FILE:29 ―― Hoooope!!!!
駆けつけた二頭の馬とアドニス。
第二ラウンドは文字通りの異種格闘技戦へ――。
「お前ら競走馬だよな」
二頭はどちらとも、毛はツヤやかで、全身から脂肪が削ぎ落とされ、筋肉が光を帯びている。それに、この脚の速さは並ではない。
「お前も死ぬんじゃねえぞ」
「バウッ」
馬二頭はゆっくりと、アビスを囲むように左右に回る。威嚇するように鼻を鳴らし、荒い息で敵意を見せつけた。
「(馬の蹴る力は、俺たちより格段に強い。俺とアドニスで隙を作ってやれば……)」
アビスの広背の両腕は、左右に分かれて一頭ずつと対峙する。残った腕は、鷹邑に対して構えられた。
「俺に二本も向けていいのか? 脳味噌スカンピン野郎」
「スカんぷ、プンプ? 」アビスは口角を上げる。
「何言ってっか分かんねえんだ―よッ! 」
「ワウッ! 」
鷹邑の右ミドルキック先制。
アドニスが走る。
アビスは左腕の尺骨でキックを受ける。骨を蹴り砕く音。
アドニスはアビスのすねを犬歯で抉り立てる。アビスは小ざかしそうに脚を振り、アドニスはその勢いで宙へとばされ、再び距離が生まれる。
「分かったぜ……テメェ、骨治すのには時間かかってんだろ。さっきの首も、その腕も不自由そうじゃねえか」
「スカんぷ、プンプ! 」
鷹邑は次の一手を考える。
「(敵は確実に傷んでる。だが決め手に欠ける)」
ときおり、左右から馬が詰めるも、剛腕で牽制されると、たちまち距離をとってしまう。しかし、そのアビスの行動から、鷹邑はあることを悟った。
「お前、まさか馬を怖がってんのか。 俺が近づこうがそんな牽制しなかったろうが。おいおいおい」
鷹邑は不敵に笑う。
「不利かと思ってたが、んなこたねぇ。始めから俺たちが袋叩きしてたわけだ。すまん、すまん」
スポーツマンにあるまじき嘲笑。相手は確かにゾンビだが、ここまでコケにしていいものか。
「万事休すってことだなァ。じゃあ、もしあのままコウジたちが消えてなかったら、お前今ごろ――」
「――ビヒッ゙」
馬一頭分の断末魔が聞こえた。
「…………え? 」
鷹邑はその事実を受け入れるために、戦闘の最中でありながら五秒を要した。
六秒後、彼は正面からあばらに拳を入れられ、しばらくの間、浮遊しながら空を眺めた。死にはしないことが、辛うじて分かっていた。
「…………もう…………一体? 」
殴り飛ばされる寸前、もう一体のアビスが、馬をクッションにして着地し出現したのが見えた。間違いなく四本腕、同じ形状。
アドニスの鳴き声が遠ざかる。
馬はあと一頭になった。
敵はどこに。
暗くなる視界の中で考えると、どうにもならないことだけが分かった。
「おウおウおウ」
「おウおウおウ」
二体のアビスは呼応する。生き残った馬とアドニスは鷹邑を庇うように立ち塞がったが、当然、そんなことで戦況は覆らない。
鷹邑が仰向けになったまま吐血する。
二匹の動物は処置の術を知らない。
他に誰の気配もない。
仰向けの鷹邑の視界には、雲の間を縫うように飛ぶ、黒い点が見えた。
プロペラの旋回音がする。
「(ドクターヘリじゃ、なさそうだ)」
馬も、アドニスも、アビスさえも、どんどん高度を下げてくるヘリコプターを見上げた。
十分に高度を下げ、宙で静止したヘリから、鷹邑の側にワイヤーが降りる。ヘリの風圧で馬の鬣がなびく。
それから、フルアーマーの兵が五名連続して降りてくると、彼らは、鷹邑とアビスの間に並んで配置した。合計五人の隊員。その背中には。
「ゾンビ災害独立対策班、現着。目標二体と接敵」
『接敵了解。目標討伐の判断は一任する』
「了解」
隊長と思しき中心の男はインカムの通信を切ると、鷹邑をゴーグル越しに一瞥してから、ライフルを構えてアビスに向き直る。
「総員、民間人を護衛しつつ、アビス二体を撃破せよ」
四人の隊員も、口を揃えて応答した。
「了解」
突如として救援に現れた日本警察最高戦力。
希望の第三ラウンドへ、ゴング。
次回へ続く。