館に、アビスと渡り合える戦力は配置されていない。こんなことは誰も予測していなかった。
「今一度、弓を取るほかないか……」
弓を持つと手が震え、極度の不安に苛まれる症状に陥り、荷稲はしばらく弓を置いていた。
「(あの猿の群れが、夢に何度現れた)」
アビスやゾンビは既に、民間人を捕えては惨殺を始めている。考える猶予はない。老体の中で、何かが吹っ切れる。
「あいや、分かった! 荷稲 秋草の弓道ここにあり! 存分に見せつけてやる! 」
弓を取り、乾坤一擲の射法八節。
「いい加減に往生せい。屍どもッ! 」
今、恐怖を越えて。次回へ続く。