第63話
「えぇ貴方の言うことも一理あります。ということで陛下、どちらが本物か確認する為に人を呼んでもよろしゅうございますか?」
テンセイシャの悪足掻きが予想できていたヘスターは一切動じず国王に伺いを立てる。無事に許可が下りると扉は三度開かれ、三十後半くらいの歳の貴族の夫婦が入って来て王に礼を取った。
「遠くから遥々ご苦労。名を名乗るが良い」
「はい。ロユア男爵、マクシミリアン・カール・クラークでございます」
「その妻、ローラ・クリスティーナ・クラークございます」
そう、招かれたのはアマーリエの両親である。決着をつける日が決まってから、瞬間移動能力を持つ部下を大急ぎで彼等の住む領地へと派遣し、急遽王都に来てもらったのだ。
なお中身が違うとはいえ、姉の変わりようを見たらショックを受けてしまうかもという両親の計らいにより、彼女の弟のルイは別室にて待機してもらっている。
「お父様!お母様!会いたかったわぁ!」
夫婦の正体を知ったテンセイシャがすかさず甘えるフリをする。ここで親を呼んで来るとは想定外だったが、むしろこっちの方が都合が良かった。転生者だろうが娘は娘、あんな偽物なんかに見向きもしない筈だと、親子の再開を演じようとする。
だが夫妻は全く見向きもせずにヘスターへと向き直る。
「では貴方方は二人に質問をし、正解を答えられたか判断してください」
ヘスターに頷いた夫妻は二人に様々な質問をする。最初こそ何を聞かれるのかと戦々恐々としていたが、何てことない誕生日や好きなもの、家族構成などプレイヤーに広く知られている設定のみだった。
何だ、これなら不安になる必要もないか。偽物もスラスラと答えているのがムカつくけれど。
しかし最後の質問に彼女は途端に苦戦することになる。
「これが最後の質問だ。弟がまだ小さい頃、『お月様が追いかけてくるよ』と泣いた時があったな。あれはお前がいくつの頃だったかな?」
何だそれは。そんなの知らない。いや焦るな推測はできる。ヒロインの弟とは2歳差の設定だから、弟がその時4、5歳だと仮定して計算すればイケる。
「七歳だったかしら?」
「…………」
しかし夫妻は反応しない。
「六歳」
「…………」
「間違えた、五歳だったわ」
「…………」
誤魔化すように笑うが、それでも夫妻は無言のままだった。
「ではそちらは?」
夫妻はテンセイシャの答えには何も言わず、少女の答えを聞こうと身体を向ける。
「それは叔父様の話でしょう?私はまだ産まれていないわ」
「正解だ」
悪戯っぽく笑う少女に対し、マクシミリアンは満足気に頷いた。これで本物のアマーリエはモニカと名乗っていた少女の方だと証明された。
「何それ!弟だって言ったじゃん!」
「私の弟の話だからな。嘘は言ってはいないぞ」
喚くテンセイシャにマクシミリアンは平然とした様子で説明をする。これに納得がいかない彼女は、前のめりになり凄まじい形相で歯を剥いた。
「そんなの卑怯だ!騙したな!みんなで結託して私を嵌めようとしてるんだな!もういい!さっさとリセットしろよ!こんなイベントあるなんて聞いてないんだけど!」
まるで人生を何回でもやり直せるかのような物言いに、噂でしか聞いたことの無い者も背筋を震え上がらせる。テンセイシャの中には、過去に遡り人生をやり直そうとする発言を仄めかす者が居るとは聞くが、こうして実際に目の当たりにすると薄ら寒さすら覚える。
彼女が何度もリセットを唱える中、状況は刻一刻と進んで行く。
「どちらが本当のご息女か分かりましたか?」
「あぁ、こちらが我が娘だ」
夫妻はモニカと名乗っていた少女に寄り添う。周囲の目から見ても順当だと思える判断だった。少女は涙が零れそうになるのを我慢しているのか、泣き笑いのような表情をしていた。
「ふざけるな!こんなの認めねぇぞ!早くリセットしろよぉおお!」
口汚く叫ぶ耳障りな怒声に、王がもう良いだろうとヘスターに処分をするよう命じる。自らの欲の為に息子達を誘惑し、エリザベス達との婚姻を破綻させ、彼等の評判を下げた部外者をこれ以上生かす必要など無いのだ。
ヘスターは彼女をこちらに来させるよう部下に命じる。強い力で引かれたテンセイシャは抵抗虚しく、彼女の目の前まで連れて来られてしまう。
