第67話
眠りから覚めたテンセイシャは周りを見渡してみると巨人に囲まれていた。
「ばっ!化け物!」
驚いて、叫び声を上げると若い巨人が馬鹿にしたように笑う。
「化け物だって。肉体を失って自分が小さくなってるだけだってのに」
顔は今まで妙にボヤけていたり薄暗い牢屋に居た所為でよく見えなかったが、その声には聞き覚えがあった。エリザベスと結託して自分の邪魔をし、更に牢屋で散々馬鹿にしてきた女の声だ。
「そうだ!私の身体返しなさいよ!」
テンセイシャはガラスの壁に向かって拳を振るうが全然叩いた手応えが無い。疑問を覚えて手を見ると、身体が半透明に透けていた。
「な!何これ!」
ようやく自分の身体に起きたことを認識した彼女に、言葉の内容よりも先に自分の感情を優先するのは流石だなとヘスターはある意味で感嘆した。
「これが今回のテンセイシャか。直で見ると中々だな」
「大分苦戦しそうね」
両親も冷めた目で彼女を見遣る。母の言う苦戦とは話を理解させるのにという意味である。
「な、何だよさっきから!何で私のこと転生者だって知ってんだよ!?まさかアンタ達も転生者なのかよ!?」
単語を知っているからと言って誰でも彼でも転生者だと疑うのは良くない。この国の事情を知らない彼女の為にヘスターは種明かしをしてあげた。
「この世界では『テンセイシャ』と名乗る人間が多く現れていてねぇ。単語はもう浸透してんの。バーナード殿下達もテンセイシャの存在を知ってる素振りだったじゃん?」
「う、嘘だ!そんな設定なんてどこにも無い筈!」
あり得ないと狼狽する彼女は余程現実を認めたくないらしい。それはそうだ。テンセイシャ特有の特殊な事情と異世界から持ち込んだ知識は彼女にある種の万能感と特別感を与えていた。それが崩れそうになれば必死になって否定するだろう。
しかし異世界にどんな設定があろうと無かろうと、この世界には既にそういう文化が形成されているのだ。
「生憎とそれが現実なの。そして私達は息子を誑かすテンセイシャをどうにかしてくれって頼まれたから仕事をしたに過ぎないの」
「嘘だ!私はヒロインなのに!なんでそんなことされなきゃならないの!」
父が無言で手鏡を取り出し、彼女の前に翳す。鏡面が波打つと、一人の少女が楽しそうに友人達と語らっている映像が映し出された。その少女こそ己の体を取り戻して幸せに浸っている本物のアマーリエである。
この鏡は部下と視覚を共有できる鏡であり、現在会場で彼女の様子を見守っている部下の視覚と共有したのである。
「な!何でそこに私が居るんだよ!」
「まだ説明させるつもり?アンタは本当のアマーリエの魂を追い出して身体を乗っ取った詐欺女なの。だから本当のアマーリエの魂を戻せた今、会場に居る方が正真正銘のアマーリエなの」
「違う!私がヒロインだ!前世を思い出しただけで私がヒロインのアマーリエなの!」
憑依だと認めようとしない彼女にヘスターはダメだこりゃと早々に匙を投げる。しかしそれも無理は無いだろう。
「こういう方って何で憑依じゃなくてその人自身に転生したって疑わないの?」
「前の世界で流行ってた小説だと、どこそこの物語の主人公とか悪役に転生したって話が多いからさぁ。憑依って発想が無いんでしょ」
「……!」
前の世界の事情を知っているかのような口ぶりにもしやと思っていると、顔に出ていたのだろうか。ヘスターはにんまりとネコのように笑うと、仰々しくスカートを持ち上げた。
「御明察。私が転生者でしたー。あ、転生前の自己紹介でもする。転生前の名前は杉本恵里香、よろしく。直ぐにサヨナラするだろうけど」
