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第68話

 静かだが凄みのある声に反射的に振り向くと、年嵩の男女が射殺しそうな目で彼女を見ていた。


「ヒッ!」

 

 テンセイシャが血の気の引いた顔で後ずさろうとする。しかしガラスの壁、つまりヘスターから見て小瓶の内側にあたる部分に直ぐに背中が当たってしまう。

 こうも人の地雷を的確に踏み抜くなんて、ある意味で天才だと感心すらしてしまう。決して手本にしたくないが。


「この子の親である私達の前で死ねというのか。よほど命が惜しくないと見える」

「だって……コイツも転生者じゃん!てことは本当の子どもじゃないじゃん!先にコイツから始末するべきだろ!」


 つまり彼女はヘスターに成り代わっている人間の魂から先に処分しろと言いたいのだ。自分は憑依だと認めない癖にこういう時は憑依を声高に叫ぶんだから、本当に都合の良い思考回路をしている。


 確かに彼女の視点では、本当のヘスターの魂を差し置いてこの家の娘面をしているように見えるのかもしれない。

 だが自分こそが転生者だと明かした時に、両親がさも当然のように受け入れていたのが見えなかったのだろうか。いや、見えていなかったからこそそんな台詞が言えるのだ。

 

「黙りなさい!こちらの事情を知りもしないで!!」


 睨まれてもなお減らず口を叩くテンセイシャに母が怒声を浴びせる。更にはこれ以上耳を汚したくないと部下に命じて彼女の口を塞がせてしまった。部下も憎しみの目を彼女に向けていて相当怒っているようである。


 父も言わずもがな。ヘスターもカチンと来たが本当にあるものだ。自分よりも怒っている人を見ると冷静になれるなんて。

 


 そう、同じ転生者でもテンセイシャとヘスターの事情は全く異なるのだ。

 

 話は彼女が産まれた日に遡る。母は陣痛の痛みに耐えながら、前回や前々回の出産とどこか違う状況に焦りを覚えていた。

 

 三回目の出産というのもあり、子どもは直ぐに出てくるだろうと周りも産婆もそう判断していた。ところが予想に反して破水しても赤ん坊は中々出てこなかった。

 

 どうにか産婆と母の奮闘により長い時間をかけて赤ん坊は外に出て来れたが、新たな問題が発生した。赤ん坊が泣かないのだ。


 泣かなければ息ができない。母親が懸命に泣くよう訴えるが、産婆は破水から随分と時間が経っていたので息が詰まってしまったのだろうと、死産と判断した。

 

 産婆が残念だがと説明する中、母は見てしまったのだ。赤ん坊の体から出て行こうとする幼い魂を。


『お願い!待って頂戴!』


 母は叫ぶが、リンブルクの力をもってしても死の運命が確定している魂を引き止めることはできない。


 別室で待機していた父が隣から聞こえて来る尋常ではない様子に、何か不測の事態があったのだと入ると、産声一つあげない赤ん坊を抱えた妻と沈痛の面持ちの産婆が居た。

 それで全てを察した父は赤ん坊を確認した。既に命は失っているが、まだ身体は温かく、別の魂を入れれば息を吹き返すだろう。

 

 しかしそれは本来産まれて来る子どもの魂の代わりに、全く別人の魂を自分達の子として育てるのと同義だった。


 考える時間は限られている。父は妻とまだ幼い子ども達に蘇生法を教え、問うた。このままこの赤ん坊を死産として埋葬するか、別の魂を入れて生かすかと。

 

 子ども達は別の人間の魂だとしてもここに来てくれたのに代わりは無い。だから妹として接すると真っ先に主張した。

 父も母もこの子をこのまま埋葬するのは耐えがたい悲しみだった。だから覚悟を決めた父は、この世界に来た転生者の魂のうち、ランダムに一つの魂を招く儀式を行った。

 

 そうして招かれたのが杉本恵里香の魂である。


 その時点ではまだ亡くなったばかりで、生前の記憶を保持していた恵里香の魂は、傍目には善人の魂に思えた。


 時間との勝負だから招いた魂をあまり吟味はできない。一か八か父は恵里香の魂を赤ん坊の身体に入れ、赤ん坊は息を吹き返した。

 魂は生前の記憶を保持してても、脳は赤ん坊のものだ。いつ前世の記憶を思い出すか分からないし、一生思い出さないかもしれない。思い出したとしてどのような性格に変わるのか全くの未知数だった。

