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第64話

「今は私のことよりも両親との再会を喜ばないか。ずっとこの日を夢見ていたのだろう」


 王が促すとアマーリエと両親の目が合い、お互い恐る恐る近づく。そして彼女と母親の手が触れ合った瞬間、母娘はしっかりと抱き締め合い、父親がその上から二人を抱き寄せる。


「お父様……っ、お母様……っ」

「アマーリエッ……!」


 母親は化粧が崩れるのも構わず娘をもう離さないとばかりに抱き締め、父親は噛み締めるように只管「良かった……本当に良かった……」と呟く。


 親子の感動の再開に周囲の中にはうっかり貰い泣きする者まで居た。一時はどうなることかと思いきや、収まる所に収まって良かったと、冒頭に見せられた茶番よりも余程晴れやかな気分だった。

 

 一方テンセイシャが封じられたことで、彼等は夢から覚めたように自分は一体何をしていたんだろうと呆けていた。

 

 彼女しか見えていなかったのが突然視界が晴れたような、周りが見えるようになったような、そんな気分だった。周りを見渡していると、婚約者の姿が見えてバーナードは慌てて駆け寄る。


「エリザベス……っ!」


 一目散に近寄ろうとする彼を見て、エリザベスは咄嗟に身体を後ろに引いて逃げる。彼の姿がテンセイシャに謝罪しろと乱暴に腕を掴むかつての彼と重なって見えたのだ。


 エリザベスに逃げられ、怯えの目を向けられたバーナードは一瞬傷付いた目をする。しかしそんな風にさせてしまった自分に、傷付く視覚はないのだと首を振った。


「エリザベス……、僕達はもう本当に駄目なのか……?」

「殿下……、もう終わったことでございます……」


 彼が自分に向ける眼差しはすっかりテンセイシャが現れる以前のものに戻っているとは感じ取れた。しかし幾度も心無い言葉をかけられた以上、どうしても怖いのだ。また同じことが起きてしまったらと。

 それは彼女の友人達も同じ気持ちだった。


「そうか……」


 バーナードはそれだけ返事をすると身を引いた。謝罪をすれば彼女は許さなくてはならないと理解しているからこそ、謝罪の言葉も言えなかった。

 これがお互いの最後の会話になるかもしれない。だがそれ以上の会話は憚られた。

 

 このタイミングで、気不味い空気になってしまったのを払拭するかのように国王が手を叩く。


「さて、愚息とテンセイシャの勝手で変な空気になってしまい申し訳ない。代わりに悪しきテンセイシャの追放とアマーリエ嬢の帰還を祝う場としようではないか」


 王の号令に空気を読んだ楽団が明るい曲を奏で始め、それと同時に騒がせた彼等は目立たないよう、侍従によって会場から退出させられた。


 両親とひとしきり抱き締めあったアマーリエはエリザベスに呼び止められ、礼を取る。

 何と言えば良いのか分からず逡巡していると、エリザベスはただ一言「第二弾はどうなっているの?」とだけ問うた。それだけで絵本のことだとすぐに思い至った。


「幽霊騒ぎを解決する話にしようって、情報収集で手に入る噂話を二人で練っているところです。参考に怖い話の本を読んでいるうちに悪夢を見るようになったってナタリアが話してて……」

「貴女だったのよね?あの時わざとグラスの水を零して止めてくれたのは」


 それを聞いた瞬間、アマーリエは目を丸くさせる。いかにも心当たりがある顔にエリザベスはやはりと思った。

 モニカがアマーリエだった。全ての点が線で繋がった時、エリザベスはあの時のことを思い出したのだ。リンブルクは部下に命じたと説明していたが、あれはきっと彼女が自分を止めようと自主的にやったのだろう。

 

「……覚えててくださったんですか……?」

「忘れる訳ないじゃない。あれは私の全ての分岐点だったんだから」


 あの時は運が無いと思っていたのだが、憤りが有耶無耶になった結果踏み留まれたのだ。もし彼女が止めてくれずテンセイシャに詰っていたら、周囲もこんなに味方にはなってくれなかったかもしれない。

