FILE:32 ―― 計略渦巻け名軍師
ホームセンターを囲む車両から、わらわらとアンモラルの面々が降りてくる。
「ほな、始めよか」
桃田は拡声器を持つ。
「えー、テステス。本日はお日柄もよく、ちゃうな、ちょっと曇っとるわ。斧見、これどっちや思う……晴れ? じゃあお前、この天気なら傘持たへんの? 折りたたみ傘? なんや女々しいやっちゃな、そんなデカイ図体して」
声が全て拡声器にのり、センターを包囲する人々は一斉に首をかしげ、口々に話す。
「何言ってるんだアイツ? 口に生ゴミ突っこんで黙らせてやろうぜ」
「早く上がって殺そう。うずく」
「女いるかな? さすがに全員分はいないだろうな」
「ガキを探して今日の晩飯にしよう」
アンモラルのメンバーは、近衛の「屋内へ侵攻せよ」という命令を受け、ジリジリと包囲を狭めていく。
「ところでな」
そう言いかけて、桃田は黒いホイッスルのような笛を咥えた。斧見も同じものを咥える。
「クロウコールって知っとるか」
二人が笛を吹き鳴らす。サックスに近い音が、曇り空を突き抜けて響き渡った。
「ミナミのカラスは怖いでぇ」
「拙者も昔、ビッグマックを盗られたことがあるでござるからな」
音を聞いた者たちは空を見上げる。視力の良い何人かは、ゴマをばら撒いたように、空が点々と黒くなっているのを見つけた。それはカラスの大群だった。
笛を吹いた二人は、ニヤニヤしながら屋内へ戻っていく。
近衛は桃田の企みを看破した。
「なに、猿知恵よ。各々で鷹の音を鳴らしつつめ」
アンモラルは、それぞれスマホを使い、最大音量で鷹の鳴き声を再生する。
カラスはたちまち降下を止め、空中で旋回し始めた。
「はっ。烏なんざこわかねぇよ」
「鳴らし続けとくべ」
「早く中、行こう」
桃田は屋内を移動しながら、外の鷹の声を聞く。
「一の次は、二の矢、三の矢やで」
センターにいよいよアンモラルが侵入する。しかし、我先にと侵攻した者たちは、あるものに足を取られていた。
「うおぁっ! 」
「なんだこれ滑る……! 」
「油じゃないぞ! 洗剤か? 」
床には、フローリングを浸すほどの洗剤がまかれており、普通の運動靴や盗品のブランド靴を履いた彼らにとっては、滑ってまともに歩けたものではなかった。
「強面。スプリンクラー動かしてや」
『強面じゃないっす。井上っす』
「まぁ盛大に頼むわ」
『っす』
フロアに、スプリンクラーから水が放出される。床の洗剤が反応し、浅く泡が立ちはじめた。
「痛っ! 」
「クソッ、慎重に進め! 」
床にはまきびしのように画鋲が仕込まれていた。泡に隠れた画鋲を踏みつけた何人かは、もんどり打って嗚咽をあげた。
そんな体たらくの戦況を受けて、秘書は近衛に訊ねる。
「近衛様。いかがされますか」
「“火”の使用を解禁する。バルサンの効かぬ害虫など、建物ごと吹き飛ばすまで」
「かしこまりました。指示します」
指示を受ける前線。
「近衛の指示だ! 爆弾使うぞ! 」
「ブッ壊せ! 」
「火炎瓶も解禁だァーッ! 」
プラスチック爆弾や火炎瓶によって、フロアはまたたく間に火の手に包まれる。
爆発音を受け、スタッフルームにいた桃田は。
「派手にやってくれるやんけ。皆で改築したばっかやのに」
桃田は、スタッフルームにある監視モニター脇の、放送マイクを掴む。
『あー、あー……お前ら人の家になにをしてくれとんねんな』
暴徒と化したアンモラルは放送に耳を貸さない。
『……まだ攻撃やめへん気やな。なら、ここで忠告や。君らがウワモノぶっ壊してくれんのは勝手やけど、そしたら君らが僕らを殺すのはかなーり遅れるで』
ここで、ようやくアンモラルは放送を聞きはじめる。
『この建物には地下道があってな。その地下道から繋がる避難経路も整っとる。あんまり建物ぶっ壊したら、地下道なんか見つからんくなるなぁ? 』
「本当か? 」
「ハッタリだ! 爆破を続けろ! 」
『ハッタリかどうかは皆で考えや。ほな』
「壊せ!壊せ!」
「やれ!」
放送が途絶えた後も、人々は強奪し、破壊し、焼き尽くしていった。ただ、誰一人として人間は見つけられなかった。
一階の破壊があらかた終わった頃。
桃田はあるスイッチを押してから、斧見とスタッフルームを出た。桃田は大笑いして、斧見の腹とケツをぽこぽこ叩いた。
「なっはっは! そしたら閉店の時間や! 」
ホームセンター入口のシャッターが全て降りはじめる。建物の照明が消え、明かりは燃え盛る火の手だけになった。
「……は? 電気が落ちた? 」
「シャッターも閉まってる! 」
洗剤や画鋲も相まって、思うように退避が進まない。自らがまいた火種が、服や髪、肌に燃え移っていく。
その様子を別の部屋の監視カメラで見ていたミクが、桃田に状況を伝える。
「作戦が的中しましたね。お見事です」
「おっしゃ。あとは外の残りやな。ゾンビは? 」
「はい。ちょうど来ましたよ」
最初のクロウコールと、鳴り続ける鷹の音に釣られたゾンビの大群が、建物の隙間を縫うように出現。
「さぁ、王手やで。極悪集団」
権謀術数絶え間なく。次回へ続く。