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第7話

 一通りの訓練を終えて学校に通えるようになったアマーリエの出だしはまあまあであった。中途半端な日にクラスの一員となった彼女をクラスメイト達は特に腫れ物扱いはせず、探ることもせず、自然と受け入れてくれた。


 積極的にクラスに関わろうとしたお陰か、ランチに誘ってくれる子達も現れたので、ありがたく好意を受けることにした。

 カフェテリアへと向かう途中で一緒に食べる生徒の一人が「それにしても」と口を開く。

 

「貴女良かったわねA組で。B組だったらキツかったわよ」


 彼女の言葉に他の子達も「本当よね」と同意する。十中八九テンセイシャに乗っ取られた自分のことだとは思いつつも、ここで意味を聞かないのも不自然だ。


「どういうことなの?」


 そう問えば待ってましたとばかりに彼女達の口から凄い熱量の愚痴が飛んだ。


「B組のアマーリエって子が居るのだけどね、これが本当に嫌な子なのよ!」

「権力のある家の息子にばかり色気使うのよ!いえ、そもそも色気を使うなという話なのだけれども!」

「しかも殿下にまで!殿下にはエリザベス様がいらっしゃるのに!」

「それなのに本人達からは気に入られてて、私もう幻滅しちゃったわぁ」

 

 それ、自分です。身体だけですけど。と言いたくなるのを呑み込み、渇いた笑いで受け流す。

 まだ入学して間もないのに相当鬱憤が溜まっているようだ。やはり先生方が気を遣ってクラスを別にしてくれてホッとした。B組に振り分けられた生徒達には悪いけれど。

 

 テンセイシャのターゲットにされている男子は全員顔が良く、ファンも多いという噂はアマーリエの領にも届いている。

 婚約者が居るからと泣く泣く諦めたり、親密になる機会を窺って他の令嬢達と牽制し合っていた人間には憤慨ものであろう。またマーガレットのように常識のない行為を容認している男性陣の姿に呆れ果ててしまった者も居るようだ。


 自分ではない自分のせいで彼等の評価が右肩下がりになっている様子を見ていることしかできない。胃が痛いけれど自分自身が白い目で見られながらあの人達と恋愛をするよりかはずっとマシだとアマーリエは思った。


 少し前にヘスター達に聞かされたが、自分はどうやら彼等との恋の可能性があったようだ。信じられないが、そういう魂をしていると言われればそんな馬鹿なとは突っぱねられなかった。


 未だに憑依の対象となる人間の予測はつかないが、長年の研究によりテンセイシャはドラマティックであったり、数奇な運命を辿るような人間に憑依する傾向が比較的高いと分かったそうだ。あのテンセイシャも元は自分が辿る筈だった運命を嗅ぎつけて憑依したかもしれないと。


(だとしても自分が彼等と、ましてやエリザベス様達を差し置いて恋に落ちるだなんてやっぱり想像できないわ……)


 社会的な意味で命知らずなことをしていたかもしれない未来に背筋が泡立つ。身体を乗っ取られたのは不本意だけど、要らない劇的な展開は避けられたのは不幸中の幸いだった。


 内心で震えていると、自分では決して出さないような媚が見え見えの甘ったるい声が聞こえて来て、衝動的に叫びそうになるのを咄嗟に抑える。


「げ、ここなら大丈夫だと思ったのに……」

「何であの人達ココに居るのよ……」


 視線の先には複数の男子生徒がテンセイシャを囲んで何やら楽し気に話していた。成程彼等は確かに顔が良いし所作も上品だ。しかし常識というフィルターを通して見ると異常だった。

 実際にこの目で見ると何もかもがおかしい。アマーリエには複数の男子に囲まれた記憶がある。特に事件性は無く、自分のことが好きになった男子達が同時に告白したというものなのだが、自分よりも背の高い男子に囲まれるのはいくら相手に好意があろうと結構怖かった記憶がある。


 しかし少し離れた所に居るテンセイシャには全く臆した様子がない。胆力があるのか欲に目が眩んでいるのか。

 