 

 薄氷を踏むような日々だったが、ヘスターはすくすくと成長していった。その分思い出も重ねていった。


 そして彼女が八歳の誕生日を迎えた朝、彼女は昨日とは違うすっかり大人っぽい顔でこう言ったのだ。


「今の私になる前に呼んだ声を思い出したの。お父様達だったんだね」


 とうとう前世を思い出したのかと、不安に駆られる彼等に彼女は更にこう続けた。

 

「いきなり呼ばれてどうしようかと戸惑ったけど、あの時のみんなが必死だったから。何とかしてあげたいなって思って今の身体に入っちゃった」


 「私は選んでこの家に来たんだね」と少し恥ずかし気に、だがしっかりと目を合わせてこの家に産まれて良かったと言ったのだ。

 

 その瞬間から彼女とリンブルクは本当の意味で家族になった。そして彼女には前世と同じ名前の「エリカ」のミドルネームが与えられ、出産の日に死出の旅に出た赤ん坊の魂は、ヘスターの早世した双子の姉として「ヘレナ・ルイーゼ・リンブルク」と名付けられ墓が立てられた。


 それからずっと本当の家族として過ごして来た。そんな夫妻は、自分達のエゴで二回目の人生を送らせることにしてしまった娘を、可能な限り幸せにしようと心に決めていた。

 だからこそテンセイシャの「偽物」発言は彼等にとっては最大の地雷なのだ。


「もう貴女の言葉は聞き飽きました。貴女の処分は自我の漂白処理を施した後に純粋な労働力として使います。これは決定事項です」


 自我の漂白処理という不穏なワードに転生者は顔を青ざめさせる。漂白処理はその名の通り自我を消す作業だ。消されてしまえば感情も思考も失い、無機質な機械のようにただ主人の命令を忠実に守るだけの幽霊となる。


 リンブルクの通常の部下達は、生前から仕えてくれていて死後も傍に居たいと願い出た者と、地球からの来訪者が死後の世界に行くまでのモラトリアムがほしいと契約した者に別れている。

 正式な雇用契約は結ばれているし、特に後者の方は労働者の権利が保証されている世界から来た者が多い分、そこら辺はきっちりとしている。それもこれも異世界の情報はかなり有益で貴重で、そして公になれば大変なものが多いからだ。

 

 しかし自我が無くなればそのような気遣いをする必要も無い。給料も休日も一切の娯楽も与えず気楽に使い潰せる労働力となるのだ。


「せめてもの情けだ。何か言い残したことは無いかくらいは聞いてやろう」


 父が転生者の口を解放させると、彼女は小瓶に縋りながら「だって私何も悪いことしてない!シナリオ通りにしただけなのに!」と必死で叫ぶ。

 

「穏やかに暮らそうとしている全てのテンセイシャの邪魔をした。それがお前の罪だ」


 彼女の叫びは父の冷徹な言葉に切り捨てられた。

 

 この世界には自分達が知る以外にも沢山の転生者が暮らしている。善行や悪行で書物に名を残す者もいるが、大抵は新たな人生を極普通に精一杯生きている者達である。

 彼女の行いはそんなささやかに暮らしている者達にとって逆風以外の何物でもない。転生者を恐れた人々によって迫害される可能性もあるからだ。

 

「何で!?転生者になったからって幸せになっちゃいけないの!?私はただ幸せになりたかっただけなのに!」


 今だ的外れなことを叫ぶ彼女は根本的なことが理解できていない。結局父の手により彼女は例の箱へと小瓶ごと戻された。次に開ける頃にはすっかり口がきけなくなっていることだろう。


 もう聞こえていないが、幸せになりたかっただけだと叫んでいた彼女に、ヘスターは溜息を吐くように呟いた。


「幸せを求めるなら、尚更筋を通さないといけなかったんだよ」

裏話的なもの

「地雷を踏む」という表現は転生者特有のものです。この世界では地雷に代わる物はまだ発明されていないか、違う名前が付けられています。

なのでエリザベスの場合は、第57話にて「自分の不可侵を土足で踏み荒らした」と表現しています。


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