 

「そんな……私は割って入ろうとしても意味が無いと分かっていたので。だから咄嗟に止めようと……」

「それでも私は貴女の行動で助けられたの。お礼を言わせて頂戴」


 頬を赤く染めて恐縮するアマーリエは、容姿は全然違うのにも関わらずモニカの雰囲気とピッタリ合致していた。やはり彼女は元の身体に戻っても彼女なのだ。


 そこに近づく気配を感じて視線を移すと、アマーリエと仲の良い生徒達が話しかけるタイミングを窺っていた。手で示して気付けるようにしてあげる。


「モニカ……じゃない、アマーリエで、良いのよね……?」


 彼女の友人達は戸惑った顔をしていた。ある程度事情を知っている自分でさえ多少驚きがあるのだから彼女達は余計にだろう。

 しかしアマーリエの方は何を勘違いしたのか、「騙してしまってごめんなさい……。許せないのなら許さなくて良いから」と言い出したのだ。


「何言ってるの?」


 頭を下げて立ち去ろうとする彼女をマーガレットの声が阻止する。


「なぜ私達が怒らないといけないんですの?」

「だって……私はみんなを騙してたから……」


 アマーリエの中のではこういう図ができ上がっていた。

 事情があったとはいえ、まったくの別人として彼女達に接していたのは事実である。彼女達を騙していた以上、もう友達としてはいられないと。

 

「私達、騙されたなんて思ってない。ずっと戦ってたんだなって、強い子だなって思ったの」

 

 これを聞いた彼女達は何てバカな子だと呆れた。

 確かに事情を知った直後は戸惑った。だがリンブルクから説明を聞いて、両親からの優しい目がずっとモニカの姿をしている彼女だけに注がれているのを見て、ずっと頑張ってたんだと感じたのだ。


 驚いたけど騙されたなんて微塵も思っていない。もし騙したなと罵る人間が居たとしたら、彼女の苦労を考えようともしない外道である。


「もう一度私達を騙してたなんて言ってごらんなさい?貴女自身を貶める行為は許さないわよ?」


 マーガレットに強い口調とは裏腹の優しい目で言われたアマーリエは思わず涙を零す。

 ボロボロと子どものように泣きじゃくる彼女に、友人達も釣られて涙が止めどなく出てきた。


「強がるんじゃないの!このおバカさん!」

「だって怖かったからぁ!みんなに拒絶されるのが!」

「拒絶する訳ありませんわ!」

「何で私達そんなことしなくちゃいけないの!」


 ギュウギュウと淑女の体裁をかなぐり捨てて抱き合う彼女等に、ここまでやり取りを見守っていた両親は、娘が良い友人に恵まれたことに喜び安堵した。彼女達なら今後も娘を支えてくれるであろう。


「アマーリエっ」


 客は更にやって来る。先にエリザベスと会話をしていたのだろうか。目尻を下げたナタリアが、腕を伸ばして彼女の頭に手を乗せる。いや、乗せているのではなく撫でていた。

 

「ナタリア……?」

「頑張ったのね……。本当に頑張ったわ……」

 

 小さな妹を褒めるような表情に、同い年なのにと思いながらも涙は止まるどころか更に増した。こんなに泣くのはどれくらいぶりだろうとアマーリエはぼんやりと考える。泣き過ぎて全身が干からびてしまいそうだ。

 

 そうだ。この数カ月間無我夢中で駆け抜けていたけど、自分はずっと頑張っていたのだ。自覚した彼女はこうなったらどうせと、気の済むまで泣いた。


 

 ようやく気持ちが落ち着いてきた頃、母親がハンカチで涙を拭いながら彼女を優しく促す。


「ほら、今日は光栄にも貴女が主役よ?楽しんで来たら?」


 見れば友人達も早く行こうと誘っている。でもその前にやっておきたいことがあった。

 

「お礼を言いたい人が居るからちょっと待ってて」


 アマーリエは近くで様子を見てくれているだろう、一番世話になった人の許へと小走りで駆け出した。

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