FILE:22 ―― Honey days, Honey morals.
――アンモラルにアジトはなく、根城はいつも、彼らが適当に占拠した民家などである。
そこはまだ、生活感の残るリビング。
三人の人間がいる。
赤子の写真をくりぬいた面をつけた埴は、テーブルに直接腰をおろしている。
離れたソファにかけているのは、紺色の袴の老人。 彼はローテーブルの茶をたまにすすっている。
最後の一人は、どどめ色の袴を着た、これも老人。庭側にある大きなガラス戸に向かって仁王立ちしている。
紺色の袴の老人は近衛といい、どどめ色の袴の老人は東條といった。
話を切り出すのは近衛。
「近ごろは、右翼の活動が活発化しておりますな。かつての日本を取り戻すぞ、と。さらには、我々を共通の敵にしてまとまっているようです」
「浅はか」東條が一蹴する。
「僕たちの名前が広まりつつある証拠だね」
「たかが政治団体がなんの武力を持ちましょうや」
近衛は一笑にふす。
「そりゃ武力は外注に決まってるよ」
「いつの世も常套手段ですな」茶をすする近衛。
「ヤクザなど恐るるに足らず」上の空で呟く東條。
「油断大敵ー! ほら、作戦会議するから席について」
二人は、埴が座るテーブルに面したイスへ向かい合わせで座る。
「これから僕たちが戦う相手は増えていく。考えなしに進めば、大ダメージは避けられない」
近衛は腕組みする。「でしょうな」
「しからば、次はどこへ」東條が口だけを動かして訊ねる。
「東京だ。遊び道具が山ほどある」
「その経路には、大阪がありますな。
あそこには、再興に励む民間組織が乱立しとるようです。京都では、同じ勢いで文化財保護団体がわいていると」近衛はかかと嗤った。
「今のお前、僕よりヤバい顔してるよ」
「これはこれは、失敬」
「分かってるよ。うずうずしてんだもんね。自作の武器とかアイデアを皆がどんどんあげてくれるから、僕も選べなくなってきてるよ」
東條が一つ咳払いする。
「さしでがましいようですが。チンケな民間人などいくら殺しても詮無きこと。力ある者を傷つけ凌辱せねば、名声も高まりますまい」
「近衛はとにかく人数を稼ぎたくて、東條は地位が欲しいんだね。どっちがいいかな……近衛、僕たちって今何人? 」
「七〇〇人近くおります」
「じゃ、三つに分けようか。それで経路を三つに分けて、東京で合流しよう。どう? 」
「なぜ三つに? 」近衛が疑問を抱く。
「今みたいに、最近はアンモラルの中でも、皆のやりたい事が分かれてきてるからね。
目的ごとに、近衛、東條、僕の隊に分けるんだ。東京に予定通り到着すれば、後は何をやってもいい。
近衛は大阪で大暴れすればいいし、東條は要人の暗殺でもすればいいよ」
「それは妙案……しかし、一つ伺ってもよろしいですかな。埴殿」
「なに? 東條」
間合いをはかるように沈黙が生まれる。
「埴殿は、何を見据えておられるのか」
「……何も? 」
「何も、ですか」東條は宙を見つめる。
「僕もそうだけど、アンモラルの皆は空っぽだよ。愛するものも、守りたいルールもない。かといって、社会ではほどほどに生きていたゾンビみたいな人たち。
だから、僕たちはご馳走のほうへ歩いていく」
「しかし、それならば、人々が埴殿につき従う理由が説明できませぬ」
「なんでだろうね。顔が良いからかな? 」
「仮面ではありませんか」
「いやなに、簡単な話さ。
僕たちの行動が世界史にどう残るのか。何万人もの人を殺せば、本当に人は悪人から英雄になるのか。それを実現するのはどんな人なのか。
それを皆気になっていて、一人ならわざわざ行動しないけど、組織があるならノッてみるかって話」
「埴殿は好奇心をかき立てる才能がお有りだ。民草を動かすには、好奇心をくすぐるのが一番」近衛はしわを深めて微笑し、東條は一切表情をつくらずに頭を下げた。
「こんな機会、後にも先にも無いよ。絶対モノにしよう」
「御意」
次回へ続く。