「やっぱり!ヒロインの私に嫉妬して蹴落とそうとしたんでしょ!?自分がヒロインになれなかったからってそんなことして許されるとでも思ってんのかよ!?」
「うーん。この人の話を聞かない感じ、ネットでよく見たなぁ」
一時でもヒロインに成り代われたのは彼女にとってステータスであり、唯一のアイデンティティでもあったんだろう。ヘスターはこの家に生まれて特に不満は無いしむしろ幸運だと思っているのだが、そうは思えない人間も居るということだ。
「だからアンタはヒロインの身体に憑依できたのを良いことに、やりたい放題してただけのモブだって」
どうせ嫉妬してないと言ってもこの手の人間は聞きやしない。大体攻略キャラの家はどれも平凡な男爵家の娘が嫁ぐには荷が勝ち過ぎるし、覚悟が無いと苦労するのが目に見えているのだが。
特にバーナード相手だと側室なら兎も角、正妃だとかなり大変だ。絶対周囲はエリザベスと比べてくるし、男爵の娘との間にできた子どもに王冠を授けるなんて、貴族達は断固として反対しそうだ。絶対良い所のお嬢さんを側室に据えて、側室との間に産まれた子どもを王位に就けようと画策するだろう。
王位継承問題なら国内だけの争いで済むが、国内情勢の不安定さに付け込んで他国が攻め込んで来る場合もあり得るかもしれない。
エリザベスが王妃ならしっかりと踏ん張ってくれるだろうが、彼女なんかさっさと逃げ出しそうだ。逃げた先で平穏に暮らしていけるかどうかは別として。
そうなれば取り残された国民達は王妃は国を見捨てたと嘆き、士気は下がり、王家への信用が崩れ、行く行くは他国に乗っ取られるかクーデターに発展するか。あまり考えたくはない。
メイに後日談について聞いたが、エンディング後について特に触れられておらずプレイヤーの想像に任せているらしい。つまりその先も安寧に過ごせるとは限らないのだ。
贅沢な暮らしさえできれば構わないと割り切っているなら何も言わないが、彼女のようなタイプは自分が中心に回っていないと必ず癇癪を起こすタイプだ。
彼女がどうなろうと別に興味は無いが、こんなの世話をする周囲が可哀そうだし、彼女に振り回される国民が不憫でならない。
だから嫉妬を抜きにしても、彼女を王妃にしてはいけないのである。
「ていうかアンタみたいな人間は誰かが蹴落とそうとしなくてもそのうち自滅してたんじゃない?」
「何ですって!?」
「だってエリザベスが転生者だって考えに固執してて、色々やらかしてんじゃん」
噛み付くテンセイシャに返したヘスターの台詞は彼女を驚愕させるのに十分だった。嘘だ。だってあんなにあからさまにゲームと違う行動をしておいて、転生者じゃないなら何だって言うんだ。
「彼女は正真正銘のただの貴族令嬢。私達が忠告したから手を出そうとしなかっただけ。それをアンタが勝手な勘違いして盛大に自爆したってだけ」
「そんな……」
打ちひしがれる彼女にやっと静かになったと本題に入る。
「それでアンタの処遇についてだけどやりたい放題やってたし、陛下がこの国の秩序を守る為にも適切な処分をしてくれって命じてるから……」
「まさか!冗談でしょ!?死ぬのはイヤ!」
「だから死にはしないって」
この世界に来ている以上、地球ではほぼ既に死んでいるとみて確定なのだが、それは頭から抜けているような気がする。第一これから渡される処分内容についても、ある意味サクッと死んだ方が幸せな処分かもしれないというのに。
「そうだ!アンタも転生者じゃん!アンタこそくだらない嫉妬で私をこんな目にしてシナリオ破綻させてやりたい放題してんだろ!?秩序を乱してるのはアンタの方じゃん!私は悪くない!転生者だってんならアンタこそ死ねよ!」
「今、何と言ったんだ……?」




