FILE:19 ―― アビス / アンモラル
黙って話を聞いていた馳芝が、シャビを遮り説明をはじめる。
「アビスは、未確認だけど存在が想定される、いわば未知のゾンビ。
例えば、アスレチックとジーニアスの能力を両方持ってるとか、ゾンビ化した動物とか、ゾンビって範疇にくくれなくなった連中を総称してる」
飯島はさらに質問をかさねる。
「ってことは、人間じゃ倒せないようなゾンビも存在する可能性がある、ということですか?」
「可能性はゼロじゃない。途方もなく小さな確率だとは思うが」
「ま、ここらでポジティブな話も挟もうや。この国にゃ、事態解決に向けて頑張ってる連中もいる。そいつらの話をしよう」
「待ってました! 」柄木が声をあげて手を叩いた。無理に盛り上げようとしている感じが痛々しい。
「おうおう。とはいっても、これに関しちゃ茉生チャンのが詳しいな」
「多分そうだろう。私が代わりに話そう」
馳芝は立ち上がり、ホワイトボードに書きながら解説する。
「まず、日本の警察にはSATという特殊部隊が存在する。彼らとは別に、新たなチームが結成された。
通称『ゾンビ災害独立対策班』。
ゾンビによって起きているパニックのうち、大規模なものに対応しているチームだ。
さっきの話で言えば、アスレチックやジーニアス、アビスの対応などにはこのチームがあたることになっている」
「かっけぇ〜」シャビは、椅子にこれでもかと深く腰かける。もはや尻ではなく腰で座っていた。
「彼らは少数だが精鋭だ。戦果も多く挙げている。ゾンビを相手にするなら最も頼りになる」
「頼りに、ねぇ」霧雨はひょっとこのアゴをさすりながら呟いた。
「次に―― 」
それから、いくつかの説明が続き、敵対組織の説明に移る。
「あんまし聞きたくねぇなぁ」
「右に同じ」鷹邑とシャビがぼやく。
「とはいえ、一組織だけ。こいつらにだけ、絶対に注意してほしい。連中が現状最も危険で動きが読めない。遭遇したら絶対に戦わず、なりふり構わず逃げてほしい」
「アンモラルか」シャビがポンと手を打って答えた。
「そう。連中のリーダーはまったくの一般人。強いて言うなら、極めて強いサイコパス的素質を有した人間。メンバーも全員、自由に生物を殺しまくる連中。
簡単に言えば、キ●●イが群れている」
「タチ悪」鷹邑はアドニスをあやすように撫でる。
「アンモラルは目についた生物をひたすら殺し、文化を破壊している。奴らの行動に例外はない。不法移民や国外組織ですら、連中に出くわしたら逃げるよう徹底している。
現に、九州北部に潜伏し始めた韓国系暴力団が三つ滅んだ。アンモラルの連中は、組員の腹に爆弾を埋め、拠点に戻ったところを爆破したそうだ」
シャビが吹き出す。「なんとかホイホイみてえ」
馳芝が念を押しす。
「最も恐ろしい敵は人間だと言うが、その実は違う。駆け引きや、損得勘定のできる人間はまだマシだ。それが犯罪者や暴力的や奴だとしても。
最も恐ろしいのは、人間の形をした何か。
形こそ人間だが、その思考回路や一挙手一投足は、人のソレとは違う」
「俺も故郷にいたときゃ、一番怖いのはテロリストより気が触れたご近所さんだったな」シャビが懐かしそうに天井を見上げた。
「アンモラルは、九州から行動を開始して北上していると警官のネットワークで知らされている」
シャビと霧雨は考えこむ。
「ここ東京まで来られたらどうするか、って話だな」
「私たちみたいな暴力団を逃がしてくれるほど、優しくはないでしょうね」
「とにかくよ、それまで物資集めて、後手にならんよう対応を――」
「おい」
スマホでアンモラルについて調べていた鷹邑が声をあげる。
「全員、ニュース見ろ、速報でてる」
各々はガラケーやスマホで、それぞれニュース速報のトップを見た。
ある人は目を覆い、ある人は嘔吐した。
『広島県✖市にて五万世帯火災。避難所も焼け死傷者多数。アンモラルが犯行声明を発表。声明動画は以下のリンクから』
――全てを焼き尽くす人災、迫る。次回へ続く。