FILE:3 ―― 辛せは空の上に PART1
くそいぬや蛙とび込む水の音。
タイトルは誤字じゃないよ。PART2で意味が分かるよ。
ふと鷹邑は、アドニスの首輪に、折りたたまれた紙片が挟まっているのを見つけた。
紙片を広げると。
『警察署最寄り業務スーパーにて救助待つ』
そのスーパーは警察署より二キロほど南下した所にある。
「ここで籠城してるってことか」
「アドニスの飼い主が書いたのかな? 」
「てことはソイツは警官だよな。仲間が増えるなら心強い」
「だね。スーパーなら食料山盛りかも」
「よっしゃ。そうと決まればすぐ向かおう」
しかし、時間は夜。車椅子のコウジを押していては危険なうえに時間がかかる。徒歩も現実的ではない。そこで目に留まったのは。
「あ、お誂え向きの車じゃねえか。あれでいいか? 」
「大賛成」
「ばうっ」
鷹邑が見つけたのはキャンピングカーだった。
「ラッキーだ。鍵が刺さったままになってる。ガソリンも十分だ」
「かなり広いね、キャンピングカーって初めて乗ったよ」
コウジは最後部のベッドスペースで横になり、青かった顔に僅かに血の気を取り戻した。
アドニスも、ベッドスペースと運転席の間にある居住空間に丸くなる。
「じゃ、目的地に着くまでは休め」
「あいよ」
運転が始まると一人と一匹はすぐに寝息を立て始める。コウジは時々車の揺れで唸ったが、それでも眠っている時間のほうが長かった。よほど疲れていたのだろう。
車は、極力駆動音を立てないことと、ライトを付けずに進むためにゆっくり進んだ。
目的の業務スーパーに到着。
屋内は明かりが消えており、ガラス張りの壁なのに内装は確かめられない。どこにも人の気配はなく、入り口の自動ドアも破られている。ゾンビの影も無い。
「警察犬なら知ったニオイで起きそうなもんだが」
鷹邑は一人で突入する気も起きず、とりあえずはコウジとアドニスが起きるまで、外から建物を観察することにした。
「中の人間はここを捨てたか、それとも全滅したか。もし後者なら……」
鷹邑は背後のアドニスを一瞥する。大人しく寝息を立てる様には可愛げがある。
窓から空を見上げると、ふと星々が目にとまる。今はもう街の明かりも減っているから、純粋な星空を拝める。
「宇宙、行ってみたかったな」
ゾンビが現れる前まで、人類は宇宙への夢を大いに膨らませていた。
「火星移住とか、月の有人探査とか、どうなったんだろうな」
「宇宙飛行士、今宇宙で何してんだろうね」
コウジの声がする。「絶対帰ってきたくないでしょ」と言って、カカカと笑う。
「けど、帰らないと宇宙線で被爆するんだぞ」
「ほんと? 」
「おう。だから宇宙飛行士は半年しか宇宙に滞在できんのだ」
「じゃあ、やばいね」
他愛ない会話。満点の星と、つかの間の平和。
ふと、アドニスが耳をそばだてる。鼻をすんすんと鳴らし、何かを探すような仕草をはじめた。
「飼い主のお出ましか? 」
「ゾンビじゃないといいけどね」
コウジはベッド脇の車椅子に乗り込んで銃のセーフティを外し、鷹邑もまた腰の銃を取り出す。
外からの足音。
ゾンビのものか、人間のものか。
「十中八九、ゾンビだな」
「だね」
「一体だ。俺が出る」
鷹邑がドアを開けて出ると、そこには女性のゾンビが立っていた。警官の制服を着ているが、至るところに裂けた傷や、破かれた形跡がある。
「ちょっとエッチに見えなくも……ないな。うん」
ゾンビは鷹邑を発見。彼を求めるように両手を彷徨わせて近づいて来る。
目をすがめて狙いを定める鷹邑の後ろから、アドニスが尻尾を振って飛び出す。彼は舌を出し、息を荒らげてゾンビへと駆けていった。
「おい、アドニスどうした。アドニス! 」
―― 次回へ続く。