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テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─  作者: 葉月猫斗


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第66話

「ある意味すごぉ……。あんなに綺麗に地雷を踏む人って初めて見た」


 急に明後日の方向から人の声が聞こえて振り返ると、いつの間にか牢屋の向こう側にヘスターが立っていた。

 牢屋は薄暗いが人が居るかくらいは判別できるようになっている。目を覚ました時には確かに自分一人だったし、床は石畳だから足音は響く筈だ。

 

 いつの間にと思うが、今はそれどころではない。恨み言でも脅し文句でもぶつけて解放してもらうのが先だ。


「アンタの魂胆は分かってるんだよ!エリザベスとグルになって私をハメたんだろ!どうせ無駄なのに!今にアイツ等が助けに来てくれる!そうしたらアンタもエリザベスも終わりだ!今すぐ土下座して謝って解放してくれるならアンタだけは許してやらなくもないけど?」


 ハンッと鼻で嗤い、さあどうする?と眺めていると、まさかの鼻で嗤い返された。馬鹿にされた羞恥心から頭が瞬間的に沸騰する。


「アンタ!自分の立場が分かってねぇのかよ!?」

「立場が分かってないのはそっちの方じゃん?」


 何だって!?と思っていると、ヘスターが鍵を開けて牢の中に入ってくる。

 

「本当はこんな寒くてカビ臭くて湿気が凄い所、一秒だって居たくはないんだけどね」


 と訳の分からないことをぶつくさ呟きながら近寄る彼女に眉を潜めていると、彼女が自分のドレスの袖をめくる。


 何すんのよと抗議しようとしたが、わずかな光に照らされた自分の腕は人形のような関節が付いていた。

 いや、まさしく自分の身体が人形になっていたのだ。柔かな白い肌が木の質感に変わっており、今の自分は綺麗なドレスを着せられた単なる人形になっていた。

 

 手の甲までたっぷりとしたフリルで覆われていた為、今の今まで気づかなかったのだ。


 しかも作りも雑で、手の部分なんかミトンのような形に彫られている。これじゃあバーナード達が助けに来てくれたとしてもまともに動けないし、その前に姿を見られたら逃げられてしまうかもしれない。

 

 何てことしてくれたんだとヘスターを睨み付ける。だが人形の顔は、彼女の意思に反してちっとも動かなかった。


「アルベール殿下がアンタと個人的にお話ししたかったらしくてさぁ。身体は本物に返しちゃったし苦肉の策でね?」


 王様と隣国の王子様の要望、両方叶えるのも大変だとヘスターは心の中でやれやれと肩を竦める。

 

 王の要望は彼女の他にテンセイシャが潜んでいた際の牽制として、且つアルベールに彼女を擁護する意思は無いと示す為にその場で返還の儀式を行えというものだった。

 王の要望には応えなければならない。しかしアルベールとの会話の為に、一度引き剥がした魂をもう一度中に入れろと本当のアマーリエに頼むのも酷である。

 

 そこで等身大の人形を用意し、そこにテンセイシャの魂を入れたのだ。会話だけさせれば良いし、万が一動かされても逃げられないようかなり大雑把な作りにした上で。訓練を積んでいないので大丈夫だとは思うが。

 

 明るい所で見られると流石に人形だとバレてしまうが、幸い牢屋全体が薄暗いのと顔の部分に影がかかるよう、兵士に椅子の位置を調整してもらったので、アルベールには勘付かれなかったのだ。


「何が苦肉の策だよ!?私の身体を返してよ!?」

「返すも何もアンタはアマーリエの立場を奪ったその他大勢の人間でしかないの。単に元に戻っただけって話なの」


 キャンキャン吠える彼女を無視してヘスター再度魔方陣を展開する。その光を見た彼女は魂が抜かれる感覚を思い出したのか、「死にたくない!」と叫び出した。


「大丈夫、死にはしないから。死には」


 必死に懇願する彼女に雑な返事をしてヘスターは儀式を続ける。再び魂が小瓶に封じられると人形は物言わぬ物体となった。

 二回目は元から生き物ではない人形から引き剥がされた所為か、気絶せずに元気に「出せ!」だの「戻せ!」だの「死にたくない!」だのと喚き続けている。元気があるのは良いことだが煩くて敵わない。


 ヘスターは強制的に魂を眠り状態にする効果の魔法陣が描かれた箱に小瓶を入れて閉める。ようやく静かになったと肩の力を抜いた。

 

「見張りご苦労様、悪いけど運んでくれる?」


 近くに控えていた兵士に声をかけて人形を運び出す。別にその場で処分しても良いのだが、ドレスはバーナードに返却しなければならない。

 

 二人がかりで人形を馬車に乗せてもらい、自分も乗り込む。帰り道は主だった貴族がパーティーに呼ばれていた所為か人通りが少なかった。御者に人気が無い所を走るよう命じて路地裏に入ると、自分達以外誰も居ないのを確認してから瞬間移動能力を持つ部下に家の前まで転送してもらう。

 

 テンセイシャとの会話で精神的に疲れたし、牢屋の環境もあまり良くなかった。一刻も早く家に帰って癒されたかった。


「ただいまぁ。疲れたぁ」


 門番にドアを開けてもらうと出迎えた使用人達が無事の帰還を喜び、労わりの声をかける。人形は運び出され、ドレスはハンガーにかけられた。

 

「おかえり。その様子だと無事に仕事を果たせたみたいだね」

「大変だったでしょう?今お祝いの準備をしているところよ」

 

 メイドの一人に箱を渡したところで両親が来て彼女を抱き締める。母の言う通り家の中は美味しそうな匂いが漂っていた。

 

「やった!頑張った甲斐があった!」

「本当にこの子ったら食べるのが好きなんだから」

「だって美味しい物食べると幸せな気持ちにならない?」


 しょうのない子と両親が諦めたような視線を送るが、彼女だけが食い意地が張っている訳ではない。国民性として食を愛する者が多いのだ。

 この国は他国と比べて美食に溢れている。何を隠そうテンセイシャが齎した恩恵の一つに食があるのだ。


 話は何年も前に遡るが、美食に慣れたテンセイシャが昔のこの国の料理を食べた際、料理の改革が必要だと奮起した者が多かったらしい。

 彼等、彼女等は集まってレシピを研究し、様々な食材を模索し、その努力は弟子や次のテンセイシャに受け継がれていき、貴族達の支援を受けて美食文化が花開いたのだ。

 

 幼い頃から美味しい物に囲まれて育ったヘスターは、美味しい物を食べるのが大好きな少女に育った。

 年頃なのに色気より食い気と両親のちょっとした悩みの種になっているそうだが、別に何てことない。結婚しなくても食うに困らないくらいの財産を分け与える余裕は家にはあるし、仕事だって持ってる。

 

 それに正直季節限定品とネコを追いかけるのに夢中で男を探してる暇なんて無いのだ。

 

 だから食に向き合い、研究していったテンセイシャ達には大いに感謝している。薄暗い、寒い、しかもカビ臭い地下牢でテンセイシャと二人きりなんて残業も、家に帰れば美味しいご飯が待っていると分かっているから頑張れたのだ。


「まだ時間はあるから着替えておきなさい。料理は逃げないから」


 苦笑した父に促され、分かったと返事をして自室に駆け込む。パーティー用のドレスもそろそろ肩が凝って来たし、脱いでスッキリしたかった。

 

 学校でのテンセイシャ騒ぎも終わってやっと気兼ねなく羽が伸ばせる。でもその前にもうひと踏ん張りしなければならないことがあった。

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