バーナードは彼女の腕を掴もうとするものの、つい先程までの信じられない様子の彼女を思い出して伸ばした手を一瞬躊躇してしまう。その躊躇が仇となり、指先が彼女の髪を掠めるだけだった。
このままだと彼女が危ない。だが彼女の元に駆け寄りたいのに足が動かない。この不可思議な現象は周りを固める彼等も同様で、どんなに力を入れても身体は動かなかった。
リンブルクの部下達に取り押さえられている以上、ただの人間が振りほどける筈もないのだ。
「ヒロインにこんなことしてタダ済むとでも思ってんのかよぉ!?」
無理矢理跪かせられる屈辱的なポーズに、顔を真っ赤にして喚き散らすテンセイシャだが、彼女は全く動じない。むしろ蔑みの目を余計深くさせるだけだった。
「アンタはヒロインでも何でもない。ただ彼女の身体を奪っただけの泥棒だよ」
そう断じたヘスターはパチンと指を鳴らす。その瞬間独特な紋様の魔方陣が床に浮かび上がり、膝を着いている彼女の全身が床へと縫い留められる。
彼等の悲鳴が挙がるが止めようとする者は居ない。周囲は魔方陣が放つどこか怪しげで神秘的な光に魅入られたかのように釘付けとなり、王はようやく辱めの日々が終わると安堵の表情を浮かべていた。
「国王の許可の下、この場にてテンセイシャの魂の追放、並びにアマーリエ嬢の魂の返還の儀を執り行います」
その言葉に周囲は固唾を飲んで見守る体勢に入る。 謎に包まれている一族の、しかも魂の引き剥がしと返還の儀式なんて一生かかっても見れるものじゃない。
ヘスターは傍らに立つ少女の手を取ると、見えない誰かを導くかのように手を引き魔方陣の直ぐ傍に近寄る。手を繋いでる方とは別の腕で懐から何かと取り出すと、魔方陣の上へと置いた。それは女性の手の平に収まる大きさの透明な小瓶であった。
その瞬間テンセイシャは自分の中のナニカがあの小瓶に吸い寄せられるような感覚を覚えた。身体を固くさせて踏ん張ろうとするも、ナニカは容赦なく抜けて行こうとする。マズイと彼女の背筋に冷や汗が流れ始めた。
「ふざける゛な゛ッ!ヒロ゛イ゛ンのわ゛だしに゛ぃ!こんな゛ことしだら゛シナリ゛オ゛がこわ゛れる゛ぞぉオオ゛オ゛ッッ!!」
身体の感覚がぼんやりする中、彼女は目と口を必死に動かしてヘスターを睨み付け抗おうとする。シナリオを人質に取った台詞だが、それも無意味に終わった。
「言ったでしょ。アンタは最初からヒロインを気取った単なる泥棒だって」
その言葉を最後にテンセイシャの視界は真っ暗に塗り潰された。
あれだけ煩かった彼女の声がピタリと止み、魔方陣の光も消える。どうなったのかと誰もが目を離せないでいると、ゆっくりと彼女が起き上がった。
彼女は周りを見渡し、次に自分の身体を見下ろし、傍に立つヘスターを見て「お……ヘスター様……」と呟いた。
「どう?身体は問題無く動きそう?」
「大丈夫……みたいです……。少々重い感覚がしますが」
「今まで肉体が無かったからね。そのうち慣れるでしょう」
小瓶を回収したヘスターが彼女の手を引いて立たせてみると、彼女は少しよろけながらもしっかりと自分の足で立ち上がった。
「そなたが本当のアマーリエ嬢か。元の身体に戻れたようでなによりだ」
「陛下!お見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ございません!それだけでなく今まで多大なるご迷惑をおかけしてしまい、他の家の方々にもなんとお詫びしたら良いか……!」
王に声をかけられた彼女はハッとした表情をすると、肩を縮こまらせて精一杯恐縮した様子で礼を取る。
「そなたがやったものではないと分かっている。むしろそなたも被害者のうちの一人であろう?被害者である以上、そなたに罪は無いと私は認識している。既に他家との話し合いも済んでいるしな」
「……寛大なご処置、感謝いたします」
深々と頭を下げる彼女は先程とは明らかに雰囲気が違っていた。
王への態度も言葉遣いもすっかりと常識的なものになり、本当に今までの彼女はテンセイシャに乗っ取られていたんだと周囲は実感したのである。




