FILE:20 ―― ラスト・ボス
声明の動画は選挙放送を真似ており、後ろの手話通訳やネームボードまで、皮肉っぽく再現されていた。
画面中央のスーツの男は面を着けている。赤子の笑顔の写真を現像し、雑に切り抜いたものだった。
スピーチが始まる。
「皆様ごきげんよう。僕はアンモラルのリーダー、埴。それから、この子だけど――」
自らの面を指差す。
「この子の名前も埴。名付けられる前に奪って、僕と同じ名前を付けたよ。早い者勝ちだね」
後ろでは、表情を失った女性手話通訳が、必死に手と指を動かしている。
「次。僕たちは普段、何をしているか。
僕たちはよく、クレーンを使って人を遠くまで投げたり、大仏様の中をくり抜いて内側に家具を持ち込んで暮らしたり、湖に毒をまいてから、浮かんできた魚の数を数えて、生態系を調査したりしている」
手話の女性は時々怪訝な顔をするも、画面に映らない何かに怯えたように、手話を再開する。
「今回は、ガソリンを使っておっきな火文字を書いたんだ。✖市は、ほら、昔戦争があったよね。だから、『死』っていう字を、街を使って、めいっぱいに書いておいたよ」
埴は、言い終わるとおもむろに仮面を剥がす。
「ばぁ」
すると、下には別の子どものお面があった。表情は笑っていて、五歳ぐらいの女の子だった。
「とりあえず、やりたいことは沢山あるからね。
富士山も噴火させたいし、琵琶湖もせき止めてみたいし、ゾンビを何万体も集めて警察と戦わせたいし、自衛隊の駐屯地に爆撃ドローンを突っ込ませたいし、ヤクザとマフィアを戦わせたらどっちが強いのか見たいし、あぁもう、言いきれない」
埴はヒートアップしていく。
「そうだ、これを観てアンモラルに興味を持った方はぜひ、自分がやりたかったことを行動に移してみたらいい。好奇心は猫をも殺すと言うけど、今この国では、好奇心で何を殺しても許される。
では、さようなら」
動画が終わる。
一番に口を開いたのはシャビだった。
「……これが人災ってヤツか? 」
「かもね」霧雨が面を浮かせ、手で顔を扇ぐ。
フロアには怯えが充満した。誰もが、今の連中がこの街に迫っている事実に恐怖した。
「そういえば、コウジとか他の組員は? 」鷹邑が聞く。
「出払ってる」霧雨が一蹴。
「……そうか」
――夜がふけ、皆が寝静まったころ。
アドニスが、最初にその音と臭いを察知した。鷹邑も、第六感的に目が覚める。
「敵か」
エレベーターの駆動音。
馳芝、荷稲、シャビ、霧雨の四人もまた起きると、デスクの陰などに息を潜めた。
牙をむくこともせず悠長に口角をあげているアドニスを除いて、誰も気を緩めなかった。
扉が開いて薄い照明が差しこむ。
二つの影。
先頭は左門だった。相変わらず、洞窟の入り口のように暗い目をしている。
彼女に続いて現れた姿に、ある者は驚愕し、ある者は歓喜した。
獅子を彷彿とさせる金髪にサングラス、二メートルにも届くであろう身長に、トラックともがっぷり四つで組める肩幅。はち切れんばかりの黒スーツの上から、返り血まみれのロングコートが羽織られ、口元には葉巻を寄せている。葉巻と逆の手はポケットにあった。
威厳に満ちた彼が、見た目どおりの声を発する。
「ポリ公がいるな」
「処理しますか」
「構わん」
彼はやがて、最奥のデスクに腰を下ろす。
「全員訊け」
子どもを除いて、寝ていた他の生存者たちまで立ち上がり、目を見開いて彼を見つめる。
鷹邑だけが、立ちもせず、座ってアドニスを撫でていた。
「この伊形 鉞が、組長として伊形組の方針を伝える」
全員が頭をたれる。その拍子に、誰かの汗は額から床へ落ちた。
鉞はサングラスを外す。
「ただ明確に。アンモラルを、撃滅する。それから――」
その眼光は、獅子からくり抜いた眼球をそのままハメこんだようだった。
「――左門、鷹邑、コー君の三人はチームになって、この戦いの中枢を担ってもらう」
コー君呼び、その理由やいかに。次回へ続く。