 その上テンセイシャは男達の肩や腕を触ったりとボディタッチが激しい。まるでそういうお店のスタッフみたいだ。話でしか知らないから実際はどうなのか分からないけれど。

 彼等も彼等で避けようともせずにボディタッチを受け入れていて、どう見ても友達の範疇を超えていた。

 

 当然彼等とテンセイシャは悪目立ちしていて、周りはせっかくの食事が不味くなったと言いたげに眉を顰めている。


「あの人達普段は中庭でランチをしてるのに……しかもあの子手作りのお弁当を食べてるらしいのよ?」


 アマーリエは嘘でしょ?と顔で聞くが、教えてくれた生徒は残念ながら無言で首を横に振る。

 婚約者がお弁当を作ってくるというのは珍しいが、あり得ない話ではない。料理好きな令嬢も居るからである。

 しかし知り合って間もない女性の手作りのお弁当を食べるなんて倫理的にも問題があるが、大分危機感が無さ過ぎるのではないだろうか。


 彼等は貴族だ。それも単なる貴族ではなく権力のある家の嫡男である。そういう家は毒殺を恐れて、食事について幼いうちからかなり厳しく教育を行うと聞いたことがある。

 それなのに知り合って間もない人間の手作りの料理を簡単に食べるなんて自殺行為としか言いようがない。テンセイシャにその意図は無かったから良かったものの、ある意味既に取り返しがつかない程毒されてはいるが。


「しかもあの子不気味でさ……」


 クラリスと名乗った黒髪の生徒がテンセイシャに視線を向けながら声を潜める。

 

「この前嫌がらせされてたのに嬉しそうに笑ってたのよ。俯いてたけど私が立ってる所からは見えたの。唇が釣り上がるところ」


 ゾッとしたとクラリスは腕を擦る。

 

 テンセイシャは非常識な言動ばかりして周囲からの反感を買いまくっているが、なまじ変に彼等に気に入られているから堂々と文句を言ってやることもできない。そんな鬱憤が溜まって嫌がらせに走る生徒も出て来ているらしい。

 しかし嫌がらせを気にしていないなら大した図太さで済むが、喜ぶとは気味の悪い話である。まさか単なる嗜虐趣味でもあるまいし。

 

『ウフフ、ちゃんと悪役キャラも見てる見てる。後はあいつがいちゃもんかまして来てバーナードに怒られれば今日のミッションは終わりね』

(また……!?)


 再び向こうの思考が脳内に流れて来て、肩を強張らせて聞こえて来る声に集中する。友人の会話と平行して忙しいが自分ならできる筈だ。

 

『嫌がらせもされるようになって順調順調。この後エリザベスとのイベントが発生したら3日後にまた私物を壊されるイベントが起きるんだっけ?その時に現時点で一番好感度の高いキャラが来て、誰がやったか問い詰められて、無言を選択すればオーケーな筈。この分ならバーナードの誕生日を迎える頃には全員婚約破棄できそうよね』


 それと同時に今度は何かの光景……イメージのようなものも流れて来る。このカフェテリアでエリザベスがテンセイシャと揉め、王子が叱責する様子。次に教室の中でビリビリに破かれた教科書を前に、王子が彼女の肩を掴んで詰め寄る様子。

 イメージにしても細部まで鮮明過ぎて、これではまるでテンセイシャはある程度の未来を予知、もしくは知ってるかのようだった。

 

 しかも向こうの思考から考えるに、わざと彼等の婚約者とトラブルを起こして最終的には彼女達が婚約破棄されるように持ち込もうとしているみたいだ。もし婚約破棄するなら彼女達から彼等へとなる筈なのに。

 普通に考えてあり得ない展開だが、本来あり得ないのをあり得るように変えてしまうのがテンセイシャの力だ。きっと実際にそうなってしまうのだろう。

 

 背後に誰かが動く気配がして顔を向けると、エリザベスが立ち上がって悪目立ちグループの方へと行こうとしているのが見えた。

 マズい。このままだと何も悪くない彼女が悪者にされてしまう。どうすれば良いのか逡巡していると、水の入ったグラスが目に入った。


 もう少しで彼女とすれ違う。迷っている暇は無い。アマーリエは思い切って賭けに出た。

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