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Abyssers  作者: Higasayama
Abyssers Season.1
14/56

FILE:14 ―― 三つ巴の戦い

 正確無比な荷稲の矢は、ボスの左目を、針に糸を通すように射抜いた。にもかかわらず、ボスは目の潰れたまま前進を続ける。

「たじろぎもせんか……」

 シャビが喚く。「ヤベェって! 」

 ボスの危機を察知したのか、「大将を殺らせまい」と猿の群れが獰猛さを増す。

「くっ……うぁっ! 」

 一延の薙刀に猿がしがみついたのを、荷稲が手に取った矢で突き刺す。「御免! 」

「ありがとうございます! 」

「前線耐えろ! 子どもだけは守れ! 」

 そんな馳芝の声も喧騒にかき消される。

「腕がそろそろ動かん! 」木刀を振る縦木の攻撃も弱々しくなっていた。

「もっと持ち手を上にして! 短く持って! 」柄木が短く持ったバットで猿を殴りつける。

「なるほどなぁッ! 」縦木はすぐに採用し、目の前の二匹の峰を打った。

「我々も前に出ます! 」予備の薙刀を一延に渡してしまった一人に後衛を委ね、状況報告役の三人も前線に出る。

「痛ッ!? 引っ張るな畜生! 」

「髪を掴まれないように気をつけて! 」

「多すぎでしょ! 」

「助けて! 」

「自分でなんとかならない!? 」

「リロードの時間もない……! 」

 もはや、誰が何を言っているのかも判別できない状況下で、ひっそりと、霧雨は敗勢を認めていた。この状況を押し返す手立てがない。まだ何百といる群れを相手に、出口まで突破することはできない。

 霧雨の面の下には血が滴り、引き金を引きすぎた指が痺れて痙攣している。

「(……あっけないものね)」

 これは、涙すら生ぬるい絶望。

 しかし、それは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 歩を進めるボスの足が止まり、眉をひそめて周囲を見渡す。

「あれは……ゾンビ……? 」霧雨には、それらが初めて希望にみえた。

「ヤッハー! 大量だァーッ! 」

()()()()()()! 」

 生存者たちが思い思いに叫ぶ。入り口の扉から、轟音を聞きつけたゾンビの大群が侵入してきたのだ。この体育館は()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼らの発する音は近所のそこら中に響いていた。

 動物は人間とゾンビを見分けられない。猿の群れの半分ほどが、ゾンビの集団へ血眼で向かっていく。

 ゾンビは身体を齧られたり、よじ登られて頭を殴られたりするが、同時に反撃も始めた。猿もまたゾンビに喰われ、踏まれ、蹂躙され始める。

 とはいえ、ゾンビは生存者も襲う。これはいわば、人と猿とゾンビの三つ巴の戦いである。

「今しかない」と、全員が直感する。馳芝が皆へ呼びかけた。

「この機を逃さないで! 走って! 走れッ! 」

 皆が士気を取り戻し、薄くなった猿の層を押しはじめる。

 ボスは一時その場から動かなくなっていたが、やがて決断したように生存者たちのほうへ向かってきたのが見える。誰もがゾンビのほうへ向かうことを期待したが、現実はそうではなかった。

「私が足止めします! 皆は避難を――」と、馳芝が言い終える前に。

「僕が責任を、とります」

 一延が、弱々しくも決意を感じさせる面持ちで言った。彼は一人の母親が死んだ瞬間から、この決断を準備していたのだ。

「駄目です、貴方では……勝てません」

「それは、この場の誰でも同じことですよ」

 彼は進みでる。

「僕の薙刀は、今までなんの役にも立ちませんでした。挙句の果てには、それを奪われて、人が死んだ……次は全員が死ぬかもしれません」

 馳芝がその肩を掴む。その手は震えていた。

「やめて……ください」

 馳芝の手をほどき、一延は死地へ向かう。

 群れをかき分け現れたボスは、立ちふさがる一延を見下ろす。その体格はあまりにも大きく、目の前の彼など一撃で倒せるのは明らかだった。

「……止まれ。ここは、通さないぞ」

 ボスは壮観な顔つきで、まるで勇気を称えるように一延を見つめる。対する彼は中段の構えをとる。刃先を上げ、手前の手を後ろ足の付け根に構える。これはオーソドックスな構えがゆえに弱点も少ない。薙刀を体の重心付近に置く、動きやすさも兼ね合わせた姿勢。

