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Abyssers  作者: Higasayama
Abyssers Season.1
16/56

FILE:16 ―― 幕の模様は降りたときにわかる

 肉を焼くような臭いがして、にわかに視界がもやがかる。生存者たちのもと来た道筋に、いつのまにか遺体を糧に炎の柱が立っている。

 縦木とはこれで完全に分断されてしまったことになる。それと引き換えに、猿の群れは一気に勢いを失った。

「さ、喪に服してる時間はないわ」

 霧雨が手を叩いて切り替えるよう合図する。

「皆、行くぞぉおーッ!! 」

 誰かを悼む余裕などない生存者たちの意思が、シャビの一喝する雄叫びによって一つの目的へ向かう。ときの声を上げて猿やゾンビの群れと激突。最後の突破戦が始まった。

 ――鷹邑が一延のもとに駆けつける。

「薙刀クン。名前は? 」

「あ、え、誰ですか? 」

「俺は鷹邑一喜。ほら、君は」

「一延 瑠希(るき)です」

 目の前のボスは、あと十年は倒れる気配がない。そして、前腕を床に浅く浮かせ、半身になっている。これはいわば“構え”だった。

「コイツ、かなり学習してますよ」

「だろうな。半身の猿なんて初めてみた」

 このボス猿が半身をとったことで、脇や肩の筋肉が邪魔し、少なくとも直接心臓を狙うことはできない。

「頭しかないか」

 ボス猿はゆらり、ゆらりと、左右に身体を振るように構えている。矢で射抜かれた経験から、頭を狙われることを避けているのだろう。

「すぐに仕留めるぞ」

「えぇ。今はなんでも、できる気がしてます」

 放火の影響で体育館の温度が上がってくる。二人の額に伝う汗が、あごから滴る。その汗が、床に落ちる。

「来るぞ! 」

「はい! 」

 ボスは上体を浮かせ突貫。巨大な左手で顔の上部を隠している。脳を守っているのだ。

「このッ! 」

 手刀の標的になった一延は、その間合いから半歩だけ下がる。これによりボスの想定にズレが生まれ、最大の威力は発揮できない。つまり。

「流せる」

 薙刀をボスの手首側面に合わせ、その威力のままに受け流す。すかさず鷹邑が弾丸を撃ちこむめば、正面に向いていた胸部に着弾し、黒い毛に赤黒い風穴があく。

 ボスは一、二歩と引き下がるも、自分の目に刺さった矢を引き抜き、振りかぶって投擲(とうてき)

 それは、見切れなかった一延の左脇腹を貫通した。

「うッぐあァ!? 」

「出血抑えろ! 」

「いえッ! 」さらに一延のパンツの裾に、気づかないうちに回ってきていた火が着火。

「おい……おい、どうする気だよ」

 一延は薙刀を持ち上げるように上段で構え、足から徐々に伝わってくる火を消そうともせず、ボスへ歩を進める。

「何でも、できそうな、気が……するんです」

「行くな、おい、死ぬって! 」

「上等です――」

 ――特攻という行為は、なぜ可能なのか。超常的なアドレナリンと正義感、意思、恐怖、あらゆる感情と理性と本能がより合わさって生まれる三重点、死をも損得勘定から外す、常軌を逸した精神状態。それこそが、命を直接敵にぶつける特攻を可能にする。

 一延はもはや、痛みも熱さも感じない。

 恐怖からも絶望からも遠ざかった境地。

 一延はこれこそ、自分が、元の世界に生きていたら千年かかっても辿り着けなかった、武の極地だと体感した。凡人が平和な国で稽古しただけでは、決して見えなかった景色が、目の前に広がっているのだ。

「さぁ、来い」

 一延の衣服をも火炎が覆う。鬼神のごとき背姿の彼がボスと対峙する光景は、修羅と妖の争う絵巻物。

 手出しできずに息をのんでいた鷹邑に、霧雨の声が聞こえてくる。

「退路が開けた! 全員来て! 」

 一延はもう助からない。火の手が鷹邑の退路を塞ごうとしている。考える時間は残っていない。

「任せたぞ。一延クン」そう言い残した。

 生存者たちが切りひらいた退路には、ゾンビや猿が死屍累々と横たわっている。火事のせいで、天井は既に煙で見通せない。

「皆、無事か! 」

 壁に沿い非常口へ向かいつつ、馳芝が呼びかける。

「大丈夫そうだ! 」殿(しんがり)のシャビが追いすがる猿に弾をお見舞いしながら走る。

 今や陣形は跡形もない。子どもを中心において、戦えるものが遮二無二抗っている。

「しばらく弓は触りたくない! 」荷稲が初めて文句をこぼし、痰を床に吐いた。

「ワウッ! ワウッ! 」アドニスは馳芝の足元を興奮した様子で走り回っている。

 子どもたちは誰も喋ろうとしなかったが、全員息が荒く、かなり消耗しているのが伝わってきた。母を失った子も、荷稲に渡す矢が尽きて皆に守られている。

 火に逃げ惑う猿。それを狩るゾンビ。体育館は地獄である。はじめにできた猿の山がキャンプファイヤのように燃え盛り、崩れ、割れた採光窓から煙がでていった。

 煙にかすむピクトグラムが、ついに目の前に。

「出ェ口じゃァアーッ!! 」

「やった……」

「子どもを先に! 」

「急げ、急げ! 」

 ――生存者たちは外へ。

 新鮮な空気も、今の彼らの意識にはない。

 シャビのバン、鷹邑のキャンピングカー、馳芝のパトカーに人を分けて乗りこむ。

 去る間際。

 窓から、体育館を振り返る。

 猿やゾンビの喧騒は続き、煙があがっていた。炎も強くなっていた。やがて建物も燃え尽き、倒壊してしまうのだと分かった。

 三台の車は、伊形組事務所へ向かう。

 ――こうして、無数の猿とゾンビに襲われた未曾有の大激闘は、三人もの尊い犠牲を払い、幕を降ろしたのだった。

 車内に会話はなかった。

 生存者たちが、一様に同じことを思っていた。

 この世界で生き残ることはできるのか、と。

勝った!第三部完!

次回へ続く。

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