「(コイツは目も潰れて重傷。少しでも時間を稼げばいい。倒さなくていいんだ。どうせどこを打ってもダメージにならない)」

 ボスと一定の距離をとりつつ、彼は思考する。

 だが、ボスの裏拳によるなぎ払いが、その思考を塵のように吹き消した。彼は反射だけで後ろに跳んだが、風圧で服がなびくほどだった。

「はは……受けたら即死……」

 今再び、柄を握りしめる。

「なら、受けないぞ」

 一方。

「火炎放射器で燃やすのはどうだ! 」

 縦木が、あちこちに折り重なった猿の遺体を指さす。

「一匹に火をつければかなり燃えるんじゃないか!? 」

「誰が取りに戻んだよ! 柄木、お前行け! 」

「一人でですか!? 」

 スプレーとライターを持った彼女の遺体は、ゾンビと猿が争う渦中にある。

「じゃあ誰も行けねぇよ! 」シャビが嘆きながら、足元の猿を蹴り飛ばした。

「諦めるしかない! 他の手立てを! 」馳芝も続いた。

「じゃあ行く! 防具がある! 」縦木が、木刀を携えて走り出す。とはいえ、彼の面の面金は、殴られた跡で邪悪にへこんでいた。

「無謀が過ぎる……! 」馳芝は縦木の後ろ姿を見て呆れかえる。

「援護するわ! 」

 霧雨が縦木の後に続く。彼女は腰へ拳銃の片方をしまい、代わりにスカートの内側のレッグストラップに隠していたコンバットナイフを取り出した。縦木へ声をかける。

「まだ元気だせる? 」

「もちろん! 」

「なら、頼りにする」

 霧雨は面の角度を直しつつ身を屈め、ほぼゾンビの膝ぐらいの高さにまで目線を下げる。猿とゾンビの乱戦に突入した彼女は、ゾンビの脚や猿を手当たり次第に斬り進んだ。一見すると無茶苦茶な突撃だが、その実は違い、体勢を崩したゾンビや呻く猿による道ができている。

「来て! 」

「えぇ! 」

 縦木は、姿勢を悪くしたゾンビや、ゾンビに乗りかかる猿へ、的確に突きや打撃を加えていく。

 ――だが、どうしても、縦木、霧雨、一延を欠いた生存者たちは苦戦を強いられる。

「(リロードする暇も無い……! )」

 馳芝は片方の拳銃を飯島に渡し、警棒と拳銃を持って応戦している。

「全員無事か! 返事を! 」

「っす! 」柄木がかっ飛ばした猿が、馳芝の視界を横切っていく。

「俺も大丈夫だ! 」シャビも霧雨同様、隠し持っていたドスを使いつつ奮戦していた。

「健在! 」荷稲は肩や腕に、猿に噛みつかれた痕があり血が滲んでいたが、子らも守りつつ、まだまだ健闘している。とはいえ。

「矢が尽きるぞ! 」

「こっちも弾が足りねぇ! 」

 あまりの敵の数に物資は消耗する一方。

「ボスは!? 」

 一延も、まだ対峙を続けている。その後ろ姿をみる限り、まだ傷は負っていないようだ。

 霧雨と縦木も突破を続けているが、火炎放射器までは距離がある。

「……もう、もたないぞ」

 馳芝が、あまりの劣勢に肩を落とす。現実をみれば、最初から結果は分かっていた。

「諦めんな茉生チャン! 」

「そうです馳芝さん! 」

 シャビと柄木は声を張りあげる。しかし、その声も馳芝には、どこか遠くから聞こえるようで説得力がない。

「戦えます! 一緒に! 」

 飯島も、慣れない拳銃を撃ちながら叫んだ。

「(これ以上戦って、意味はあるのか……いったい何のために……私は、どこへ……)」

 馳芝の脳裏に浮かぶ、警官の職務倫理。

“誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕すること”

「(……誇りと使命感か)」

 警棒の血を払い、制服を第二ボタンまで外す。

「これぐらいで()を上げていては、国家権力の名折れだな」

 正面から襲いかかってきたゾンビのボロい襟をとり、背負い投げで叩きつける。警棒で起き上がらないよう首を抑え、眉間に銃口を当てる。そのゾンビの制服は、()しくも警察のそれだった。

「私もすぐそっちへ行く」

 引き金を引く。同胞を撃ったことで馳芝は吹っ切れた。天井へ向かって、誰に向けるでもなく声をあげる。

「地獄へ進むぞーッ! 」

 生存者たちもまた、思い思いの声をあげて奮い立った。






 ――場所は変わって、ある国道。

 夜更けの街をゆく、一台の車の影。

 避難所巡りをしていたそのキャンピングカーは法定速度で走っている。

 リズミカルにウィンカーをだして遊びながら、鷹邑は退屈を紛らわせていた。

 開けた窓。

 この先の方角から、この夜に似つかわしくない喧騒が聞こえてくる。

「何の音だろうな……いってみるか? 」

「わう」

「了解」

 キャンピングカーは、二〇キロほど速度を上げる。





彼が来る。次回へ続く。

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